34. 相談
『心配ない。思うように進め』
翌朝、短い手紙を足に結んだチュンタロウが飛んできて、少しだけ気が楽になった。
「『今日はリュカがいないから、話を聞くのは明日の放課後、いつかの面談室で。君の意思に反することはしないから、心配しなくていいよ』だって」
朝一の教室でジョナサンに小声で告げられて、さらにほっとした。
今まで通り白魔法の講義に出て、実習に参加し、追加の黒魔法の講義に出る。後でこっそり挑戦するときのために丁寧にノートを取って、時間が合う黒魔法の実習を見学した。
伸びが早い生徒の中には魔法を扱うための媒体を選び始めた子がいる。
魔導士の『杖』のような物だ。
騎士科を目指す子には『剣』の扱いを始めた子もいるし、過去には「料理人」になりたいから、と「包丁」を選んだり、「音楽家」になりたい、と「楽器」を選んだ変わり者もいるという。
三年生に上がる時には全員がなにがしかの「魔術具」を得ることになると聞いていた。
練習に余念のない生徒たちを見ながらエリザベスはぼんやりと考えた。
自分にもそんな魔術具があったのだろうか――記憶には何もない。だけど、あの男の子たちにファーストキスの相手がいることを知らなかったのと同様、ゲームが始まる『以前』のことやゲーム『外』で起こったことは何もわからないのだ。
キャサリンの入学から選択が分かれるまでの二年、そして既に始まったこの一年を加えての三年間はそれなりに長い。
その『前置き』の時間に何があるのだろう。
今回、エリザベスが普通とは違うことが王太子にバレた。
だけどエリザベスが受け取ったメッセージは祖父からの『心配ない』と、ウィリアムからの『君の意思に反することはしない』という二つ。
――自分はまだ、この先に希望を抱いてもいいのだろうか。
~~~~~~
「あんなにすごい白魔法が使えるのに誰も選びたくないの? じゃあ、どんなやつならいいんだい?」
ナイジェルにそう聞かれて、エリザベスは項垂れた。
翌日の放課後、リュカも交えて実習メンバー六人が揃った面談室。
三―三で向き合って相談、というか、今後の方針を模索中。
エリザベスの白魔法は国外に出せないくらい重要なものだということで周りの意見が揃い、そのために今後どうなるかという話になって、やはり誰かと将来を約束するのがいいのではないかという流れになった。
「難しい質問じゃないと思うけどな。この国に残りたくないわけではないんだよね? いつか結婚するなら誰がいい? ってことだよ。身分でも見た目でも――ウィルがここでの話は外には持ち出さないって言ったんだし、協力するための相談なんだから、誰にも遠慮しなくていいんだよ?」
そう聞くナイジェルは不思議そうな顔だ。
だけど、そんなことを聞かれても困る。『悪役令嬢エリザベス』である自分は誰かを選ぶわけにはいかない。
誰を選んだとしても、その相手に迷惑が掛かるから。
強いて言うなら……。
「未来がどうなろうとも、私でいいって、言ってくれる人……」
俯いたまま呟くと、「みゃ~」と、励ますように使い魔が鳴いた。実はさりげなく立候補である。
「わからないな。エリザベス。君は公爵家の長女で、すごい才能があって、それだけじゃやなくて、すごくかわいいし、性格も――僕はちょっとおとなしいかなって思うときはあるけど、すごくいい子だと思う。お嫁さんに欲しいってやつは山のように――って、いうか、君に好かれて喜ばないやつはいないと思う」
ウィリアムとリュカは黙ったままで、ジョナサンとリディアはナイジェルと同じような疑問の顔だ。
「じゃあ、僕だったら?」
リュカが聞いて、その途端にナタリアの顔が頭に浮かんだ。
