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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第二章 入学
36/253

36. 攻略、されてない?

 とりあえず、王太子の婚約者にされることのないまま日々は過ぎている――けれど、ウィリアムからの甘い言葉と笑顔攻撃は前にも増して酷くなった。


 プレゼントもそうだ。規模は縮小されたけれど、なぜか頻度が増した。

 「残る物は欲しくない」「太るからお菓子も困る」「花も束になっていると置き場に困る」「わざわざお金をかけて欲しくない」と率直に言ってからは庭先に咲いているような花が一輪だったり、もしくは片手サイズのコップに入るような小さな花束がメインになったけれど、回数が増えたし攻撃力はまったく落ちていない。


「そんなに頻繁にもらっても困る」

 と言ったら、

「僕がやめると他の家の男子ががんばるけど、いい?」

 と、聞かれた。

 どういうことかと聞き返す。


「今は爵位のある家に白魔法が使える子が少ないんだよ。だからどっちにしろ誰かがエリザベスに求婚すると思う――ただし本気で。今は僕がやってるから他のやつは誰もやらないんだ。もちろん他のやつの方がいいって言うならやめるけど」


 そんな言葉が返ってきて、やめてくれとも言えなくなった。


 それでも困っていたら、万能の王子様スマイル付きで、

「僕が将来誰かに求婚するときの練習だと思ってくれていいよ。そうだ、メッセージカードの採点してくれる?」

 そう追加で言われてますます言葉に詰まって、首を振った。


 採点なんて烏滸がましいことはできない。

 第一、どれもかわいいし、もらって嬉しい言葉ばかりだ。


「僕のこと、思い出して」

「君はこの花をどこに飾るんだろう?」

「かわいい君に」

「明日、一番先に目に入る場所に置いて欲しいな」

「この花、お日様の方を向くんだよ。僕が君の方を向くみたいに」

「喜んでくれるかな」

「おつかれさま」

「今日の放課後、会える?」

「そばにいたいな」

「君の笑顔が好きだ」

「今日は会えなかったね。明日は会えるといいな」

「がんばりすぎてない?」

 ・

 ・

 ・


 こう言った言葉はどこからひねり出して来るのだろう。

 用語集でもあるのか。


 残る物や大きな花束は欲しくないと自分で言っておいてなんだが、大きなプレゼントなら断れるのに、とか思ってしまう。こういった花一輪は断りにくいうえに、じわじわと『くる』ことがわかった。

 どうしようもない。


 溜まって行くカードにはもちろん同じメッセージもあるし、カードがなくて花だけだったりお菓子のこともある。けれどちゃんと時を選んで送られてくるし、その度にきゅん、とさせられてしまう。


 「おやすみ」とだけ書かれたカードを見て、つい「おやすみなさい」と緩んだ頬のまま呟き返したこともある。

 その後で壁のお世話になったけど。


 会えば必ずにっこりだし、何かしているその手を止めて話をしに来てくれることさえある。

 かなり優先されていて、完全に求婚されている気分。周りの目も――ほほえましい感じ。

 なんか、これって違うんじゃないかと思う。

 しかもウィリアムだけじゃなくて――なぜかみんなが優しい。


 おかしい。ヒロインポジじゃないのに。


「……あの王太子、こうやってエリザベスで口説きスキルを伸ばしたんじゃないかな」


 すごくあり得る、と思う。


「こうやって持ち上げるだけ持ち上げての心変わりだったのかも――え? つまりこれってザマア要素の下積み? これで図に乗って、高慢になったエリザベスを最後に落とす、っていう――うそでしょ、これもシナリオ通りってことなの?」


 今日も就寝前にナイトを相手に愚痴を言うエリザベス。

 机の上のコップにはさっき届いた赤いカーネーションが一輪。

 膝の上には一枚のカード。


 『会いたいな』と書かれている。


「……はあ。だけど今さら断って他の人に求婚されるってわけにもいかないし……はやくキャサリンが入学してくれないと、私の額と壁が持たない。あの子が入学したら、きっとウィリアムとの間に恋が芽生えてそっちに気が移るから、そこで求婚ごっこも終わり――それまでの我慢よ」


 ぎゅっと使い魔を抱きしめて、その艶々した柔らかい毛に頬をこすりつけて目を閉じる。


「……私にも『会いたい』って思ってくれる人がいるんだって、つい思いたくなっちゃうのよね。私の相手じゃないのに。いいなあ、って。……そんな人、いないのに」

「みゃ~」

「うんうん。ナイトは別よ? ナイトがいてくれて本当によかった。ずっと一緒にいてね」

「みゃ~」


 撫でる手に額をすり寄せてくれる、温かい命と信頼に癒される。


「よし、この状況にはまったく納得がいかないけど、明日も頑張るわ」



~~~~~~



 眠った顔を見つめる。

 人に戻ったトリスタンはエリザベスの目じりの涙を指でそっと拭った。


「僕がいるよ。いつだって」


 静かに声をかけてため息だ。

 自分は、ある意味ではエリザベスの望む相手にぴったり――今でもそう思っている。


 ただし自分には周りを納得させられるだけの「身分と力」がない。

 こんな状態で姿を現して求婚しても許してはもらえない。


 おまけにエリザベス本人が結婚相手に求めていないのがその二つ。

 公爵令嬢にふさわしいだけの身分や力を手に入れたらその場で拒否されるだろう。


 加えて『攻略対象者』との恋愛も禁忌だ。

 自分がトリスタンだってことがバレても拒否される。


 それにあの急襲の顛末も不明のままだ。

 当初はリュカを狙った犯行だと考えられた。だけど、その後リュカが誰かに襲われることはなかった――低いとは思うけれど、最初からトリスタンを狙っていた可能性も捨てきれない。


 そんな自分がエリザベスの前に現れたとして、何ができる――。


「君は、がんばってる。本当だよ。毎日、すごく一所懸命だ。僕が見てる。僕がいるよ。人間で――会えたらいいのに。君の隣にいられたらって、そう思う。だけど、今の僕じゃダメなんだ。君の相手にはなれない」


 生まれ持った地位や身分に、やりきれない思いがもやもやと胸の中に渦巻く日もある。

 ウィリアムの行動にエリザベスが頬を染めた日は、特に。


 だけど、そんな日はエリザベスが抱きしめてくれる。

「ナイトがいてくれてよかった」

 心からそう言ってくれるから、大事だって伝えてくれるから、もやもやはどこかに飛んでいく。


 唯一得意な魔法の扱いを伸ばして、功績を積めばいつか――そんなふうに思う日もある。

 だけど、そんな日が来る前にきっとエリザベスは誰かのものになってしまうだろう。そのくらいのことはもうトリスタンにもわかる。

 そして今の『黒豹』の自分がエリザベスの大きな支えになっていることも。


 人には、戻れない。

 それならいっそ一生使い魔のままで――?


「そうしたら君は、いつまでも僕を、側に置いてくれる?」


 穏やかな寝顔に問いかける。

 だけどそれは、この先エリザベスが愛する誰かを見つけたら、その誰かに微笑みかける姿を見ながら生きていくってことで――考えただけで泣きたくなる――そんなことが自分にできるだろうか。

 人間に戻った自分を愛してくれる、そんな奇跡があるだろうか。


 小さく息を吐いてまた真っ黒い生き物の姿に戻り、エリザベスの足もと、上掛けの上に丸くなった。


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