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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第三章 悪役令嬢の理由
38/253

38. 不一致

 翌日、生徒会室。


「エリー、本当に来年度からは生徒会室に来ないつもりなのか?」


 来年度に向けた棚卸中。

 リュカが聞いて、エリザベスは頷いた。


「勉強に集中したいから。学院にはあと一年ちょっとしかいられないかもしれないんだし、できるだけ学んでおきたいの」


 最速パターンではヒロインの専門が別れたゲームスタートの日から、一年と二カ月で断罪イベントが発生した。できる限りの技術を身につけておきたい。


「だけど、エリーが生徒会にいないっていうのはストーリー通りになるってことなんだろ? それに最大で三年あるって言ってたじゃないか。――本当にそんなことが起こるとして、だけど」


 ナイジェルが言って、ディミトリも頷く。


「備えあれば患いなし。自分の未来だもの、念のためよ」


 断罪された後でどう生きるか、そこの手を抜くわけにはいかない。


「だけど、君が抜けると生徒会の戦力が落ちる――」

「そうよ。エリーが来なくなるとリディアも抜けちゃうんでしょ? 困るわ。ジョナサンだって抜けるつもりでしょ」


 頷くリディアとジョナサンにエリザベスは首を振った。


「リディアもジョナサンも抜けないわ。私と一緒に追放されるわけじゃないんだから、その先のことだって考えないと。あなたたちはちゃんとウィルを支えて――それにアリーを勧誘するといいわ。あの子、かなり使えるわよ? サリーだって頑張り屋だし。入ってくれたら生徒会が明るくなる――ちょっと考えが甘い時があるけど、目の付け所は悪くないから、うまく助けてあげてよ」

「……エリー、本当に君、悪役令嬢になるのか? そんなふうには見えないぞ?」


 ウィリアムに聞かれて肩をすくめる。


「ならない方向に努力してるもの」

「ならない可能性の方が高いんじゃないの? ウィルとエリーは婚約していないし――リュカとナタリアの婚約式が来月よ? エリーのシナリオだと、リュカたちは今度の春には婚約していなかったんでしょ?」


 リリアナが笑顔で言い、エリザベスはゆっくりと頷いた。


「無事卒業まで断罪&追放なしで過ごせたら、それはそれでいいのよ」

「エリー、君は恩人だぞ? 追放なんか無理――妹をいじめないんなら断罪もないだろ? 万一婚約が避けられないようなことがあったとしても、その時はそのまま僕の妃になればいいんだし……」

「ウィル?」


 ちょっと強めた口調で名前を呼ぶと、ウィリアムが首を横に振った。


「わかってる。わかってるよ。僕もエリーもそういうふうには惹かれ合っていないって言うんだろ? だけどさ――そうするのが一番いい、だろ?」


 周りの友人たちが困った顔で頷く。

 何度も繰り返したやり取り。


「ウィ~ル?」


 もう少し強めた口調で呼ぶ。


「だから、わかってるって」


 ため息と一緒に備品チェックに戻るウィリアムを申し訳ない気持ちで見つめた。


 ウィリアムの言った『一番いい』とは一番周りからの抵抗がない、というだけのことで、ウィリアムやエリザベスにとっての最上ではない。

 この優しい王太子に、ちゃんとしたときめきも感じられない自分のような相手との結婚生活を送らせるわけにはいかない。


 無事棚卸が終了した後で、エリザベスはウィリアムに引き止められてその場に残った。

 机を挟んで椅子に座る。


「エリー、今度来るリナリア王国の二人がいる二週間、君はできるだけ出てこないようにしていてくれないか?」


 真面目な顔で言われてエリザベスは頷いた。


「もちろんよ――目立たないようにしていればいいのね。お祖父様も言っていたし、最初の歓迎の宴と最後の送別の宴以外は出ないわ。校内でもおとなしくしてる」

「見た目も変えた方がいい」

「わかった。そっちも簡単に化けの皮が剥がれないようにお祖父様にお願いするわ。歓迎の宴、こっちは誰が出るの?」

「? 三年生以上の学生は全員――だけど、」

「全員!? ずいぶん多いのね」


 目を丸くしたエリザベスを見てウィリアムが首を傾げた。


「本当はエリーのことは出したくないんだよ。……だけど外国から王族が来るのに公爵の娘が不参加ってわけにはいかないし。嫌なのはわかっているけど、僕と婚約しているって公表させてくれないかな――だよね」


 それはダメだと首を振るエリザベスをちょっとだけ面白そうに見る。


「何? ウィル。なんでそんなふうに見ているの?」


 エリザベスの質問に、嬉しそうに笑った。


「昨日のやつ、エリーには効かなかったのかなって思ったんだけど、そうでもなかったんだなって――」

「どういう意味?」


 質問を重ねたエリザベスにむけた視線はいつも通り優しい。それが楽しそうにきらめいた。


「歓迎会の参加者については、昨日あの後で説明されたのに。覚えていなかったってことは、エリーもけっこう動揺した、ってことだろ? あの『壁ドン』からの『連続技』ってやつ――」

