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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第二章 入学
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26. 乙女ゲーの裏側

 ジョナサンは濃い金髪と紺の瞳で、ゲームの記憶の通りの物静かな子のようだった。

 教室でその後頭部を見ていたら、さらに思い出した――というか、学院に入学して本人たちを見たせいで思い出しやすくなったのだと思う。


 ジョナサンには二学年上に顔だけはよく似ているけれどしっかり者で気の強い姉がいた。名前はナタリア。

 ナタリアはゲームではパートリッジ公爵家の長男リュカか次男ステファンの婚約者に、とされていた子だ。ヒロインの登場と彼女が選ぶ攻略対象者が誰かによってどちらかの相手と決まるものの、根強い嫉妬に悩まされていた。


 それでも、彼女はキャサリンへのいじめには加担しなかった。

 嫉妬の気持ちに負けず、いつも姿勢を正して自分を律していた。だからこそ最後まで排除されずに残り、ゲームのエンドでは夫となる相手と二人、ヒロインの結婚式にも笑顔で参加していた。

 流されずに自分を保つ。それってすごいことだと思う。

 隣に座った男の子と楽しそうに話しているジョナサンを見ながらエリザベスはため息を吐いた。


 よくよく考えてみると、乙女ゲーの攻略対象者たちのお相手って……ものすごく悲惨な立場だ。

 あのゲーム、ヒロインがリュカかステファンのどちらかを選んで攻略した場合、ナタリアとヒロインは義姉妹になってどちらも公爵家で暮らすことになるのだが、それはつまり、ナタリアは事あるごとに自分よりも他の女性を優先する夫を持つことになるってことだ……しかも住まいは同じ敷地内。


 ナタリアからしたら最悪だと思う。


 ヒロインが王太子の相手に決まった場合、ナタリアはリュカの相手となって公爵家に嫁入りするが、やはり、なにかある度に自分よりもヒロインを優先する夫を持つことになる……ヒロインとの敷地内同居よりはマシとはいえ、王城は公爵家の屋敷から目と鼻の先だ。

