37. 苦悶
「ウィルってば、反則なのよ!」
寮の自室に入ってドアを閉めると、頬を押さえてエリザベス(十五歳)は大きく息を吐いてから文句を言い始めた。
「だいたい、おかしいでしょ? どういうことなの? なんでまだ私が追いかけられなくちゃいけないの!? ウィルだってウィルよ。ちゃんと説明したんだし、サリーが入学したんだから、とっととそっちに向かえばいいのよ!!」
さすがにもう頬は緩まない――赤らんではいるけれど。
「何が起こってるの!? どうして終わらないの!? みんなもなんで――悪ノリしてるし! もう!! 私はナイトと隠居するのが夢なのよ!? ね、ナイト! そうよね!?」
肯定の印に何度も頷く使い魔を撫でて大きく息を吐く――。
キャサリンが入学した日から、ほぼ毎日変わらない行動。
「だいたい乙女ゲーの世界なんていうものにはね、転生しちゃいけないのよ! さすがにもう誰にもときめかないけどねっ! それに私のポジションは最悪なのよ? 悪役令嬢なんだから。ふりでも嫁に欲しがるなって言ってるのよ!
ハッピーエンディングに期待はしてないけど! イケメンの関わらない世界で穏やかに生きたい! ほら、しっかりして、エリザベスっ!」
ぱしぱし、と自分の頬を叩く。
本日のウィリアムの行動を甘い台詞付きで脳内再生することは流石にないが、現状には山のような文句がある。
「だいたい、アリーがあっちに情報を流すとは……なんてことかしら。味方だと思っていたのに」
ギッと睨みつけたその先には一緒に入って来た妹がいるのだが、肩をすくめただけで悪びれた様子はまったくない。
「べつに、お姉様に敵対したわけじゃないわ。ただ昔話をしただけよ」
「その結果、今日私がウィルに何をされたと思うのよ! 突然『壁ドン』されたのよ? いつもは穏やかで優しいウィルが! 『壁ドン』して『そろそろ僕に落ちてこない?』って! しかもその後で『顎くい』して五秒――いいえ、十秒は見てた。じわじわと近づきながら!
後ろでナイジェルが変な顔で見ていなかったら殴ってたかも――ちょっと、笑わないで!! 笑い事じゃないのよ。あの至近距離で、しかもいつもより低い声で言われたのよ!? どうにか直で殴らずに「それ以上近づいたら殴るわよ」って言えたけど、どうしろっていうのよ!
ステファンがそれを見て『僕もやってみようかな』って言ったらすっごい悲鳴があがって、アントニーが『じゃあ僕も』って言ってリリアナを見たから、リリアナが真っ赤になって全力疾走で逃げ出して――講堂内がもうめちゃくちゃだったのよ!
お客様をお迎えするための説明会だったのに、たぶん内容を覚えてる子なんてほとんどいないと思うわ」
いつもならエリザベスが向かう壁に片手を当てて蹲り、アリアンヌがプルプルしている。
腹筋崩壊寸前、と言ったところか。
「アリー!! 他には何を話したの!? さっさと白状しないとひどいわよ! あんな攻撃は二度とごめんだわ。特にウィルのは――攻撃力が半端じゃないんだから!」
「ええ~? 覚えてないわよ。そもそも私が知ってるのはエリーお姉様が教えてくれた『おすすめ』だけだし……」
震えつつ渋る様子のアリアンヌは間違いなく楽しんでいる顔だ。
「ますます最悪じゃないの! 私があのゲームを何回やったと思ってるのよ! 私のおすすめなんて揃えて彼らに攻撃されたら、女子生徒は全員でっろでろに解けて地面に染みこんじゃうわ!!」
「私が話したことを知りたかったら、自分でウィリアム殿下に聞けばいいじゃない」
「聞けるわけないでしょ!! 実戦練習されたらどうするのよ! 甘い言葉なんてもうさすがに信じないけど、心臓に悪すぎるのよ! それにあれはサリーにやるためのテクなの!! 私じゃない!」
「いいじゃないの。お姉様の将来は暗いんでしょ? そのぶんまで今を楽しんだら?」
腹筋崩壊の危機から立ち直ったアリアンヌがエリザベスのベッドの上に座った。
「ゲームは前世で十分楽しんだわよ! 今は楽しんだらダメなの。わかってるでしょ? 国王陛下もお父様も――」
「だからいいじゃない、それで。将来の王妃、合ってると思うわよ? お父様も喜ぶし、サリーに王妃役は荷が重いってことくらい、あの人にだってわかるわ」
