58. ウィルとの話し合い(露見)
「私を妻にしたい、王妃にしたい、って言ったわね?」
ウィリアムが頷いた。肯定的な言葉にちょっとだけ表情が明るくなったのがわかる。
「それについて、質問が三つあるの」
そう言って指を一つ立てた。
「私を妻にしたら、この国がどうなるか考えたことはある?」
明るくなった以上に表情が暗く沈んだ。
「ウィル。彼がこの国と国民に何ができるか、考えたことは?」
「エリー、僕は王太子だ。考えないわけがないだろう? 君を選ぶことがどれだけの犠牲を呼ぶ可能性につながるか――」
低いテーブルの上で硬く握られた拳が震えた。
「……それでも私を選ぶつもりがある、の?」
「当たり前だろ! ここを出た君がどうなるか――あれ(・・)が君に何をするつもりか――エリー、僕は、そんなことは絶対認めない。王とか、国とかじゃなくて、人としてそんなことは許せない」
さっきまでとは全く違う口調が、間違いなく本心だと伝えてくる。
「じゃあ、その彼が私を――そうね、酷い目に遭わせないってわかったら行かせてくれる?」
宥めるような、少し軽い調子に変えて聞いてみた。
「エリー?」
「ウィル、ちゃんと話せてなくてごめんなさい。だけど私、『記憶』で彼を見たことがあるの。今の彼じゃなくて、一世代後の彼だけど。別に怖い人じゃなかったわ」
困惑している様子のウィリアムをまっすぐに見つめ返した。
「相手がわかってからも、私が彼のところに行くことを全く嫌がっていないことに気づいてなかった? 私にとっての問題は彼じゃない。ナイトがいなくなったことだけだったのよ。それだって行けば返してくれるんだし。ちょっと強引なプロポーズをされただけ――しかも受ければもともと嫌がっていた王妃にならずに済むのよ?
リナリア王国の王子のことだってそう。きっと彼が追い払ってくれる――むしろ理想的な旦那様じゃないかなって思うの」
ゆっくり首を横に振るウィリアムに、同じように首を振り返した。
本人を知らない以上、この話に結論は出ない。
「次の質問をするわ」
二本目の指を立てた。
「私が二度と魔法が使えなくなったらあなたはどうする? あの力はもうない。それでも王妃にしたい?」
驚きの表情とわずかな躊躇いを感じた。
やっぱり、即答ではない。
情けないことにまた胸が小さく傷んだ。その痛みは胸の奥底にしまって蓋をする。
「彼が私に目をつけたのはおそらくあの力のせい。私があなたと結婚したら、国やあなただけじゃなくて、私自身にどんな報復があるかを祖父と考えたの――もちろん命を取られるのかもしれない。でも、苦しめるために力だけを奪われる可能性も高い、って祖父は言っていたわ」
それは嘘だけど。
「……エリー、僕は君の能力が目的なわけじゃないよ。魔法が使えなくても君が君であることに変わりはないし、僕は君を望んでる。もし君が魔法を使えなくなったとして、それが僕の立位の邪魔になるなら、王位はロドリックに譲ることだってできる。君が知りたかったのは、そういうこと? 僕の覚悟を知りたかったのかい?」
台詞は乙女ゲーのメインとしては合格だけど、それは簡単に口には出せない事だ――だけど少し前から扉の向こうで聞いている誰かさんにはちゃんと聞こえている。
すりガラスの向こうに見える淡い金髪――『すれ違う二人の会話を聞いてしまう』そういうイベントがあったから、似たような状況を引き起こせば十中八九起こると思っていた。
「それもあるけど――あなたが私の力を利用するために欲している可能性を疑っているの。力がなくなったらお払い箱かもしれないでしょう?」
さっきの躊躇い。王太子としての選択。あの躊躇いに気づかずにいられたら何かが違っただろうか――ううん。そんなことはない。
「なんだ、そんなことか。だったら心配いらないよ。結婚の誓いは一生だし、違えたりしない」
