28. それぞれの思惑
「あの人、何を考えてるのかしら? 口説いてるの? それとも本当にブレーンが欲しいの? なんでこんなことをするの? 嫌がっているのがわからないの? っていうか、何も考えてないのよね? そういうキャラなんだわ! きちんと会ってお話なんてしたらどんなフラグが立つかわからないんだから、油断は禁物!」
エリザベスは翌日からさらに目立たないように気をつけながら、毎日を過ごした。
それでもどういう強制力なのか、突然休講になった授業の教室を出た途端に、たまたま教材を取りに行った職員室の帰りに、ベランダに出た時のすぐ真下に、と、神出鬼没の王太子……仲良くなれ、という他者の絶対的な意志を感じる。
三日に一度は何かしら接点がある――屋外実習が二学年合同になったことも、このひと月で三度もあった。
会えば必ず優しく微笑み、元気かと聞いてくる。生徒会への勧誘も交えつつ、近況を確認――三日に一度なんて、当然報告できるような近況など何もないのに。
「特に変わりはありません。ごきげんよう」
俯いたまま目も合わせずにこたえ、さすがにダッシュとはいかないので、精一杯の速さで遠ざかる。長めの空き時間は寮に戻るか、誰も来ないような場所に隠れて静かに本を読んだり、勉強したりして過ごした(なにしろ適性が定まっていないとしてあるから黒魔法の講義は全てに出ている。やることはたくさんあるのだ)。
王太子の姿を見かけたときは最速で最寄りの女子トイレに駆け込み、外でナイトが鳴くまではトイレから出ない。
幸いエリザベスが気をつければいいのは王太子だけで、ナイトと一緒に警戒を怠らずにいればさほど難しくはなかったけれど、そんな生活には大きな弊害があった。
「もう一カ月よ? せっかく乙女ゲーで学院生活体験なのに、イケメン観察もできないし友達も殆どできないって……私、何のためにここにいるんだと思う?」
いつものように部屋で王太子への文句をまき散らした後で、使い魔に問いかけた。
友達になれたのはあの魔術具で『戻された仲間』の女の子たちくらいだ。
「学校生活って、なんかこう、もっと楽しいものじゃないの? ……本当に、あの王子様さえいなかったら」
ぶすっとしたふくれっ面を見上げて、使い魔はなぜか嬉しそうに尻尾を立てた。
~~~~~~
「ねえ、あの子のことは少しそっとしておいたらどうなの?」
放課後の生徒会室で、承認済みの今年度の予算と購入予定品の値段を確認しながらクレア・リーンベルク・トゥルクロウが言った。
銀の髪を綺麗に編みこんで赤い目を細め、注文書に記入する手元に迷いはない。
ウィリアム王太子が備品の在庫をチェックしながら肩を落とす。
ただいまウィリアムは下級生として雑用中。クレアがその監督役だ。
「そう言うけど、クレア。エリザベスだって公爵家の長女だよ?」
「私とは違うけれどね。あの子は私と同じ長女でも、兄弟はいない。跡取りなんでしょうから、仲良くなっておきたいのはわかるわよ。だけどウィル、あなたあきらかに避けられてるわ」
おもしろそうな顔で言う。
ウィリアムはしかめ面を返した。
「……わかってるよ。でもなんでだと思う? 君が脅かしたんじゃないんだろう?」
「バカ言わないでよ。私はあの面談室が初対面。それに私が笑うまで、私がそこにいるってことに気づいてもいなかったじゃないの」
「じゃあなんで僕を避けるんだよ。第一王子なのに。同じように公爵家の娘で年上の君に遠慮したって言うならわかるけど」
納得のいかない様子で紙の詰まった箱を数える。
「私に聞かないでよ。入学式の時のことで話していないことがあるんじゃないの?」
