33. 夜の少年たち
それからたいして間を開けずに教師たちと大人たちが慌てた様子でやって来て、生徒たち全員の無事な姿を見て大きく息を吐いた。
『シルヴァヌスの子が出て、王太子を含む生徒が数名囚われている』と連絡したジョナサンの手紙については、慌てていたし触手のあちらとこちらで対峙したために捕まえられたように見えただけで実際は自分たちは囚われなかった、とリュカが説明した。
土で汚れたウィリアムとリュカの衣服は、エリザベスたちが残りの生徒たちを運んでいる間に、身に着けたままでリュカが水魔法で洗い、風魔法で乾かした。
炎の魔法で触手を避けつつ、既に囚われていた生徒たちを全員救出したという説明には少し無理があったようだけれど、他にできることなどあるはずがない、という観点から結局受け入れられ、大いに褒められた。
そこからは大人たちによる討伐だった。
周囲から強力な除草剤を散布する形で、触手を中心の木のところに追い込み、そこで一気に炎で焼き尽くす――白い花びらは除草剤を撒く作業の途中で散り、観念して種を残すことにした木はたくさんの赤い実をつけた。焼く前に長い取っ手のついた網で実を回収する大人たちの顔がほころぶ。
たしかリュカの話では滋養強壮にいいって……。
そう思っていたら、教師たちはまだ青ざめてぐったりしている生徒たちに種を取り除いた実を一粒ずつ食べさせた。
みるみるうちに頬に赤みが戻って行く。
奪われた分の魔力や体力を戻しているのだと気づいた。
王太子とリュカもかなり取られたはず――もらわなくても大丈夫なのだろうか。
そう思ってエリザベスが振り向くと、なぜか目が合った途端に二人の頬が赤らんだ。
その反応は気になるけれど、特に問題ないようだったので、それまでのようにリディアとジョナサンの影になるようにそっと離れてしゃがむ。
ナイトに手を伸ばしながら安堵の息を吐いた。
「すぐに婚約者にされるんじゃないみたい――よかった。だけどどう説明したらいいか考えないとダメね」
使い魔は不機嫌顔でふい、とそっぽを向いた。
「怒ってるの? ナイト。だってあのままにはできなかったもの――いざとなったら家出すれば――ああ、それが嫌だったのね? いいわ。お祖父様にお願いして、ナイトのことはちゃんとパートリッジ公爵家で……って、どうしたの?」
急に擦り寄ってきた使い魔を抱きあげる。
「違うの? ああ、それじゃ、ちゃんと危ないって教えてくれたのに結局あの罠に引っかかっちゃったから怒っていたのね? ごめんね。ナイトはがんばってくれたのに……」
お礼代わりに頬ずりをすると、グルグルと喉を鳴らす――機嫌は治ったみたいだ。
一学年上の三人をこっそり見る。
彼らがファーストキスもまだのまま、人生から退場――なんてことにならなくてよかった。そう思って安堵の息を吐く。
それはちょっと寂しそうで、羨ましそうな顔。
ちゃんと相手がいるっていいなぁ……。そんな内面なのだけれど、そんな顔を見上げた黒豹の方も肩を落として小さく息を吐いたことにエリザベスは気づかない。
~~~~~~
「なあ、リュカ。……僕はどうするべきだと思う?」
「僕なら婚約する。できるだけ早く。ナイジェルだってそう思うだろ?」
「ああ。あれは守らないと――ウィル以上の適任者はいないと思う」
その夜、男子寮のウィリアムの部屋に集まった三人の会話。
盗聴防止の魔法は既に使ってある。
ウィリアムがベッドに座り、リュカが机のところから引っぱり出した椅子に、その横の机にはナイジェルが腰掛けている。
「だけど、僕はエリザベスに好かれてない。――今日のことだって、他にどうしようもなかったから助けてくれただけのことだと思う。半泣きで『なかったことにして下さい』って言われたからなかったことにはしたけど――恩人の唯一の頼みだし」
どうしたらいいかわからない、とウィリアムが首を振る。
「好かれてないみたいなのは知ってるけど、嫌われてもいないだろ? すぐに赤くなるのは慣れてないってことじゃないのかな――それにウィル自身はどうなんだよ。クレアの方がいいのか? まさかな。あの幸福感だ」
リュカが軽く顎を上げて答えを促した。
「クレアがいいとか、そういうわけじゃないよ。確かにエリザベスが魔法を使ったときはぼおっとなったし、すごく幸せだったけど――だけど嫌がってるのに強制はできないだろ――国外に逃げられでもしたらどうするんだよ。僕が近づくと後ずさるし、優しくすると泣きそうな顔をするんだよ? 僕には関わりたくないんだ。慣れるまで放っておけってクレアに言われたよ」
