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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第三章 悪役令嬢の理由
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41. シナリオは覆せない

 『ほぼ決まった』?

 だったら、なんで――。

 警戒を解いていない、ジョナサンの顔。


「ほぼ? それはどういうことだ?」

「どっちが連れて帰るか――どうやら連れ帰った方に分があるらしい。ダニエルを勧めてはいるが、とにかく、もめてるうちに挨拶して引っ込め」


 ニコラスが頷く。エリザベスは促されるままに足を速めた。

 そのまま船首の甲板に向かうと、ニコラスはそこにいる王子と王女に何のひねりもない凡庸なお別れの言葉を述べた。

 王子と王女は俯いたままのエリザベスには目を向けようともせず、ニコラスに頷いて別れの言葉の礼を述べ、また静かに睨み合った――。


 なんか、嫌な感じ。


 さっさとエリザベスの手を引いて船尾に向かうニコラスに促されて、二人に背を向けてから顔を上げる――国王陛下と王妃こそいなかったけれど、公爵家以下の重臣が居並ぶ中、ウィリアムとロドリック、パートリッジ公爵家の四人とナイジェルも――他にも攻略対象者ではないけれど身分のある生徒たちが黙ったままで成り行きを見守っている。

 大人たちや他の生徒たちは穏やかな表情を浮かべて待っている様子なのに、ウィリアムたちの表情は塑像のように硬い。


 いったい、なに――。


 それでも今は王子王女の関心を引くような行動はできない。

 エリザベスはニコラスに促されるままに足を運び、その場から離れて船尾に近い方の小部屋に入った。

 ナイトがするりと脚に身体をすり寄せてきて、その温かさにちょっとだけほっとした。


「なんだか……変だったわよね?」


 ニコラスは返事をせず、眉を寄せて小さな窓から外を見た。

 ここは静かで、甲板の様子は伺えない。

 やがて船が動き出したらしく、穏やかな揺れが感じられるようになった。


 船室内に備え付けられたソファに並んで座ったものの、落ち着かない。

 ニコラスも、思い出したように窓を見やる。

 ジョナサンが言っていたことを思い返した。


 『連れて帰った方に分がある』――つまり王子も王女もそれぞれ気に入った人がいたってことで、だけど稀少な白魔法使いだし両方ってわけにはいかないから――ってこと、だよね?


 しばらく無言で考えていたら、コンコン、とノックの音がして、入って来たのはジョナサンだった。


「代わってくれないか」


 硬い表情のジョナサンに頷いて、ニコラスは小走りで出て行った。


 ソファを勧められた。

 ノックの音と同時に立ち上がっていたエリザベスがおとなしく座りなおす。

 いつものように穏やかなジョナサンの微笑みが、ひたすら重いのは――。


「ジョナサン、何が起きているのか聞いてもいい?」

「……聞かないで欲しいな」


 それは、つまり、やっぱり何か良くないことが起きているってことだ。


「私にできることは?」

「この件に関しては、ない」


 はっきりと言い切ったのだから、本当にないのだとわかる。

 ジョナサンは必要のない嘘はつかない。


「ならどうして教えてくれないの? 私に話しても何も変わらないんでしょう?」

「変わらないけど、彼らが帰るまではやっぱり隠れていて欲しいし」

「ここから出ないわ。それでいい? それに相手はほぼ決まったって――」

「ああ、そうなんだけどね」

「ってことはどちらも連れて帰りたがっているのね」


 軽く頷いて「どうにもできないんだ」とジョナサンは息を吐いた。


「王女様の方はこの春卒業するダニエルってやつを選んだ。なかなかハンサムで男爵家の出なんだけど、どうやら交渉があったらしくて、ダニエルを王室お抱えの治療師にする代わりに王女様との婚姻はナシ。代わりに何人でも妻を――まあ、その――置いて構わないって。ダニエル本人も乗り気だ。できるだけ多くの子どもを残すっていう点では、男の方が、さ」


 軽く肩をすくめる。

 そうなんだけど。


「……じゃあ、王子様は?」

「彼の方はダニエルよりも能力の高い白魔法使いを欲しがっていて――まあ、母親の魔力の方が子どもに影響しやすいからね――なにせ生まれるまではお腹の中で育てるわけだし。でも、数は望めないだろ? 何しろ妊娠出産は大変だって聞くし」