 彼女の嫉妬心に安らぎが訪れることは……追放後のことだからわからないけれど、はたしてあったのだろうか。


 お昼休み、そんなわけでちょっと遠い目になっていたところに――学年が違うのにわざわざ――王太子が会いに来た。

 呆然としているうちに手渡されたかわいらしい小箱の中身はチョコレートだという。公爵家でもめったに見かけない高級菓子だ。


「頭痛はよくなった? 何か困ったことがあったら力になるよ」


 笑顔付きの優しい言葉。

 しかも今回は一学年上の他の攻略対象者三名が一緒というおまけ付き。


 同じ学年の女子たちは年上のイケメンたちの訪問に浮足立った。けれど全員が浮いた分に輪をかけて、エリザベスの心は逆方向にズブズブと沈む。


 こんな物はもらえない、と断ろうとしたら「これはお見舞いだから」と、返却させてもらえなかった。


 二日目だというのにそんな攻撃をしかけられるとは思っていなかった。

 ゲームの強制力と万能の王子様設定が恨めしい。

 ついでに言えば、一緒にやって来るイケメンたちを観察できないのも恨めしい――王子様の対応で精一杯だから、誰を観察する余裕もない。

 羨ましそうな同級生の視線は鬱陶しい。


 その夜エリザベスは、王太子にもらったチョコレートを机の引き出し奥深くに封印した。食べるわけにも捨てるわけにもいかない――迷惑な。


 それから、ナタリアのことで思い出した、ヒロインが王妃になった場合のメイン攻略対象者たちとそのお相手(ほぼ決まり)を一覧に書き出した。




「私、なんて酷いことを……」


 一通り書き出すと呟いてペンを止めた。

 芋づる式に甦る記憶を書き留めて、書き留めて――書き留めたせいで初めて気がついたことがある。


 それはヒロインとしてゲームをプレイした自分がどんなに酷いことをしていたのか。


 十人の男の子たちを好き勝手に攻略する裏側に何があるのか、プレイしているときはそんなことは一切気にとめず、優しい言葉や笑顔に癒されていた。


 だけど。

 男の子が十人いれば、通常なら女の子も十人。


 いや、わかっている。そこで女の子が十人いたら、成り立たない。それが乙女ゲーというものだ。

ため息を吐いてそこに書かれた文字を見つめる。


 王太子をメイン攻略者としてプレイした時の結末(エンディング)。


 王太子ウィリアム ―― ウィルベリー公爵家三女キャサリン

 その弟ロドリック ―― トゥルクロウ公爵家次女ダイアナ

 フォーレイン伯爵家ナイジェル ―― ハイレリア侯爵家長女リディア

 ビジョット侯爵家ジョナサン ―― 未定

 トゥルクロウ公爵家ニコラス ―― 王女ローゼマリー

 パートリッジ公爵家リュカ ―― ビジョット侯爵家長女ナタリア

 ステファン ―― ボルドウィン公爵家長女ジュリアもしくは次女ロクサーヌ

 ディミトリ ―― サマセット公爵家長女ミモレット

 アントニー ―― ボーンブリッジ伯爵家長女リリアナ

 トリスタン ―― 未定


 こうしてみれば殆どの男の子に相手役はいるが、全員がヒロインであるキャサリンに恋慕を抱き、憧れ、崇拝し、その将来を支えてくれることになっていた。

 それが相手役にとってどれだけ酷な設定なのか――そんなことを考えたことはプレイ中一度もなかった。


 攻略中はなかなか靡いてくれない対象者に対して、一途で素敵♡ なんて考えたりして、振り向かせることに夢中になった。ついに手に入れて、笑顔を向けられた時のメロメロの達成感が最高♡ なんて思っていた。

 ……だけどこうやって外側から見る立場になって初めて思う。


「……本当にごめんなさい」


 土下座しても足りない。

 あのゲーム、ヒロイン以外のゲーム内女子にとってはホント地獄だ。だからこそハマったんだけど。


 またため息を吐くと、ナイトが左手にすりよってきた。


「ジョナサンのところが未定なのは、王太子ルートの進み方次第で王太子のお相手候補として考えられていた令嬢たちの誰かが収まることになる可能性があるからなのよ……誰になるかはヒロインの好感度次第。

 ステファンのところも、ナタリアが入る可能性があるの。だけど、ヒロインが長男のリュカをどの程度攻略するかどうかによって変わる。場合によってはボルドウィン家の娘二人は出番さえないのよ」


 机の上に乗ってのぞき込んでいる黒豹に説明する。


 そういうものだとわかってはいてもヒロイン次第で変わる女の子たちの将来は……キツイ。

 しかも、書き出しているうちに思い出したのは、攻略の仕方によっては一人『お取り置き』ができたこと――。


「『悲恋バージョン』って言われていんだけどね、そのストーリーは、通常よりもちょっと攻略が難しいの。

 だけど、王太子に強く望まれたヒロインと攻略対象者一人の叶わぬ恋が体験できたのよ。『本当は王太子様ではなくてあなたが好きなの! でも、姉を追放してまで自分を望んでくれた王太子の申し出を退けることなんてできない』ってヒロインが涙ながらに訴えると、その訴えられた相手が、『それでもかまわない。私の愛する人は生涯貴女だけだ!』みたいな感じになって、独身のままヒロインを愛し続けるのよ。王太子妃になったヒロインを、よ?

 すごく切ない展開なの……楽しめたわ。ゲームなら、とっても。

 その場合の相手の子はね、私と一緒に追放されたり、うまい具合に病気になったりして舞台から退場するの。つまり、女の子たちだけじゃなくて、お取り置きされた対象者も幸せになれない……すこし悲しそうに、情熱を込めた目でじっと見つめるのよ……はあ」


 つい切ない感じでため息を吐いてしまった。

 ぶんぶんと首を振る。


「それってちっともハッピーエンドじゃないわよね。鬼畜よ!」


 ヒロインの行動次第で人生丸々変わってしまう子たち。

 あのゲームを散々プレイしておいて今さらだけれど、酷すぎる。


「あれを楽しんでいたなんて、私なんて追放されて当然だわ……幸せになる権利なんてないのよ」


 涙を拭くヒロイン経験済みの自称悪役令嬢――ちなみに今のところは全くその役どころを果たしていないエリザベスなのだけれど。

 ナイトが慰めるように擦り寄って、エリザベスの書いた紙を見つめた。


「みゃ~」


 可愛らしく鳴いて尻尾で示すのは一番最後だ。


「トリスタンのところ?」


 頷く黒豹に説明する。


「トリスタンのところは攻略方法が他と違うの。

 トリスタンは将来の身分が男爵位で他のみんなより低いし、他のみんなみたいにプレゼントとかをくれたりしない……優しくないってわけじゃないのよ? だけど恋愛要素より遊び要素が強くて……おまけって感じ。

 でも、あの子がいなくてよかった。少なくともトリスタンのことは心配しなくて済むもの。

 お祖父様が元気だから心配いらないって言ってたし、出て来る必要がないなら、ホント、学院生活が終わるまでうまく隠れていてくれるといいんだけど……ヒロインがトリスタンを攻略しようとしたりしたら、最悪よ」


 エリザベスは天井を見上げてため息を吐いた。


「みゃ~」


 尻尾を揺らす使い魔はなんだか不満顔だ。

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