39. 懸念
「しっかし、本当にエリーは……ウィルがあれだけ頑張ってるのにちっとも揺らがないな」
たった今出てきた生徒会室の扉を振りかえってぶつぶつとナイジェルが言う。
「最初の頃は僕らにもウィルと殆ど変わらない反応してたよね……赤くなってから怒るか、いきなり怒るか――そのうち冷たい目で見るようになって。今や続けてるのはウィルだけ――ステファンはたまにやってるみたいだけど」
アントニーが形のいい眉を寄せてリリアナを見ると、視線を受けたリリアナが頷いた。
「ウィルよりステファンのほうが受け入れられてるだろ、あれ」
リュカがやれやれ、というように首を振るとステファンがにっと笑った。
「僕はエリーだけじゃなくて誰にでもやるからね。そこに存在していても警戒対象外、ってこと。ジョナサンと同じスタンスだよ。ジョナサンは誰にもやらないけど、やっぱりそこには『いる』っていう作戦」
「俺、ウィルが気の毒だ。毎日フラれてるようなもんだろあれ。最近じゃ、あの黒豹でさえ同情的だ」
歩きながらナイジェルが窓の外を見やった。息を吐いて首を振る。
「しかたないだろ――惚れた弱味、ってやつだ」
リュカが気の毒そうな顔になる。
「俺はウィルの口説きスキルの上昇率が怖い」
「それを躱せるエリーもすごいけどな。あれにかかったらサリーなんてイチコロだろ」
「本当にここからサリーを好きになるのかな」
身体を震わせるナイジェルを見て眉を寄せるのはまたアントニーだ。
リュカが大きく息を吐く。
「好きになるんだろ、エリーの『記憶』が本当なら。サリーが気の毒――あれ、全力で来られたら逃げられないだろ。まあ、僕は自分の方を優先でやらせてもらうよ。婚約式は来月だし、エリーも嬉しそうだし」
そう話すリュカの表情が明るくなった。
逆にステファンが表情を引き締める。
「気は抜くなよ。一つずつストーリーとやらを崩さないとエリーは解放されない。ちゃんと恋愛していいんだ、ってわからない限り、誰のことも対象外だし、自発的に国に残ってもらえないのは困る。
祖父が『聖魔法』だって認めていないから陛下は未だに半信半疑だけど、あれだけの白魔法が使えるってだけでもウィルと婚約させたいのが本音だろうし、父は『聖魔法』ってのが本当なら最悪、幽閉してでも国外には出さないつもりだ。しかも父はほぼ確信してる。
今度の春まで――それまでは様子を見る約束になっているけど、陛下も父もこの学年の終わりに詳細を調べるつもりでいる。エリーもごまかせるように頑張ってるし祖父もそのつもりだけど、ごまかしきれるかどうか」
生徒会メンバーは今ではすっかりエリザベスの味方だ。
アントニーが心配そうに言う。
「だけどエリーの『記憶』ではエリーが使えるのは『白魔法』ってことになってたんだろ? それなら検査の結果で婚約させられたってわけじゃないってことだし――」
「ああ、『白魔法』だったそうだ。殆ど使っていなかったらしいけど――」
一同の顔が曇り、沈黙が落ちた。
「は~。エリーの『記憶』が本物で、俺の将来も知ってるんなら、俺の相手が誰なのか教えてくれないかな~」
空気をぶった切って情けない声でナイジェルが言うと、リュカが後ろからその背中を拳で殴った。
「だからそこは自分でがんばれって言ってるだろ。いつまでもそんなこと言ってるからお前には――」
「『彼女ができない』んだろ、わかってるよ! だけど、俺にはちっともわからないし、もしかしたら誰もいなくて一生一人なんじゃないかって――」
その言葉にジョナサンが首を振った。
「一人なんてことはない。エリーの『記憶』の中でのことなら相手は決まってるよ。少なくとも、僕とステファン以外は」
ジョナサンの言葉に、今度はナイジェルが足を止める。
「お前とステファン以外、ってどういうことだよ? まさか聞いたのか?」
訝しむ顔で聞く。
首を振って否定したジョナサンは何の不思議もない、といった様子だ。
「僕とステファンに対した時のエリーは……ちょっと近づき過ぎたかなって時もあんまり怒らないだろ? アレは僕たちの相手がはっきりしていないってことだと思う。ウィルやナイジェルは最初から眼中にない――つまりエリーの中でははっきり相手が決まってるんだよ。詳しくは僕にはわからないけど――リリアナ? 君、何か聞いてない?」
再び歩きだすようにナイジェルを促しながらリリアナに振る。