「ウィ~ル? 言ったでしょ? アリーから私の弱点を聞きだすのはやめてよ」


 目を細め、ますます強めた口調で名前を呼ぶと、ウィリアムはちょっとだけ肩をすくめた。


「ごめん。でもすごく役に立ちそうだね、あれ――だからごめんって。だけどあれってさ――女子はそんなにドキドキするのか?」


 不思議そうに言われて思わず笑った。

 今は二人だけ、気心の知れた友人同士の会話だ。


「するわよ。ステファンが『やってみようかな』って言った時、すごい悲鳴があがってたじゃない。好きな人にあれをやられたらその日は絶対眠れない――でも、いろんな子にやったらダメよ? 信用されなくなるし、ウィルがやったら落ちない子なんていないんだから」


 まったく、本当に手に負えない――。

 そう思っていたら、ウィリアムが片方の眉を上げた。


「いない?」

「相手がみんな夢中になっちゃうわよ。あなたが一番なんだから」

「そんなことないだろ? 現に目の前の一人が落ちてないじゃないか」


 ちょっと不満そうな唇に、つい笑みがこぼれた。


「私は何度も見たし?」

「僕は昨日初めてやったんだけどね?」


 しばし見つめ合って、そして笑いあう。


「画面で見るよりずっと攻撃力はあったわよ。少なくとも、その後の歓迎会の説明が頭に入らなくなるくらいには」


 認めて言うと、そのまま優しい顔で聞かれた。


「だけどその様子だと、エリーは眠れたんだろ?」

「ウィルは私の相手じゃないし、私には耐性があるもの」


 大げさなため息を吐いて首を振るウィリアムに、申し訳ない気持ちで苦笑する。


「このお姫様は、あれを誰にやられたら眠れなくなるのかな?」

「そうね……少なくともあなたたちの誰かではないわ。全員分見たもの」


 自分でやったくせに真っ赤になっていたナイジェルや、そつなくこなした後で背を向けて油断させたところで振り向きざまにもう一度やっていたステファン。そのまま額に小さなキスをしてくれるディミトリ――全部『記憶』だけど。記憶にないのは誰にもやらないトリスタンだけだ。


「ウィル、あなたには本当に申し訳ないと思ってるわ――私の存在があなたとサリーとの将来の邪魔をしてるのはわかってる。だけど長女だし、白魔法使いとしても使えるってことになってるし、お祖母様の血を引いているせいで、どうしてもあなたの相手として有望だって思われてしまうのよ。

 でも、もし次の春までに婚約せずに済んだら、少し前向きに誰かいないか考えることにするから。それに、サリーのことなら今だって誘ってくれてかまわないのよ? 同じようにとはいかなくても、ちゃんと白魔法が使えるなら私と立場を交換するのもずっと楽になるし――」


 祖父から妹二人の魔法適性に変化があったと知らされたのはつい昨日。エリザベスが壁に向かった後のことだ。そのことは両親はもちろん本人たちも知らない。ただし、国王とパートリッジ公爵ローランドは知っている。あとはエリザベスとウィリアムだけだ。


「それもだよ、エリー。君の『過去の記憶』とやらでは、あの子の適性は黒魔法のみだったんだろ?」

「ええそう――それにアリーもよ。入学した時はどっちも黒魔法のみだったけど、祖父がこの前新しく開発した器具で私の検査をしたときにあの子たちのぶんまでやって気づいたそうよ。黙ってるつもりだったみたいなんだけど、そうもいかないようだって――『黒魔法メインの白魔法付き』ってことで、今度三年生に上がる時の検査で公表されると思う」

「君の知ってるストーリーとは違う。それはいいことだよね」


 聞かれて頷いた。その通りだ。リュカの婚約も、アリーとサリーの魔法適性も。

 トリスタンは不在のままで、エリザベスは婚約していなくて、それらはゲームの開始時点とは大きく違う。


 これらがあとひと月の間にすべて覆るとは思えない――それなら。

 希望が膨らむ。


「エリー、次の春にこの世界が君の記憶と違っていたら、もう一度最初から自分の周りを全く新しい目で見るって約束してくれないか」


 真剣な顔に頷く。


「もちろんよ。その時は残りの学院生活をしっかり楽しむわ。恋人も探してみる。あなたもちゃんと恋をして、私を楽しませてね。期待してる」


 言われたとおりに賛成したのに、なぜかどこかあきらめたような顔でため息を吐く王太子が額にごく軽いキスをくれた。


 それは十二歳の頃からずっと変わらない、信頼と友情の印だ。

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