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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第三章 悪役令嬢の理由
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40. 希望

 お城で行われた歓迎の宴では、トゥルクロウ公爵家長男のニコラスにエスコートしてもらうことになった。

 今のところニコラスと王女ローゼマリーとの将来は表面化していない。けれど法務部統括のトゥルクロウ公爵がそういったことに厳密な根回しをしていないわけがない。


 まだ小さくてこういった表舞台には出てこない王女様はエスコートできないので、代わりにウィリアムの相手として有望なエリザベスの相手役を引き受けることで、既に相手がいる感を出し、今回訪問してきた王女様の注意を惹かないようにしたいのだ。


 たとえ王女様の気を引いたとしても、ニコラスの適性は水と風と土の黒魔法のみだし、公爵家の跡取りなので婿に行くことはないのだけれど、揉め事はできるだけ避けたいという心づもりがあるのだろう。

 それはエリザベスの方も同じで、こちらも白魔法使いとはいえ現時点では一応公爵家の跡取り娘と主張できなくもないし、仲の良いエスコート相手がいれば連れて帰っていい人間ではないと言外に示せる――お互いにいいとこ取りができるというわけだ。


 髪をくすんだ色に変え、色合いは地味だけれど質の良いドレスに身を包んで待っていたエリザベスを迎えに来たニコラスは、こちらももとからの濃茶の髪と瞳に加え、質はよいもののありきたりのグレーの上下という目立たない服装だった。


 会場でも、客人である王子と王女に礼儀正しい挨拶を済ませた後はさっさとエリザベスの手を引いて会場の隅に移動し、『いかにも』仲がよさそうに、やや近すぎる距離を保ち、常に身体のどこかがエリザベスに触れている状態を維持し、一度もフロアには出ず――つまり踊らずに時間を過ごす。

 ナイトが留守番なので「やりやすい」と笑いながらおしゃべりをして、無礼にならない時間になるとさっさと退席し、そのままウィルベリー公爵家まで送ってくれた。


 帰宅先が学院の寮ではなく公爵家なのは、歓迎の宴と送別の宴の日は身支度が必要になるために王都に別邸があるエリザベスのような生徒たちは寮からではなくそれぞれの別邸から登城したからだ。


 ちなみに今回の彼らの滞在にあたって、白魔法を使える人間で王都内に別邸のない者や元が平民である者については特別にその期間を城内に留まることが許された。できるだけ多くの時間を来賓の王子王女と過ごせるようにという計らいのもと、衣類や小物は全て支給、それを整えるための侍女侍従も配置されたと聞いている。

 

 つまり、リナリア王国の王子王女は自分たちの目的を隠す必要性を感じておらず、この国の王室も相手の要求に対して最大限の協力をしているということ――完全に能力を目的としたやり取りにエリザベスの心がもやっとする。


 エリザベスは王子王女の滞在期間中は一度も寮に戻らず、必要な授業のみを公爵家の別邸から通って受けた。行き帰りは馬車で、必ずニコラスが同道してくれた。お互いに、王子とも王女とも接点のないままの穏やかな日常。


 これだけ長い期間、ウィリアムやパートリッジ公爵家の男の子たちと全く接しなかったことはなかったのでかなり寂しかったけれど、最初の週にはリリアナとリディアが何度か公爵家に立ち寄ってくれた。


 二週目にはその会話や笑顔が曇ってきた――。

 楽しそうに話しているのだけれど、ふとした拍子に心配そうに寄る眉は何かよくないことが起こっていることをあらわしている。

 ニコラスも同様で、だんだん口数が少なくなってきていた。

 何か困ったことがあるのかと問いかけてはみたけれど、三人とも曖昧な顔をするばかりだ。それでも、今来ている客人たちのこと以外にはありえないと思う。


 国際政策は父親の管轄だ。うまくいっているのか、問題は起きていないかと聞いてみたけれど、父親はいたってご機嫌で「何も問題はないし、お前が心配するようなことはない」と言うばかりだ。

 つまり、父親の仕事である外交は順調――来賓の王子王女はご機嫌だということだ。


 学院の寮に残っているアリーに手紙を書いて問い合わせてみたけれど、「リナリア王国の王子様や王女様は自信家で強引。ああいうのを高慢っていうんだと思う。近づきたくないわ」という返事が来ただけだった。

 ウィリアムにも問い合わせてみたけれど、「送別の宴まで、残りの三日間、できれば授業も控えてできるだけ邸から出ずにおとなしくしていてくれ」とだけ書かれた手紙が戻って来た。

 ニコラスにも手を回したらしく、「『学院に来るな』ってことだったから、最後の送別の宴まで迎えには行かないよ。お互いおまけの春休みだと思うことにしよう」と手紙が来た。