「そんなこと、お話できません。エリーは私にもリディアにも、『信じて進めばいい』って励ましてくれますけど」
「ね? つまり、エリーの中ではリリアナとリディアの相手も決まってるってことだ。そうだろうとは思ってたけど、君たちは僕とステファンの相手ではないってことだね」
あっさりと言ったジョナサンが肩をすくめ、リリアナが両手で口を塞いだ。
リュカが笑い出す。
「お前は本当に参謀向けだよ」
息を整えてそう言った横で、アントニーが安堵の息を吐く。
「だけど、今はそのエリーの前提を崩すことの方が大事だ――次の新学期の段階でエリーとウィルが婚約していないこと。リュカがナタリアと婚約していること。それだけでもずいぶん違うはずなんだから。
そこからならウィルだって――今みたいに半分ふざけた感じじゃなくて、堂々とエリーを口説ける。腕によりをかけて落としてもらおう」
頷きあう仲間たち。
新学期までは後一か月と少し――。
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「リナリア王国からの訪問を受け入れるのは、本当は来年度以降って話だったんだ。向こうからは『早めに』って頼まれていたけど、父上は、できれば僕も君も卒業してから、と考えていた。それが急に繰り上げられて、しかも年度内にって決まったのは、たぶん君の妹たち――アリーとサリーの魔法適性に白魔法が加わったせいだと思う。
彼女たちはまだ専門が別れていない。見習い以前の立場だから、今なら客人の前に出る必要はない。知られている適性は黒魔法だけだから興味を持たれることもまずない。
だけど来年以降は違う。白魔法に適性がある美しい公爵令嬢が三人――全員を隠すのはさすがに無理だし、一人寄越せと言われたら断るのも難しい」
そう言ってウィリアムは少し言葉を切った。
頼まれる側とはいえ、国と国の駆け引きは一方通行ではない。
その先の友好関係を見越してしっかり進めなければ、いずれ足元を見られたり裏切られたりすることもある。
「君を渡すわけにはいかないし、アリーは跡取り――そして公爵はサリーを溺愛してる。それに君の記憶によればサリーは未来の王妃だし」
「つまり、リナリア王国の人たちは結婚相手を探しに来るのね?」
ウィリアムがゆっくりと頷く。
「しかも探してるのは白魔法使いだ。短期滞在とはいえ、王子と王女が両方来るって言ってただろ? つまり、相手探しで男女の別は問わないし、将来の王族として迎えるから、是非欲しいって意味だ――」
「疫病でも流行ってるの?」
「そこまで切羽詰まってるわけじゃないと思うよ。本当は僕の卒業後って話だったって言っただろ? おそらく今いる王室付きの白魔法使いが高齢で、早めに対策しておきたいんだ。だけど、その魔法使いが亡くなったりしたら――そういう事情になると訪問は断れない。だから時期を繰り上げたんだ」
頷くエリザベスにゆっくりと説明してくれる。
「あの国にはダンジョンもないし魔物も少ない。あの国がそれだけ平穏だってことだけど、魔素に触れる機会が少ないから魔力の強い子どもも生まれにくい。技術力でカバーするにも限界はあるし、特にそれが白魔法なら、医療技術で救えない命がどれだけ救えるようになるか――わかるだろう?
だけど、この国にだって白魔法使いは少ない。だから爵位がある家限定じゃなく、全員なんだ。あからさまに白魔法使いだけを集めるのは外聞が悪いから全学生を集めるってことにしたんだろうけど、つまりは身分を問わないってことでもあるし、やっぱり探しているのは白魔法使いだ」
そう話すウィリアムの表情は硬い。
「つまりうまくやれば玉の輿か逆玉、ってこと――何人いるの?」
「一応でも使えるのは学生では二十人弱――玉の輿だと思ってくれるといいんだけどね。大切にしてもらえると思うし……」
それも一種のシンデレラストーリーのようなものだろうか。
少し歯切れの悪いウィリアムの口調が気になる。
「なにか心配なことがあるの? ウィル」
問いかけるエリザベスにウィリアムは苦笑した。
「僕はやって来る王子王女のホスト役だ――彼らの近くにいることになる。ロドリックも。彼らがこの国にいる間、君のエスコート役は僕じゃない」
その苦笑に、嫉妬のフリ以外の懸念が含まれていることをエリザベスに気づかせないくらいには――ウィリアムは王子だった。




