29. 合同実習へ
エリザベスの学院生活が始まってもうすぐ三カ月という気持ちのいい夏の日。
「今日の校外実習は一、二学年合同で行う」
女子生徒の嬉しそうな声とは対照に、エリザベスはまたか、とげんなりして窓の外を見た。
一、二学年合同、ということは王太子だけじゃなくてパートリッジ公爵家の長男から三男までのリュカ、ステファン、ディミトリ、それにフォーレイン伯爵家のナイジェルも一緒だ。
もともと同学年のビジョット侯爵家のジョナサン、トゥルクロウ公爵家のニコラス、パートリッジ公爵家四男のアントニー。実に八人もの攻略対象者が揃うのだから、女子生徒たちが浮足立つのもしかたない。
それなのに一人眉を寄せて難しい顔のエリザベス。
そのメンツにもまったく浮ついたところを見せないエリザベスは同学年男子の間でかなり好ましく思われているが、王太子からの度重なるアピールにさえ眉を寄せることから、既に固く心に決めた相手がいるのだろうとも思われていた。
さらに加えて、常に傍らに寄り添っている小柄な金目の黒豹が威嚇してくるせいで男子は殆ど誰も近づけていないのだが、本人はまったく気づいておらず、男子と仲良くなれないのは公爵家の長女という身分と白魔法に未固定の黒魔法付きという魔法特性が邪魔をしているのだとしか思っていなかった。
今もその黒豹を優しく撫でながら、浮かれたところなど全くない顔で――かわいらしい額の下の整った眉をわずかに寄せて唇を尖らせてから――物憂げなため息を吐く横顔に、男子が数名ポーッとなって黒豹に睨まれているのだが、気づく様子はなかった。
「「エリー!」」
学院の裏門近くの広間に集合すると、リリアナとリディアが駆け寄ってきた。
リリアナ・ベルク・ボーンブリッジ――ボーンブリッジ伯爵家の長女で、赤毛に戻された、ちょっと太めの少女。
リディア・ショーン・ハイレリア――ハイレリア侯爵家の長女で髪の毛がアフロみたいになった小柄な少女。
友人二人の笑顔にほっとする。
「エリー、一つのグループに一年生と二年生、三人ずつですって! ねえ、一緒に行きましょ!」
この二人は攻略対象者の未来のお相手候補でもあるから、仲良くなれて嬉しかった。
「二人とも、誘ってくれるのはとても嬉しいし、一緒に行きたいけど……たぶん今回もグループ分けは済んでいるはずよ」
「そうだよ。僕らはウィリアム殿下とその取り巻きのところに入れられる。『将来の幹部、側近候補』なのに『リオル』だし、生徒会に入ってないから――教師たちはできるだけ僕らと彼らとの接点を増やして、責任感と自覚を持たせて勉学に励ませようとしてる――君が入っているかどうかは微妙ってとこかな、リディア」
会話に入って来たのはジョナサンだ。肩には小さな白いフクロウを乗せている。
ジョナサンはナイトに威嚇されない数少ない一人だ――攻略対象者であり、地位もあって将来国政に係わる人物なので、エリザベスの未来の相手にはならない。
エリザベスが探しているのは追放された場合でも自分を受け入れてくれる可能性の高い、身分の『低い』相手だから。
けれど周りからはそっくりそのままの理由で、エリザベスの未来の相手として許可できる人間だとナイトに認められている、と思われて――つまり、それだけのスペックがないと認められないのだと――ますます男子たちがしり込みをする理由になっていた。
「あら、随分ね、ジョナサン。あなただって侯爵家だもの、私と同じでしょ」
リディアが元気よく言い返す。
「僕は嫡子だし、君には対抗馬のリリアナがいるからね」
「でも、リリアナは『ライオル』だし、先月生徒会に入ったもの」
リリアナがにっこり笑って頷いた。
「さすが――どんどん周りを固めてるな。それなら、今日は君が一緒になるんだろうね」
入学してもうすぐ三月。夏季休暇も近い――王太子の周りには着実に人が集まっていて、シナリオ通りの方向で動いている――生徒会には王太子の側近候補、つまりゲームの攻略対象者と未来のそのお相手が集結している。
エリザベスはナイト以外には話していないけれど、リディアはナイジェルの、リリアナはアントニーのお相手で、ジョナサンもリディアも何度か生徒会に誘われている。
「ジョナサン、あなたも誘われてるんでしょ? なんで生徒会に入らないの?」
リディアが首をかしげた。
「それはリディアだってそうだろ?」
「わたしはエリーが入ったら入る。でも、入る必要性を感じないの。興味もないし。あなたはどうなの? この質問、私が先に聞いたのよ、答えて?」
今日もきつく編み込んだ髪を後頭部でまとめたヘアスタイルのリディアが腰に両手を当てて質問した。本人は強い口調で言っているのだが、小柄な上に笑顔なので全く偉そうには見えない。
「僕はもう少し学院に慣れてから考えるよ。成績も上げないといけないし。エリザベスは? 僕らと違って公爵家の長女だし、一時期は随分熱心に誘われていたじゃないか」
「私は入らないわ。少なくとも魔法の適性が固定するまでは忙しいし」
エリザベスが答えると三人が気の毒そうな顔になった。