息を吐いてまた小さく首を振る。
「プレゼントも迷惑そうだし……。クレアが言ってたけど、僕が贈った花は全部談話室や食堂の花びん行き――お菓子もよっぽど小さなものでなければ「みんなでどうぞ」だって。手元に残る物は一切受け取ってもらえてないし――プロポーズなんかしたらその場で逃走されるんじゃないかな」
「ああ、言ってたな。逃走か。あり得そうだな――」
「あり得るのか? 王太子のプロポーズだぞ? ウィルベリー家は大歓迎だろう?」
ナイジェルの言葉に二人が首を振る。
「この場合は公爵家じゃない。考えるべきなのはエリザベス自身のことだよ。そんな考えでいたらいつまでも彼女なんかできないぞ」
リュカの言葉に、ナイジェルがぐっと息を詰まらせた。
それを見て満足そうに頷いてリュカが続ける。
「ウィルが嫌なら――そもそもなんでウィルが嫌なのかわからないけど――ロドリックか? それとも僕かニコラスか。ボルドウィン公爵家には男子がいないし、サマセット公爵家は年が離れ過ぎてたはずだよな? それとも侯爵家か――ジョナサンはエリザベスとは普通に接してたよな……特に好意を抱いてるようには見えなかったけど、ウィルよりはありなのか? ……あれだけの使い手の相手が伯爵家ってわけにはいかないと思うし……それともナイジェル、お前がんばってみるか?」
聞かれたナイジェルが頬を染めてかぶりを振った。
「いや、僕には無理だよ、あんな――あんな子――あんな――見ただろ? あれは僕みたいなのじゃ無理」
「それ言ったら誰だって無理って思うだろ――ウィル? お前、ジョナサンからはなにも聞いてなかったんだろ?」
「なにも。ジョナサンも知らなかったんだと思う。人と関わろうとしないエリザベスが心配で、ちゃんとまわりに馴染めるように、クラブや何かの会に入る時は同じやつに入って助けてやって欲しいって僕が言ったのは、そういう意味で調べろってことじゃなかったし――教師たちは知らないのかな? 適性は調べてるはずだろ?」
リュカの眉が寄った。
「それは多分、うちのジジイだ――あのジジイ、随分前からエリザベスのところに魔法を教えに行ってる。ウィルベリー家に行くようになってから随分機嫌がよくなって、かわりに僕たちを見てがっかりしたため息なんかつきやがって――うちが男ばっかりだからそのせいだと思ってたら、そういう理由か。国王に報告もせずに、囲い込んでたってこと――いや、もしかしたら報告済みで様子見ってことも――一度聞いてみた方がいいかもな」
「父上が知ってるならどうして僕に――」
ウィリアムの言葉をリュカが遮った。
「言っただろ? 強制して本人に嫌がられて逃げられたらどうするんだよ。罪人じゃないんだ、幽閉ってわけにはいかない。誰でもいいから実力で落とせってことなんだろ」
「だったら僕はもうアウトってことかな? すでに避けられてる。リュカ、お前、がんばってみたらどうだ?」
「僕には――」
リュカがちょっと俯いて言い淀んだ。
「ああ、ファーストキスの相手がいるんだっけ? 誰?」
「そんなの、お前たちに言う必要ない――」
「なんだよ、教えてくれたっていいだろ――」
ナイジェルが食い下がった。
「お前は自分で自分のことをがんばればいいだろ――誰かいないのかよ」
「いたら聞いてない――で、誰なんだよ?」
「それは僕の個人的なことだろ。ウィルは? クレアとキスしたりしてないのか?」
「しないよ――僕たちはそういうんじゃないんだ」
ちょっと困り顔でウィリアムが笑う。
「じゃあ、誰が好みなんだよ――ウィルなら選びたい放題だろ? っていうか、ウィルと重なったら僕たちに勝ち目はないんだから、誰がいいか決まったら早めに教えてくれよ。諦めるから」
悪気のない様子でナイジェルが言うと、リュカが眉を寄せた。
「最初から諦めるつもりでいるから、お前には彼女ができないんだよ」
「なんだよ、リュカ。――お前だって他人事じゃないだろ。ウィルがお前のその子を好きになったらどうするんだよ?」
聞かれたリュカの眉間の溝が深くなった。
「諦めてくれって頼むくらいしかないかな――だけど、ウィルは相手にそのつもりがないのに無理矢理妃にしようとしたりしないだろ。それこそよっぽどの理由がない限り――第一彼女は僕のことが好きなんだから――」
「なんだよ、こんどは惚気か」
ひとしきり小突きあって笑い合う。
「とにかく、エリザベスのことは話を聞いてから、本人の希望を第一に、どうしたらいいか考えよう。僕たちの恩人なんだし」
頷きあって夜の少年たちはそれぞれの部屋に帰った。




