35. 方向性
どこをどう聞いたらそういう答えになるのやらわからず、エリザベスは目を白黒させた。
王太子は平民とは真逆の存在じゃないか。
「そうだね」
「そうだな」
「そうね」
皆が頷いたのも、どういうことだろう。
混乱した頭でウィリアムを見つめると、王太子は安心させるような微笑みを見せて頷いた。
「エリザベス? 君、今は好きな人はいないんだろう? 僕もそうだ。それにあの占い師によれば僕の将来は最終的には安泰だし、どーんと頼ってよ」
どーんと、というには細い、少年らしい腕をとん、とまだ薄い胸に当てているけれど、意味が解らない。
「あの、『君の意思に反することはしない』って、あれは……?」
婚約者の第一候補に王太子なんて、絶対に望んでいないのに。
「うん。君の意思に反することはしないよ。だからちゃんと求婚して、『はい』って言ってもらえるようにがんばるしかないかなって――」
そこまで言って、ちょっと待って、というように片手を上げた。
「――少なくとも、表向きは。それでどう?」
……え?
「表向き、は?」
「うん。この先、周りにバレるようなことがあったら困るだろ? だけどいざというときには僕がいるってことになっていれば安心だし――どうかな?」
つまりそれは、婚約者としては望まないけど、フリだけ求婚中にしてくれるっていう、そういうこと――?
「それって……いい、ん、ですか?」
思いもよらないところから偽装工作の申し出を受け、エリザベスは目をぱちくりさせた。
「エリザベスに好きな人ができたら、その時は教えてよね。どうするのがいいか一緒に考えよう。もちろんエリザベスが僕を好きになってくれるのが一番いいんだけど――そんな顔しないで? 現時点でそれが一番いいってだけだから。とりあえず一年くらい――もっと長くてもいいよ。なんなら学院にいる間中だって――仲良くなれないか考えてるってことにするのは、どうかな」
安心させるようにゆっくりと頷いてくれる。
「本当に、それでいいの――?」
そんなの、あり!?
本当の求婚や婚約じゃなくて、『フリ』ってことだよね?
「君は恩人だし。ほら、僕なら身分的にも『やっぱりやめた』ってできるだろ? 王族のわがままと横暴ってことで。
君の相手――伯爵家以下だと断るとき家同士がギスギスするだろうし、エリザベスは公爵家の長女で白魔法持ちなんだから、低位の貴族じゃ周りもたぶん納得しないし、僕が適任だと思う。
いろいろはっきりしたら、お互い『気が変わった』ってことで円満に……ね?」
それは、ありがたい、けど。
にっこり微笑んで見せる王太子の顔をまじまじと見つめる。
「でも、それってすごく失礼じゃ……」
「気にしなくていいよ。助けてもらったのは僕の方なんだから。それに、僕の方に好きな人ができた時も話し合いで解決ってことで」
そう言われてちょっとほっとした。
キャサリンが入学するまでなら、九カ月に満たない。ゲームが始まるのはそこからさらに二年先だけど、キャサリンの入学後も茶番を続けようなんてそんなことはないはず――。
「そういうことでとりあえず、僕からのプレゼント、次からはちゃんと受け取ってくれると嬉しいな。完全に脈ナシって感じはやめて――あと、行事のエスコートは僕がするからそのつもりで。うん。そういうことで今日はもういいかな。あんまり引き止めるのも悪いし、これ以上警戒させたくないし。
じゃあ、ドアはちゃんと閉めてってね」
え? あれ? それって今日はここまでってこと――引き止められないのはすごく嬉しいけど。
なんとなく、煙に巻かれたような気がするまま、面談室を出て……エリザベスは眉を寄せて呟いた。
「私、これで安心なの……?」
大丈夫、なのかな。
「ウィリアム様、優しいですね。エリーの希望をちゃんと聞いてくれて。それに、いざという時には僕がいる、なんて、私も言われてみたいな~」
隣を歩くリディアは――なんとなく浮足立っている様子。
「ま、やらせておけばいいんじゃないの? お手並み拝見♪ まだ一年の頭だし、卒業までは少なくとも四年はある――エリザベス? 僕は結婚相手にはなれなくても困った時の相談相手にはなれるからね」
組んだ両手を頭の後ろに当てて、ジョナサンが口笛を吹いた。
~~~~~~
その頃、面談室。