ふるふると首を振って断る。彼女をこれ以上不幸にしたくない。どんなに嫉妬に苦しんでも、最後までリュカを想っていたからこそのエンディングでの笑顔だった。
「僕の弟たちの誰かならどう?」
ステファンはボルドウィン公爵家に婿入り、ディミトリはサマセット公爵家の領地の一つを任されて独立する。アントニーはすでにリリアナといい感じのハズだし、トリスタンは――彼はいない。
同じように首を振った。
「じゃあ、参考までに――僕は?」
ナイジェルも聞いた。
とんでもない、だ。隣に座っているリディアの顔が見れない。
さっきにも増してぶんぶんと首を振ると、リュカが吹き出した。
「お前は圏外みたいだな」
「いいんだよ。僕はそもそも相手にしてもらえると思ってないから。僕には『彼女なんかできない』ってお前が言ったんだぞ。それに『参考までに』って言っただろ」
唇を尖らせるナイジェルを見てリディアが笑った。
その様子にほっと胸をなでおろす。
「僕は? エリザベス」
反対の隣からジョナサンが聞いた。
それにも困った顔で首を振る。
王太子から自分のことを頼まれるほど信頼されているジョナサンは間違いなく将来の王室のブレーンになる。たとえエリザベスにどんなにすごい才能があっても、将来追放される可能性の高い自分の相手になってもらうわけにはいかない。大きな汚点になる。
話を聞いてみたら、ジョナサンが『リオル』に入っているのは、エリザベス同様成績操作の結果だということが判明したのだ――あのクラスでエリザベスを一人にしないために。
もしや、と思って反対隣に目をやるとリディアが小さく肩をすくめた。
こっちもか、とため息を吐く。どうやら祖父の差し金らしかった。
「ニコラスは? あいつなら公爵家だし――」
それにも首を振る。
ニコラスのところには王女ローゼマリーが降嫁する。
王女様はまだ小さいけれど、たぶんその話は既に動いているはずだ。無理に決まっている。
「僕の弟は?」
にっこり笑ってウィリアムが言う。
こんな会話でも安定の王子様スマイル。
けれど、やっぱりエリザベスは首を振った。
ロドリックのお相手はトゥルクロウ公爵家次女ダイアナ。恩あるクレアの妹だ。
「じゃあ僕は?」
続けてそう聞かれて血の気が引いた。
ウィリアムだけは、何があっても避けたい――誠心誠意お断り――涙目になって首を横に振った。
「なんか、ウィル、俺より望みなさそうじゃない?」
ナイジェルの言葉にウィリアムが苦笑する。
「『未来がどうなろうとも』って言ったよね? 君は何を恐れているの? 君の望みは何?」
そう聞かれてちょっと考えた。
「みんなに、幸せになって欲しい、です。私を結婚相手に選ばないで欲しい――選ぶと不幸になるんです」
あのゲーム、ヒロインが誰を選んだ場合でも、エリザベスの将来に平和はなかった。悪役令嬢はヒロインが選んだ誰かとウィリアムによって断罪され追放される。
「占い師にでも会ったの? 君の将来は破滅だって言われた?」
当たらずと雖も遠からず。
おずおずと頷くエリザベスにウィリアムが笑って言った。
「僕も言われたよ『嵐のあとに凪が来る』希望を捨てなければ幸せになれるって」
それはそうだろう――。
エリザベスを選んだらそこが『嵐』だ。
「結婚相手はいらないってこと?」
そう聞かれて情けない顔になる。
そういうわけじゃない。
結婚は、したい。幸せに暮らしたい。
そこはせっかく転生したんだし、ぜひエヴァー・アフターを極めたい。
「なら相手の希望は?」
「あんまり、身分とか、気にしない人……平民でもいい……っていうかむしろその方がいいです」
ボソボソと希望を告げると、一様に首を横に振られた。
だけど。
「――ということは、やっぱり僕が第一候補だね?」
沈黙を破って、完璧な王子様スマイルつきでウィリアムが結論を出した。