 そして、その宴の日。


 時間と場所の変更があり、随分早く、まだ午前中に迎えに来たニコラスはやっぱり控えめな服装で、表情はかなり硬かった。

 エリザベスも同じように控えめな恰好で、静かに馬車に乗った。今日は『形式ばる必要はない』とのことだったのでナイトも一緒だ。


「ずいぶん急な場所変更だったのね? 理由は聞いている?」


 穏やかに問いかけるとニコラスはちょっと苦笑して答えてくれた。


「リナリア王国には大きな湖や川が少ない。海にも面していない。砂漠はいくつかあるが、水が珍しいんだ。だから王子の方が『帰る前に舟遊びがしたい』って言ったらしい――こんな季節に迷惑だよね。降りられないし」


 確かに、舟遊びをするにはまだ肌寒い。それに船が出てしまえば着岸するまではまず降りられない(水魔法が使えたり土魔法が得意な者は水上に道を作ったり埋め立ててしまえたりするかもしれないけれど)――そして行先は一番近い大きな湖ということだ。


「だけど、周遊船なら小部屋もあるし君も僕も身を隠してしまえばいいから楽だ。この前みたいにさっさと挨拶を済ませて、彼らのいないところにひっこもう。早く明日にならないかな。晴れてまた自由の身だ」


 久しぶりに少し明るい音のあるニコラスの言葉に、エリザベスの心も少しだけ上向いた。


 その明日から更に一週間で今学期が終わる。

 魔法適性を調べる詳しい検査さえ乗り切れば、あわててウィリアムと婚約させられることもなさそうだし、乙女ゲーのストーリーは否定できる。

 悪役令嬢の疑惑も払拭できる――心行くまで学院生活を楽しもう。

 その後のことだって、サリーが白魔法に適性があるのなら、それを伸ばしてもらって――円満に立ち位置を交換すればいい。


 祖父は、エリザベスが国内にいる限りはエリザベス魔法の特性を外には漏らさない、と約束してくれた。

 確かに自分は祖母の血を引いているけれど、魔法の適性が妹たちとほぼ同じだと思われている限り――いや、エリザベスの方は黒魔法がへっぽこだということになっているのだから、こっちが劣る可能性もある――ウィリアムとサリーがうまくいけば、両想いの二人を引き裂く必要もないはずだ。


 みんなが落ち着くところに落ち着いたら、時期を見て家を出て穏やかに暮らす。

 最高の筋書き。


 ふっふっふ。


 思わず洩れそうになった笑いをかみ殺し、脳内で楽しい生活を思い描く。

 いつかは好きな人だってできるかもしれない。結婚して、子どもだって――いやいや。いくらなんでもそれは気が早い。現時点では望み過ぎというもの。

 でも、そうなったらどんなにか――ついつい緩んでしまう頬を自分で抓るエリザベスを、馬車の反対側の座席に座ったニコラスが不思議そうに見つめた。


「エリー、とても不思議なんだけど、君と君の使い魔は、同タイミングで嬉しそうな顔をすることがあるよね。話さなくても心も通じているのかい?」


 言われて足もとに伏せているナイトを見る。


「そうかもしれないわ。ナイトにはいろいろ話しているから、私がこの先の一週間が終わった後に希望があるって思っているのがわかるのよ、きっと。ね、ナイト?」


 問いかけられて「みゃ~」と鳴く、使い魔。


「その声も。エリー、そいつは黒豹だろ? なんで猫みたいに鳴くんだい? もうほぼ大人サイズだろ?」


 言われてじっと見つめる。

 確かにナイトはずいぶん大きくなったと思う。


「そのうち吠えたり唸ったりするようになるわよ……たぶん」


 記憶を掘り返して、自分が猫のフリをして欲しいと頼んだせいだ、と気づいて反省する。もうやめていいと言った覚えがない。

 ナイトはあの時のお願いを律儀に守っているのだ。

 かわいいからそのままでいて欲しい、とつい思ってしまったけれど実は大変だったりするのだろうか。後で聞いてみよう。


 そんな会話をしているうちに、馬車が湖に到着した。

 既に乗船している生徒もいるようで賑やかな声も聞こえる。

 乗船の順番などは気にしなくてよいのだろうか。

 そう思いながら馬車を降り、辺りを見回して気がついた。


 人数が、少ない。


 三学年以上を全員なら、少なくともこの三倍はいないと――。

 ニコラスも眉を寄せている。


「ちょっと、嫌な感じだね。目立ちたくないからすっぽかした方がいいかな――今日の立場はお互い公爵家の跡取りだし、ダメだろうけれど」


 乗船してさらに眉を寄せた。やっぱり白魔法を使える者の割合が多い。そして爵位のない人間がほぼいない――。


「あの二人の求めているのは能力、そして身分も必須、か。つまり取り繕うのもやめたってことだな――」


 と、重い表情のジョナサンがこちらに歩いて来た。


「計画に変更はない――できるだけエリーを隠しておいてくれ」

「ジョナサン? なんでこんなに少ないの?」

「……相手がほぼ決まったからだ。後は別れの宴だけ――用のない者は必要ない、と」


 そう言った目もとが辛そうに歪んだ。

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