27. 理想の婚約者
トリスタンはおまけポジで、五人兄弟の内でも魔力がダントツで、辺境の護り手である、という設定だった。
ヒロインがトリスタンを攻略する場合は逆ハー的な見返りが低い上に難度が無茶苦茶高い。
攻略者全員の求婚を断って(つまりそこまで全員を平均的に攻略しないといけない上にそこまでがんばって全員お断りするという鬼設定)、プロポーズだってヒロイン側からする。
住まいは身分など何の役に立つのかというような辺境。
ただし(・・・)トリスタンは魔物や外国の侵略を防ぐための砦となる冒険者的存在なので、攻略するとたくさんのミニゲームができるのだ。
一緒に魔物を討伐したり、外国の攻撃を防いだりというミニゲームで勝利すると、特別なショートムービーを見られたり、プレゼントに応募できたりするっていう特典があった。
単なる特典ゲットのためにはもっと簡単な方法もあったけれど。
ヒロインに攻略されない場合、通常ならトリスタンは防御の要として一人で男爵家の領地でおとなしく過ごしてくれるのだが、分岐によっては魔王(!)に成長して国を捨てる。
そうなるとヒロインや王国の中枢に残された人たちが自分たちで魔物や外国の軍に対応しなければなくなる。そして勝利するとショートムービーやプレゼント応募という特典につながるのだ。
トリスタンをまともに攻略した場合にしか現れないミニゲームがあり、全てのミニゲームに勝利すると見られる特別なエンディングがあるという話ではあったけれど、いまのところそれらを見た記憶はよみがえっていない。何度か挑戦した記憶はあるのだが……たぶん挫折したんだと思う。
そもそも記憶での自分があのゲームをプレイしていた目的はミニゲームじゃなくて、スッキリしたい&ひたすら甘やかされたいだけだった。挫折したというよりは自分で諦めたのかもしれない。
また一つ息を吐く。
「でもほんと、観察するっていう意味では、パートリッジ公爵家の五人兄弟にトリスタンがいないのが残念だわ……どうせ見るだけなんだし、揃っているところが見たかったな~」
ゲームでは歌って踊れる五人組的なセットでパートリッジ公爵家の男の子たちのことを見ていただけに、末っ子がいないというのは寂しい。
慰めるように擦り寄ってきたナイトを撫でる。
「そうよね、あの子たちは誰も私の相手じゃないわ。どうせ相手にしてもらえないなら、そんな遠い存在は見るだけ無駄よね。それにスターは遠くにあってこそ眩しく美しいモノよ。
うん。今はたとえ追放されたとしても、それでも私がいいって言ってくれるような、身分や財産目当てじゃない男の子を探さないと……でもそれって、平民から探した方が早いような気がするんだけどなぁ」
エリザベスが呟く。
五年の間にしっかり理想は低くなっており、追放されるという大前提のせいで、周りから見れば自分こそが高嶺の花であることがうまくわかっていない。
「うん。将来の旦那様に苦労させないように、しっかり勉強して、手に職(魔法)を!」
ぐっと握った拳を突き出す。
「みゃ~」
その拳にナイトが前足を乗せる。
「うんうん。きっと追放されてもナイトは一緒に来てくれるわよね。でもね、追放されたら今みたいな贅沢はできないのよ。食べる物にも困るかも……お祖父様にお願いして、パートリッジ公爵家で飼ってもらうことだってできるんだからね?」
ぶんぶん、と首を横に振って否定の意を表す使い魔は――かわいい。
「も~! 私だってナイトを手放したりしたくないのよ? でも、そういうのもできる、って話。でもまずは王太子の婚約者にならない方法よ。そして未来の旦那様探し。使い魔も一緒でいいって言ってくれるような……いや、使い魔の主人としてそこは私が言わせないとね。とにかく、できることからがんばるわ!」
おとなしくしていれば儚い感じの美人である公爵家の長女は、けっこう逞しい感じで成長していた。
「まずは、あのにっくき魔術具の使用方法について、教師に抗議することね。そこだけは譲らないわよっ!」
昨日同様、ゲームの強制力と万能の王子様設定に対する一通りの文句を言い終えてから頭を切り替えて、勢いに任せて抗議文を書き上げ、改善点も挙げた。
『男女別室での使用とし、それが不可能な場合は可能になるまで強要しない』という内容の文章を作成する。
文章の下に堂々とサインをして、翌日からその意見に賛同する生徒たちにもサインをしてもらうと、あっという間に一年生女子ほぼ全員のサインが集まった。
金色の髪の毛が茶色に戻った子(また綺麗な金色になっていた)や、アフロのようになった子(こちらはきつく編みこんでいた)、そばかす顔を隠すように走り去った子など、あれで変化があった子たちは(朝がんばって巻いた髪の毛がストレートになっただけの子も)一様に憤慨していて、大賛成してくれた。