エリザベスが、使えるようになる可能性は限りなく『低い』のに全ての黒魔法の講義に出ているせいだ。
実際は大いに役立っている――入学した時よりも安定性が増してきた。
「ウィリアム殿下は今日も誘うつもりかしら」
リリアナが眉を寄せた。
「そりゃ誘うだろ、だけどエリザベスは理由付きで断ったんだから、前ほど熱心ではないさ」
そう、会えばキラキラスマイルで話しかけられはするものの、王太子からの花やお菓子やカードは一様に控えめになって、入学したころのように寮の部屋に飛び込んで壁に額を打ち付けたくなるようなことも若干減った――クレア嬢のおかげで。
それを教えてくれたのはリリアナだ。
クレアは嫌がっている相手を追いかけても無駄だと王太子に忠告してくれたらしい。
どうしてあんなに熱心に誘われるのか、シナリオの強制力なのかそれとも王太子の頭は本当に空っぽなのかまったくわからずに頭を抱えていたエリザベスを見て、『戻された仲間』の一人であるリリアナが「戦力として入って欲しいのか、将来の相手として入って欲しいのかが知りたいなら、私が生徒会に入って確認してあげる」と自ら申し出てくれたのだ。
生徒会に入ったらリリアナの負担が増えるのでそれは申し訳ないと断ったのだが、リリアナは首を振った。
「もともと二年生になったら入るつもりでいたから構わないわ。エリーには恩があるし」
そう言った後でちょっと頬を染めた。
「それに、アントニーに誘われたの」
あの時魔術具によって髪色を戻されたことは今も腹立ち案件のようだけれど、リリアナはあの事件の後で同じクラスのアントニーに「僕は今の色の方がステキだと思うよ。瞳の色にも合っているしすごく綺麗だ」と(さすがの口のうまさだ)褒められてちょっと恋心になっていた。ぽっちゃり体型を理想に近づけるべくダイエットも始めたらしい。
王太子攻略Ver.ではリリアナはアントニーとくっつくのだから、思う存分仲良くなって欲しいと思う。
エリザベスは、キャサリンが入学してきた時にアントニーを狙いませんように、と感謝の気持ちを込めて祈った。
あっという間にクレアと仲良くなったらしいリリアナはいろいろ教えてくれた。
王太子がいつも一人ぼっちで俯いてばかりいるエリザベスをとても『心配』していること、『公爵家の跡取り』は『側近候補』であるし、生徒会に欲しいのは本当で、将来の結婚相手として考えているかどうかについては『希望』はあるようだ、としかわからなかったけれど、どうしても、とは思っていないらしい。
エリザベスは『公爵家の跡取り』ではないし『側近候補』にも『婚約者候補』にもなるつもりはないけれど、王太子が積極的にエリザベスに関わろうとする理由がそこならやりようはある。
エリザベスはさっそく、同じクラスで『戻された仲間』でもあるリディアと攻略対象者の一人であるジョナサンと一緒に過ごす時間を増やすことにした。
ジョナサンは他の男子たちのようにエリザベスに対して気後れしないようだったし穏やかで話しやすい。それにジョナサンの相手は将来キャサリンの好感度次第で決まるから、今現在は相手女子のことを気にしなくていい。
学年全体で行動するときはリリアナや他の女子とも積極的に関わるようにした。
そのせいで勉強時間が減ってますます授業に集中しなければならなくなったけれど、そうやって人間関係の輪が広がったら、確かに王太子の勧誘なのか求愛なのかわからないような接触が少し穏やかになった。
「友人を待たせてしまうので、失礼します」
エリザベスが会話を打ち切ろうとすると、
「それは失礼したね。早く行くといい」
とにこやかに会話を打ち切ってくれることもある。
ただし弊害もあった――。
「たまには僕の方を優先してくれると嬉しいな」
そんな台詞とともに、寂しそうな笑顔が追加されたのだ。
油断は大敵。
そのあたりのさじ加減は絶妙で、ついもう少し優しくした方がいいのではないか、などと思ってしまうこともある――そういう時は寮の部屋に飛び込んで壁に額をぶつけるか、ナイトを相手に愚痴をばらまくかだ。
とにかく、リリアナのおかげで生徒会に誘われたのにはちゃんとした理由があることもわかった。だから「魔法適性が固定するまでは勉強に集中したいから生徒会には入らない」というもっともらしい理由も考え出した。
後は本人との接触だけを避ければばっちり――なのだけれど、こういう避けられないイベントが起きてしまうのは、国の将来を踏まえた教師たちの策謀というよりはやはりシナリオの強制力なのだろうか。
そして甘い言葉と甘い笑みに寂しそうな笑みまで加わった王太子の攻撃力は落ちたわけではない。
きっと今日は帰ったら壁に向かうことになる――エリザベスはこっそりため息を吐いた。
「せっかくかわいい顔に生まれたのに、相手をするのは壁ばっかりね――」
「みゃ~」
呟きを聞きつけて使い魔が鳴く。
「そうね。あなたがいたわ。ナイトがいなかったらあの壁今頃ボロボロになってる。私の額も。間違いなくあなたは救世主よ」




