25. 適性検査
「わっ!?」
エリザベスがつかまれた手を振り払おうとするよりも早く、顎から手が離れ、王子様がよろけた。
フゥウウ~!
背中の毛を逆立てた使い魔が、エリザベスと王子様の間に入って唸っていた。
「ナイト!」
自分の身を案じた使い魔が王太子を突き飛ばしたのだと気がついて、その黒い身体に駆け寄って抱きあげる。
「あの、ごめんなさい!」
それだけ言って頭を下げ、ホールから走り出た。向かうのは寮の自室。
それが始まりだった。
「乙女ゲーの攻略対象者の相手なんて、最悪よ!」
「なんなの、あれ、なんであんなことするの? っていうか、あれでドキドキしない女子、いないでしょ? 反則よっ!」
一体何のための暴露だったのかもわからないままにその日はそのまま施設説明の後解散となった。けれどエリザベスは、頭痛がすると言い訳をして施設説明には参加せず、寮からも出ず、部屋で王太子の存在に対する文句をまき散らした。
わかっている。ただでさえ公爵家の娘は王家の嫁候補だ。そして今は三学年上に法務部統括のトゥルクロウ家長女がいるだけだ。……例の、王太子が『苦手』だと言っていた赤い瞳の迫力のあるお嬢様。
一学年下に入って来るアリアンヌ、キャサリン、ボルドウィン公爵家のお嬢様もまだ入学して来ないし、サマセット家のお嬢様は更にその二つ下――エリザベスに興味が湧くのはある意味しかたない、とわかっては、いる。
だけど。
入学まで、ニアミスもあったけれどどうにか避け続け、一度も会わずに済ませた相手なのに、初日からそんなハイレベルでハイクオリティな攻撃をしかけられるとは思っていなかった。
整った容姿と身分、ゲームのストーリーの強制力が恨めしい。
万能の王子様設定も恨めしい。
なにより、全てがまやかしだと思い出させてくれるナイトの冷静な金の目がなかったら断罪追放の未来にまっしぐら――落ちて行く自分が見えるようで恐ろしかった。
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「まったく、人騒がせなトリスタンのせいだわ。うまくいったら数カ月は――いえ、もっと長く隠れていられたかもしれないのに」
学院生活二日目の夜、自分の部屋に戻って机の前の椅子に座ったエリザベスの声は尖っていた。イラついた声にナイトが身体を竦ませる。
「行方不明だっていうのに、入学式になんか出たりするのがいけないのよ。しかも本人はちゃっかり逃げちゃってるし――」
なんとなく項垂れているように見えるナイトを膝に乗せ、声とは違って優しく撫でながらもう一度ため息。
当人が膝の上にいるとは思いもしない。
「いいえ、そんなことを言ったらダメよね。トリスタンだってきっと大変なんだもの。みんなの中に混ざって入学式に出てみるくらい、許されるべきだわ」
……昨日の外見詐欺解除事件の顛末が判明したことによる文句と反省だ。
ことの始まりは、セレモニーホールに入った参加者の名前が自動記入される新入生名簿の中に『トリスタン・トルクアルタ・パートリッジ』の名前があることに教師が気づいたことだった。
もう五年も行方不明中のパートリッジ公爵家の末っ子の名前が。
保護者は全員帰宅済み、全職員が顔見知り、とくれば、新入生の中に『姿かたちを偽った』トリスタンが混ざっていると考えるのは、魔法の存在するこの世界では当然のこと。
その結果、全員があの門をくぐらせられたのだ。
黒髪金目のトリスタンは――結局いなかったけれど。
その後呼び戻されたパートリッジ公爵家のローランド伯父と祖父アーノルドは、「念のため入学の手続きはしたが、本人の居場所は依然不明。入学式に参加する予定はなかった」と語り、結局「保護者たちの中に紛れ込んで一緒に入り、様子だけ見て帰ったのではないか」ということになった。
何ともお騒がせな出来事だった。
「――そうよ。許されないのは、トリスタンじゃなくてあの魔術具――の『使い方』よ。男子の前で女子のメイクを剥ぐなんて、言語道断っ!!」
アフロになった子のことは敢えて口にはせず、しゅっ、と握った右手を突き出すと、その拳の先三十センチほどの空間にひらひらと粉雪が舞った。
「あ……やっちゃった。ダメね、部屋だからってつい気が緩んじゃった。雪……氷は水魔法と風魔法の融合、だったわよね」
エリザベスの(偽)魔法適性は九割が白魔法で残りが黒魔法(扱える魔法については未固定)ということになっている。
適性が定まっていない、というのは二年後に専攻が別れる時までの策。
実際は……祖父といろいろ試してみたところ、祖父と同じく全属性の魔法が使えた。ただし白魔法以外はどの魔法も効きがいい加減で、使えたり使えなかったりする。