男子も半数以上が賛同してくれた――のは、単に女子の皆さんの目が怖かっただけかもしれないけど。
翌日には話を聞きつけた上級生女子もサインすると言ってわざわざ教室まで来てくれたりして、三日目には、学院の女子ほぼ全員(と一部男子)のサイン付きの抗議文が職員室に届けられた。
さらにその二日後には姿を戻す魔術具の学院内での使用について、今後は男女別とする旨が記載された書類が掲示板に張り出され、女子生徒たちは喜び――エリザベスは、放課後面談室に来るようにと教員の呼び出しを受けた。
「失礼します。エリザベス・ローレン・ウィルベリー、入室します」
ノックの後にそれだけ言って、ドアを開け――開けたとたんに回れ右をして帰りたくなったが、どうにか踏みとどまって顔を伏せた。
面談室にいたのは教師だけではなかったから。
王太子を含む上級生――しかもみんな賢そう――が数名いて、なにやら期待のこもった目をしてエリザベスを見ていた。
しまった――勢いに任せてやりすぎたみたい。
一緒に入室したナイトがすっとエリザベスの前に出ようとしたので急いで抱きあげた。この前のように飛びかからせるわけにはいかない。
「本日はどのようなご用件でしょうか。抗議を撤回せよということでしたら――」
まっぴらごめんですけど。
そう続ける前に教師が口を開いた。笑顔で。
「いや、そういうことではないよ。この学院は生徒に言論の自由を保障している――それが他人を害するものでない限り。それに君の訴えは認められ、既に改善された」
「それならどうして――」
「君の抗議文と改善提案書が、とても見事だったものでね」
教師はそこまで言って続きは任せた。
王太子が口を開く。
「エリザベス・ローレン・ウィルベリー嬢、生徒会に入ってくれないか」
げ、だ。
『生徒会』
それは学院の行事運営に生徒側から関わるための組織だ。
トップの在り方支え方を学ぶ場所として最適で、将来王太子を支える人材になるような生徒ばかりが集まっている。そして、記憶によればそのメンバーは攻略対象者たちの集団だ。
現にここにはナイジェルにリュカにステファンの三名がいるし、そう思って見てみれば教師は生徒会顧問のキャメロン(攻略はできないけれどこれもイケメンだし、仲良くなると試験の対策方法などを教えてくれる)。
生徒会室の記憶は『ヒロインがちやほやされるための部屋』だ――誰がそんなところに入りたいなどと思うか。
「お断りします」
即断した。
上級生たちから小さく驚きの声が上がったけれど、嫌な物は嫌だ。王子に誘われておいて一顧だにしないなどというのは失礼なのだろうが構わない。
「他に用がないのであれば失礼します」
ナイトを抱えたまま一歩後ろに下がったら、部屋の奥で誰かが吹き出した。
女の子だ。
男子ばかりだと思ったら、違ったらしい。
王太子が眉を寄せて振り向いた。
「クレア。笑うなよ」
それでわかった。クレア・リーンベルク・トゥルクロウ。法務部トゥルクロウ公爵家の長女。銀の髪に赤い瞳。三学年上の迫力のあるお姉様……じゃない!?
けらけらと笑う様子には圧迫感などかけらもない。赤い瞳も楽しそうだ。
「差し支えなければ、理由が聞きたいわ。気持ちいいくらいの即断で笑っちゃったけど」
声にも、ゲームの記憶にあるような低音がない。
本当にこの人だよね? そう思いながらエリザベスは答えた。
「あ……の、のんびり穏やかに過ごすため、です」
「へえ? 確かにそういう生き方は楽でいいかもしれないけれど、あなたも公爵家の長女でしょう? 上に立つ者としてはそんなことは言っていられないって知っているでしょう。私たちには責任があるのよ」
ちょっとだけ偉そうな言い方だった。
だけど威圧的ではない。
「現時点ではありません。私は新入生です。運営は新人の仕事ではありません」
「……一年生のうちから上を見て学ぶのはいいことよ?」
「他の選択肢を知らないうちに一つに絞るのは賢い選択ではありません。時期尚早です」
エリザベスがこの場を選ぶことはないけれど、彼らがエリザベスを勧誘するのだって早すぎる。
「あら」
クレアが口を閉じると面談室内に沈黙が広がった。
今がチャンス。
「他に用がないのであれば失礼します」
もう一度そう言って、今度は背後の扉をすり抜けた。
呼び止める声が聞こえたような気もしたけれど、その声にかぶさるようにクレアの笑い声が響いたので、聞こえなかったことにして、精一杯の速度で逃げたエリザベスだった。
が、その日の夕方、寮にマーガレットの花束が届いた。
かわいらしいカード付き。
『今日は突然ごめん。君のことが知りたいんだ。話をしよう。また会いに行くよ。W』
エリザベスは耐えきれず壁に額を連打して――その日もナイトに止められたのだった。