「おい。ウィル。お前本気でやるつもりだろ」
リュカがぐっと王太子に顔を寄せた。
「え? 何のこと?」
「バカ、あの流れで気づかないわけあるか」
ナイジェルも頷いた。
「だってさ~、国外に出すわけにはいかないだろ? エリザベスってホントかわいいよね。くるくる表情が変わって。どうせなら幸せになって欲しいじゃないか。恩人だし」
肩をすくめるウィリアムにリュカが顔を顰めた。
「お前がエリザベスに惹かれてるのはわかるけど――無理だろ、あんなに嫌がってるんだ。僕は止めるぞ――あの子が嫌がるようなことをさせるわけにはいかない」
「あれ? 『好かれてないのは知ってるけど、嫌われてもいないだろ?』って言ってたのに。意見が変わったのか? リュカだって惹かれてるんだろ? ライバルになるつもり?」
言われたリュカがうっすらとほほを染めた。
「僕は、ならない。確かにあの時はすごくかわいく見えたし、今も――でも、エリザベスは僕を望んでないし、僕だってそうだよ」
「だったら僕が立候補しても問題はないだろ」
リュカがゆっくりと首を振った。
「お前が聞いた時だけ顔色が変わってたじゃないか。すごい勢いで――怖がってるみたいだった」
そう言われて王太子がため息を吐く。
友人二人を見て、もう一度大きく息を吐いた。
「そうだね。だけどさ、よくよく考えてみたら、エリザベスっていろいろ完璧だよね。白魔法が使えるし、勉強もできるし、立ち居振る舞いはそれこそ将来の王妃にするためのマナー教育を受けたみたいに綺麗だし。何よりかわいいし――。
わかってる、本気で嫌がられるようなら僕だってちゃんと引くよ。困らせたいわけじゃないんだ。それに別に僕に落ちなくてもいい――あの子を落とせるやつがこの国にいるなら。
だから僕はたとえ自分が望んだ方向からじゃなくても『努力』はする――リュカ、お前も努力しろよ。ナイジェル、お前もだ」
ふざけたところのない声。
いつもは穏やかな表情も今は硬い。
「ウィル――親父さんに――国王に何か言われたのか?」
形は問いかけでも確信している口調でリュカが言った。
「断言されたわけじゃない。だけど『本心から断るようなら本物かもしれない』だそうだよ。それなら『国外に出すな』だってさ。エリザベスは僕の外見にも権力にも惹かれなかった。リュカ、お前の父親も動いてるんだろ? ――昨日帰った時に聞いたはずだ。今はあの子がこの国にいるかどうかが『要』なんだ」
「『本物』ってなんのだ?」
ナイジェルが聞く。
「……『聖女』だよ。『魔王』を押さえられる人間――聞いたことあるだろ? 『ダンジョン』の最深部には『魔王』がいるって話」
「『ダンジョン』って、あるのはこの国の外れだろ? 聞いたことはあるけど……その話、ホントなのか? 大げさな作り話じゃないの?」
ナイジェルの言葉にリュカが小さく首を振った。
「伯父の一人が封印しようとして――亡くなったって聞いた」
「そんな最近の話なのか!?」
口を噤んだリュカの代わりにウィリアムが続けた。
「とにかく、僕たちは見ただろ? リュカが言っていたじゃないか。『シルヴァヌスの子』の弱点は炎と聖属性の攻撃だって――あれは特異な白魔法なんかじゃない。『聖魔法』だと思う」
「うちのジジイのため息もそれだろうな――白魔法を扱える女の子の孫が嬉しかっただけじゃなくて『聖魔法』――だけどエリザベスを惹きつけておけそうなやつが僕たち兄弟の中に一人もいないから――あのジジイ、昨日は『余計なことを言ったりやったりしたら尻尾をつけるぞ』って――」
「最初から無理だって思わずに、努力しろよ」
「無理だろ、『聖女』だぞ。それが本当だとしたら偽りの求愛なんかに騙されるわけがないよ」
ナイジェルがズバリなことを言って、三人ともしばし口を噤んだ。
「……だけど、エリザベスはさ。笑いかけたら真っ赤になってたし――僕たちは努力しないと。この国の未来がかかってる。僕はやってみる。手伝えよ」
「わかった。僕は今度会ったらさりげなく好みのタイプや好きな物を聞いてみるよ。親父にはお前に最大限の協力をしろって言われたし」
ため息交じりでリュカ。
「僕は……無理だと思うんだけど」
「わかってるよ、ナイジェル。無理はするな。嫌われるとマイナスだ。僕がふられたらその時がんばれ」