魔法は感情が入ると発動しやすいようで、今の粉雪は魔術具使用についての怒りのせいで発生したらしい。
「魔力量に対して発動力が弱い……やはり本当の適性は『聖魔法』ということなのかもしれんのう……だが、発動する条件もはっきりとはわからんし……」
祖父と相談して、提出する(偽)書類には、珍しい白魔法と黒魔法の常駐だが、黒魔法に相性が悪く、適性が白魔法に偏り過ぎているため魔法の練習は白魔法中心とし、黒魔法については全ての講義を受けながら、適性が伸びたものがあれば追加で学ぶ、という但し書き付きをつけてもらった。
『聖魔法』という、不思議な分野の基礎になるかもしれないから、と、祖父に勧められた学び方だが、実際は全黒魔法に適性のあるトリスタンのためでもある。
というか、むしろそちらが本当のところなのだが、エリザベスは知らない。
学校では各自の特性に合った学び方が必要だ――たとえば白魔法しかできない子に黒魔法は必要ない。黒魔法の中でも一切適性がない魔法は学んでも使えるようにはならないし、たとえ複数の適性があっても魔力値が低ければ練習する魔力が足りなくなる。だからそういった場合はまず適性の高い魔法から選び、成長して魔力的余裕ができてから追加で学ぶなど、カリキュラムがそれぞれ違ってくる。
適性検査と魔力起こしは、入学二日目であるその日の午前中に全員を対象として行われた。
検査では、喜びの声をあげる子もいれば、なんとなく肩を落とす子もいた――適性の数が少なかったか魔力値が低かったかだろう。
エリザベスは魔力も起こし済みという(偽)書類を提出済みなのだからチェック自体やる必要はないのだけれど、念のために検査器具をごまかせるように練習もしてきた。
そんなエリザベスもやはり緊張はした。
ただでさえ白魔法と微弱な黒魔法の常駐――誰かが婚約者に欲しがる理由には十分だし、既に王太子には目をつけられている状態だ。
というか、どう考えても本当にそのためにあるようなスペックだし。
エリザベスは一番最後になるまで静かに席で待っていて、無事検査なしで通過した。
「記載内容に全て間違いなく、検査の必要はない」という祖父のサインは実質『検査はするな』という命令書に等しく、検査に来ていた年配の落ちついた係員は、全て記入済みの書類と祖父のサインを見るとちょっと残念そうな目をして頷いて「入学おめでとう。励みなされ」とだけ言ってエリザベスを先へ進ませてくれた。
そのまま白魔法を学ぶ生徒の教室に行ったら、そこにいた生徒は五人に満たなかったし、白魔法と黒魔法の両方を扱う子はエリザベスの他には一人だけだった。
その男の子の適性は黒魔法メインで白魔法はそうでもなかったらしく、戦闘に連れて行って攻撃と回復役を兼ねるというわけにはいかないようだった。それでも、白黒両方の特性のある魔術具の作成や錬金術(戦闘中に敵に嘘の伝令を伝えつつ味方には本来の命令を伝える魔術具や、病原菌を退治しつつ身体を癒す薬の錬成など)の分野ではとても重宝するため、がんばって伸ばせ、と教師に期待されて励まされていた。
エリザベスの方も定着していない黒魔法を伸ばすように言われるのかと思ったら、祖父が書いてくれた黒魔法に『相性が悪い』というのは『ほぼ使用不可』に近い意味だったらしく、残念な感じの目で見られた……。さっきの係員の視線と同じような。
そんなわけで、エリザベスは黒魔法はほぼ使えないことになっている。
そのままカリキュラムを組む際の説明が行われた。白魔法を扱う生徒は白魔法を伸ばすことが第一なので黒魔法の授業を追加するときは白魔法の講義や実技を避けて加えること、それから、すでに専門分野に分かれているようなものなのだが、医療系に進むか錬金術系に進むか魔道具系に進むかなどは早いうちから考えておくように、と言われた。
その後に行われたのが学力検査だった。検査終了後、採点の魔術によって即時にクラス分けが終了した。
こちらもしっかり手抜きをした結果、エリザベスが入ったクラスは『リオル』――『どちらかといえばできる子』のクラスだった。
同学年にいる攻略対象者のうちの二人――法務部統括トゥルクロウ公爵家の長男で濃茶の瞳と同色の長い髪、眼鏡をかけて落ちついた雰囲気のニコラスと、パートリッジ公爵家四男で乙女ゲー登場人物のお約束といってもいい、笑顔の素敵な金髪碧眼のアントニーは予想通り『すごくできる子』のクラス――『ライオル』になった。 流石公爵家の子たちだ。
同じクラスにはビジョット侯爵家の長男ジョナサンがいた――彼も攻略対象者なのだから『ライオル』だろうと思っていたエリザベスは驚いたけれど、ジョナサンは楽しそうな顔をして教室の前の方に座っていた。