 また肩をすくめる。

 それもその通りなんだけど、その何気ないしぐさがひどく辛そうなのはどうして――。


「で、もめてるんだ」


 その説明に頷きはしたものの、引っかかる。

 ジョナサンの硬い表情とさっき小走りで出て行ったニコラスの背中――。


「ジョナサン……王子様の、お相手は……?」


 ジョナサンが口を開く前に、わかっていたと思う。

 ニコラスの関係者なら――姉のクレアだけど、クレアの適性は黒魔法だ。

 パートリッジ家の男の子たちの硬い顔。

 『代わってくれないか』と言った時のジョナサンの硬い表情。

 ジョナサンがその場にいたくない、その理由は――。


 けれど、耳に届いたのは彼女の名前ではなかった。


 外から聞こえてきたのは水音と悲鳴。

 ジョナサンが弾かれたように立ちあがった直後、さらなる水音と悲鳴、怒声が続いた。走って行く荒い足音。


「エリー、君はここに。僕は。僕は――とにかく、出てこないで」


 ジョナサンが外に出るとパタリとドアが閉まった。

 外では騒がしい声と甲板を行き来する足音が続いている。

 あれは、おそらく誰かが湖に落ちた音――二回目の音は助けに飛び込んだのか。


 舟遊びにもまだ肌寒いこんな季節の湖の水がどれだけ冷たいか。

 思わず自分の身体を両手で抱きしめた。


 その時。


 『助けて』


 声が。

 辺りを見回す。

 もちろん誰もいない。

 だけど。


 『助けて』


 手を引かれるように歩きだす。

 外だ。

 ――ナイトがドレスの裾に牙を立てて引き止めた。

 だけど。


 あの声は前にも聞いたことがある。

 あの時は――傍らの使い魔に目をやった。


 そう。この子に会ったんだ。

 だとしたら。


「行かなきゃ」


 転がり出るようにドアを開けて外に出る。

 船首に走ると、人々が大騒ぎしている甲板に、横たわる身体が――二人分。毛布に包まれて擦られ、白魔法の光が見える。ピクリともしない――。


「エリー!? 出て来ちゃダメだ! 連絡を待って――」


 ジョナサンの言葉に耳を貸す余裕はなかった。


 『彼を、死なせないで』


 また、声だ。


「ナタ、リア……リュカ!?」


 駆け寄って手に触れる。どちらも氷のよう――だけど。

 迷いなくリュカの手を取った。今危険なのはナタリアだけど――生きたいって気持ちが感じられないから。

 だけど、それはたぶん。


「リュカ、早く、戻ってきて!」


 一身に祈る。抱きしめて、額にキスを。


「リュカ! あなたが戻って来ないとナタリアを戻せない! 早く!! 起きて!」


 渾身の平手打ち――。


 ゲホッと咳き込んで水を吐いたリュカに怒鳴った。


「早く! ナタリアの手を握って。呼びかけて!」


 リュカが蘇生したばかりだろうが何だろうが、待っている暇など欠片もない。


「ナタリア! リュカは戻ったわ。次はあなたの番――もう一度リュカをそっちに送りたくなかったら戻って来なさい! 今すぐよ!!」


 こちらも遠慮なく抱きしめて、その冷たさに震えた。


 これは、マズいかもしれない。

 リュカの蘇生にかなりの量の魔力を費やしていたことに気がついた。

 でも、やめるわけにはいかない――。


 胸にこみあげる吐き気。視界が歪む。カタカタと震え出した身体を誰かが毛布で包んでくれた。

 意識がとぎれそうになったその時、右手に柔らかい温かさが触れた――なじみ深い艶々の毛は、ナイト。

 そこから流れ込んでくる魔力にほっと息を吐く。

 それでも辛くて涙目になった。寒い。冷たい。


「ナタリア……お願い、目を覚まして。リュカがこっちで、待ってるわ――早く」


 再びこみ上げてきた吐き気を何とか押し戻して、祈る。


「……リュカ、呼びかけて。戻って来いって。抱きしめてあげて」


 エリザベスの腕からナタリアを抱きとるリュカの顔はまだ真っ青で、そっちもカタカタと震えていた。


「ナ、タリー、聞こ……えるかい? 僕は、ここ……だ。戻って、こい」


 声も震えていて覚束ない。

 ナタリアの片手を額に押し当てて、エリザベスも祈り続けた。


「君が、いな……と、ダメ、なんだ」


 リュカの瞳から涙が落ちて、同じタイミングでナタリアの頬を涙がつたった。

 唇が微かに動いた――身体を返してひどく咳き込む。


 死の淵から戻ってきた二人に大きく息を吐く周囲――の安堵の空気を切り裂いて、聞き覚えのない声が響いた。


「は! こいつは……間違いなく今までで最高の白魔法使いだな」


 右腕を捕まれて引き上げられる――魔力は限界で、抗うどころか頭を上げる力さえない。

 遠慮なく顎を掴んだ手に上を向かせられたエリザベスの目に映ったのは、リナリア王国の王太子の顔。

 直後、ギャンッ!! と生き物の悲鳴が響いた。

 王太子に噛みついたナイトが力任せに蹴飛ばされ、太いロープを巻き付けるビットと呼ばれる部分に激突したせいだ。


「そいつのことは諦めよう。代わりにこいつをもらう。見た目も段違いに上等だ――お前は誰だ?」


 『ああいうのを高慢っていうんだと思う』と手紙に書いたアリーの目は確かだ――そんなことを考えながら、諦めて目を閉じた。


 エリザベスのバカ。

 結局自分で自分の首を絞めたんじゃないの――確認するまでもない。この先はもう読めた。


「……彼女は僕の婚約者に内定している。誰が何と言おうと君の入る余地はない」


 いつもは柔らかいばかりだった聞き慣れた声が権力を帯びてはっきりと言い切った。

 こういうこと、か。

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