「ないよ。言ったろ? エリザベスが『ゲート』を通ったら、灰色だった髪の毛がああなったんだ。それでムーア先生が名前を呼んで、ウィルベリー公爵家の子だってわかった。で、顔を確認した――あんなにかわいい子だなんて知らなかったし、まじまじと見ちゃったのは悪かったと思ってるけどさ――」
「その確認の仕方がまずかった、のね」
「だって、ずっと下を向いてたから顔が見えなくて――」
それを聞いてクレアがウィリアムを睨む。
「……あの子、男の子が苦手なのかも――だから見られたくなかったんじゃない?」
「なんでさ? 確かに真っ赤になって泣きそうな顔してたけど、それだってどうしてだかわからないよ。ゲートのことだって……エリザベスはあれを通ったら『かわいくなった』んだよ? いずれ誰かと結婚するんだし、相手探しには隠しておく必要なんかないだろ。むしろ求婚者が増えるハズ――」
「それが余計なお世話だったんでしょ? 一晩であんな意見書をまとめちゃうくらい怒ってたってことだろうし――とにかくもう少し学院に慣れるまでほうっておきなさいよ」
ウィリアムの方は納得できずに言葉を重ねた。
「だって気になるじゃないか。公爵家の長女なんだよ? もう一ヶ月が経つのにいつも下ばかり見て、友達も作らずに……せめて生徒会に入ってくれたらって思うんだけどな……」
「これがあなたの気を引く作戦なら、ばっちりなんだけどね――だけど、そうだとしたらもう勧誘に乗ってるハズでしょ。それが相変わらずなんだから、本当に嫌がってるんだと思ったほうがいいわよ。相手は公爵家の令嬢よ? あんまりしつこくすると将来の有能な部下を失うわ」
「有能だと思うなら早いうちの勧誘だろう? それにあんなふうに過ごしていたらせっかくの学院生活も楽しめない。エリザベスの適性、聞いたろ? 白魔法メインで微量の未固定の黒魔法――黒魔法の講義を全部取ってるって聞いた。公爵家から『なんとしても黒魔法を伸ばせ』って圧力をかけられてるんじゃないのかな。まだ一年生なのに」
小さくため息を吐いて、眉を寄せる。
「それだって彼女の事情でしょ? ウィルベリー家は先の戦争で失敗してるし、醜聞もあったから挽回したいのは当然だわ。だけど生徒会については認める。あの子、すごく頭がよさそう。あの書類もだけど、あんな話し方をする一年生……二年生だってリュカくらいよ。ぜひ欲しいわ」
「でもクラスは『リオル』だよ? ジョナサンがクラスでもすごくおとなしくて、殆ど話さないって言ってたし……とにかく僕は、エリザベスにはクラスに馴染んで、学院生活を楽しんで欲しい」
「そのために自分の将来の相手にするつもり? このままつきまとっていたら周りはそういう目で見るわよ」
王太子が返事に詰まる。次に手を伸ばしたのはインクのビンだ。
「……そういうつもりじゃないよ。そういうのは僕の一存では決められないし……」
「でも、嫌じゃないんだ? それはよかったわね」
「なんだよ。クレアだってその方がいいんだろ? この先どんな子が入ってくるとしても――候補は多い方がいい。じゃないとトゥルクロウ公爵がまた……」
「ウチのお父様のことはいいのよ。私の押し付け先を探す必要なんかないのに、しつこいんだから」
「でもクレア、前にも言ったけど君が来てくれるなら僕は構わないよ?」
クレアはおもいきり顔を顰めて王太子を睨みつけた。
「そういうのが嫌だって言ってるのよ。現実は厳しいってわかってるけど、結婚は想い合っている二人がするべきだと思うわ。『構わない』なんて、何様よ? ウィルの立場や責任はわかるけど、人はその後の責任もひっくるめて生きるべきだわ――今のウィルベリー公爵みたいに」
ふう、とそれぞれため息を吐いてままならない人生のことはひとまず脇に置き、二人は備品の確認を続けるのだった。