ウィリアムは穏やかに言った。
割と余裕らしく、笑顔も戻っている。
でも違う。この人の相手は、私じゃない。
「それだけじゃないわ。公爵家の令嬢としては失格なのかもしれないけれど、私は結婚には愛情が必要だって思ってるの。なのに私はあなたを愛していないって言ったのよ? あなたはそれでも平気なの?」
「さっき僕も言ったけど、僕の方にも愛情は薄い。だからこれから――一緒にいる間に育てればいいじゃないか」
「育たないかもしれないわ。そんな二人の間で育つ子どものことを考えたことはある? 結婚するっていうのはそういうことでしょう」
「……その時は僕が二人分の愛をこめて子どもたち(・・)のことを愛するよ」
……増やしたな。
考え込むふりをしてから、大げさなため息を吐いた。
「最後の質問をするわ。これはお願いでもあるんだけど――」
軽く俯いて一度目を閉じて、しっかり顔を上げると、すりガラスの奥にあった人影が消えたのが見えた。いい感じ――。
ウィリアムに視線を向ける。
「ウィル、気づいていると思うけど私、どうしてもあなたの気持ちを信じることができないの。あなたが心変わりしない、って思えない。この世界の強制力に嫌というほど従わせられて、もう心が疲れ切ってるのよ」
「エリー……」
伸ばされた手をすっと避けた。
「ウィル。無理なの。あの子があのままでいる限り信じられない。信じさせて欲しいの。揺らがないって証明して。――お願い、あの子を見てよ。この世界は、あなたは、私を裏切らないって信じさせて。それとも、それは無理なの? それは既にあなたが、あの子を好きだから、じゃないの?」
肩を震わせて、精一杯の演技だった。
沈黙の中、返事を待つ。
「……いいよ、わかった」
静かな声に一瞬、自分の耳を疑った。もっとごねられると思っていたから。
でも、今、『わかった』って聞こえた。
「僕はどうしたらいい?」
淡々とした声に促されて、半信半疑のままで希望を伝える。
「私にやったように――ううん。もっとずっと控え目にでいいから――あの子をちゃんと口説いてみて。あの子がどんな反応をして、どう返したか、どんなことに困って、どんなことを喜んで、どんな風に笑うか、泣くか、怒るか。何が好きで、何が嫌いで、どんなことを考えているか、観察して私との違いを教えてちょうだい。そこに愛があるってわかったら、『悪役令嬢』はやめるわ」
「控え目、でいいのか?」
「ええ。困らせたいわけじゃないから」
出だしから本気で行かれたら、サリーがかわいそうだし。
そんなことを考えながら内心で頷いていたら。
「君はやっぱり、サリーを落として捨てろ、とか言わないんだな……」
は!?
流れをぶった切った呟きに思わず目を見開いたら、なぜかウィリアムは――笑い出した。
「その方が『悪役』っぽいかと思ったんだけどね……」
そう言ってまた笑う。力の抜けた笑みには作ったところが全く見られない。
「『ぽい』って? どういうこと?」
なんだろう、流れが変わった気がする。
さっきまでの重苦しい感じ、真剣な空気が霧散した。
今年に入ってからは一度も感じることのできなかった穏やかな空間。
「エリー? これだけの年月、君を口説き落とそうとしてきたんだから、僕だっていろいろ知ってるんだよ」
ウィリアムは椅子の上で一度身体を揺らし、さっきエリザベスがやって見せたような大きな息を吐いた。
「君は本っ当に演技が下手くそだよね……。今後僕に何かをさせようとするなら――演技をさせたのが僕だっていうのはわかってるけど、――そういうやつはいらないよ。本気なんだって、そう口で伝えてくれればいい。周りから攻めなくていいから」
呆れたようなため息。
と、いうことは、今日は全部わかっていて、付き合ってくれてたってこと――なの?