「嫌よ! 生まれ変わってまでそんな大役はごめんだわ! のんびり生きたいの! それに好きあってる二人を引き裂くなんて。それにその未来は断罪で追放なのよ?」
「殿下は嫌がってないわよ? お姉様のこと、とっても大切にしてるし、サリーだってそんなふうには――」
「サリーに恋心が芽生えるのはゲーム開始時の――次の春だって言ったでしょ? きっとウィルはまだ憧れの上級生で雲の上の人なのよ……そこに文句は言えないわ。私が文句があるのはウィルよ。それからアリー、あなた!」
人差し指を突き付ける。ちなみに反対の手は腰だ。
けれどそんなエリザベスの威圧的な態度に、妹は揺らぎもしない。
「断罪で追放だって、そうなると決まったわけじゃないでしょ。私たちが入学してもうすぐ二年が過ぎるのよ? お姉様の前世の記憶とやらが正しいなら、三年目に入った時にはもうお姉様とウィリアム殿下は婚約してるはず――。でもお姉様たちはすごく仲のいい友達同士のままだし、私達はサリーをいじめたりしてない――ものすごく仲良くしてるわけでもないけど、ごく普通よ。それにお姉様は高慢で鼻持ちならない意地悪お嬢様なんかじゃないじゃない!」
フン、と鼻を鳴らして怒った顔を作るアリアンヌ。
「そうかもしれないけど、でも、ウィルは――ウィルはサリーが好きよ。いつも目で追ってるもの」
「それだって、お姉様が殿下の将来の妃は自分じゃなくてサリーだ、なんて言ったからでしょ? 黙ってたらサリーの存在にさえ気づかなかったかもしれないじゃない」
エリザベスはちょっとだけ口を閉じた。
母親が違うとはいえエリザベスの妹で公爵家の令嬢なのだから、ウィリアムがその存在に気づかないなんてことはさすがにないのだが、すこし早めた可能性は否めない。
求婚中のフリを控えて欲しかったからだ。
今ではエリザベスの「過去の記憶」のことも知っているウィリアムは、(まだどこか半信半疑でも)「未来の王妃はサリーなの」というエリザベスの言葉を即否定せずに、「考えてみるよ」と言ってくれたし、「サリーの前では誘っている振りはしないで」と頼むとその通りにしてくれた。
「出だしがどうだとしても、気持ちが育つなら、やっぱりウィルの相手はサリーよ。私じゃない。私とウィルは親友――友人以上にはなれないの」
「だけどこのまま何もなくて、全部お姉様の勘違いだったら? お姉様は悪役令嬢なんかじゃなくて、断罪も追放もなかったら?」
ウィリアムよりも妹の方がずっと懐疑的だ。
「それなら大歓迎よ――ちゃんと素敵な人を見つけるように頑張るし、ダメなら卒業と同時にナイトと家出するわ。お祖父様にはちゃんと連絡するから、探そうとしないでよ? あなたは家を継いで、サリーはウィルの妻になればいい。もちろんお父様には、陛下に平身低頭謝り倒してもらうわ。そのくらいはしてもらってもいいと思うし、あとはウィルが上手くやってくれるもの」
父親のところだけはぐっと握りこぶしを作ってきっぱり言い切るエリザベス。
「もっと建設的な計画はないの? お姉様は強力な白魔法が使えるってことになってるのよ? 誰だって選べる――」
「誰かを好きになって、相手にも好きになってもらうところからね」
「またそんな、平民みたいなことを言うんだから」
「前世は平民だもの。せっかく転生したんだし、義務で結婚するつもりはないわ。幸い陛下もお父様も今のところ強制するつもりはないみたいだし、お祖父様だって『家出はいいが国から出てはいかんぞ』って、それだけ――家出になったらどこかで診療所でも開くわよ」
「もう――」
まだ納得がいかない様子の妹の言葉を遮る。
「それより、本当に彼らにテクニック情報を流すのはもうやめて――どこで繰り出されるかわからないし、心臓に悪い――何?」
妹はなんとも微妙な顔をした。
「……ごめん。もうほとんどバレてるわ。がんばってね」
「!? なに、それ、どういうこと!?」
「だって、私たちが三年生になるまでにお姉様に好きになってもらえないとまずいみたいだってロドリックに聞いて……」
ロドリックはウィリアムの弟で、アリーと同じクラスだ。
「アリー、それって……もう。あなた……」
は~、と深いため息をつく。
前世でドキドキさせられた彼らのテクニックが、こんな……アリー経由で齎されたエリザベスのおすすめ満載のものだったとは。
道理でドハマりするわけだ。
今になってガックリもしたけど。




