第9話「祝祭の太陽と跳ねるビート」
遊園地都市『ドリーム・ランド』の夜は、眠りを知らない。
天空を覆う全天候型ドームの天井には、休む間もなくホログラムの花火が咲いては散り、頭上を掠めるコースターの軌条からは、燐光の尾が火の粉のように降り注いでいた。
常時稼働する巨大フェスの中央広場。そのメガステージの床板は、数万人の観客が踏み鳴らすステップと歓声の重低音によって、足の裏から骨の髄までビリビリと痺れるほど震えていた。
「――っ、はぁああああああああああああああッ!」
ステージ中央でマイクを握る詩音の絶唱が、ドームに充満する轟音の膜を一直線に切り裂いていく。
どこまでも澄み渡り、触れるものを寄せ付けないほど神聖なハイトーン。その圧倒的な声の余白を縫うようにして、足元のエフェクターを蹴りつけた澪音が、凶暴なグリッチノイズと変拍子の奔流をステージへ叩き落とした。
「もっと跳んで! 捕まえてごらん!」
ネコ耳フードの裾を翻し、剥き出しにした八重歯で笑う澪音。
その気まぐれで危険なノイズを、すぐ背後から流音のレーザーバイオリンが猛烈なドライブ感で追い立て、ねじ伏せ、ひとつのビートへと強引に束ね上げていく。
深音のチェロ型シンセが深海のような重低音で底を支え、久音のサイバー三味線が鮮やかな輪郭を刻み、宙に浮かぶ透音のフルートが星屑のような倍音を降らせる。
異なる出自の音がぶつかり合い、摩擦熱を上げて膨れ上がる巨大なグルーヴが、客席の熱狂を際限なく煽り立てていた。
――その最前列、手すりに胸を押し付けるようにしてステージを見つめる少女がいた。
ネオンオレンジの短い髪に、光沢のあるシャイニーイエローのジャケット。
両手には使い込まれて塗装の剥げたスティックを握りしめ、琥珀色の瞳を限界まで見開いている。
どくん、と胸の奥が跳ねた。
息が詰まるほどの衝撃だった。
ネコ耳の少女が放つ不規則な変拍子も、それを強引にねじ伏せるバイオリンの推進力も、すべてを天上から包み込む歌姫の声も――浴びせられる音のすべてが、全身の血液を一瞬で沸騰させていく。
(あんなの……あんな音、ズルいじゃん……っ!)
握りしめたスティックが、無意識のうちに鉄パイプの手すりをタタタンッ、と叩いていた。
跳ねるようなロール。手首のしなり。彼女自身の心臓の拍動が、ステージの狂騒と完全に同期して跳ね上がっていく。
胸の奥からこみ上げてくる熱狂を抑えきれず、少女は八重歯を覗かせて笑った。
スティックを素早く腰のホルダーへ収めると、観客を制止する警備ドローンの隙間を身軽にくぐり抜け、バックステージへ続く関係者通路へと迷いなく駆け出していた。
「ふぃ〜……疲れた。けど、スラムの地下よりずっと空気が美味しくて最高じゃん!」
「澪音、アンタ途中で勝手に三拍子に崩したでしょ! 合わせるこっちの身にもなりなさいよ!」
「えー? 流音の音が四角くて硬かったから、丸くしてあげたんだよ」
フェス終了後のバックステージ。冷え切った通路の空気を吸い込みながら、タオルを首にかけた面々は、いつものように小競り合いを繰り広げていた。
深音がおっとりとため息をつき、久音は「居候の分際で、アンサンブルを乱すなど言語道断ですわ」と扇子で顔を仰いでいる。
先頭を歩く詩音は、そんな騒がしいやり取りを振り返り、柔らかく目を細めていた。
その静けさを、正面から破る靴音が響いたのは次の瞬間だった。
「やっほーーーーーーっ!」
通路の角から飛び込んできたのは、弾けるような黄色い影だった。
身構えた流音の横を風のようにすり抜け、その小柄な少女――奏音は、一直線に詩音の目の前へと滑り込んだ。スニーカーのゴム底が、キュッと鋭い摩擦音を立てて床を鳴らす。
「見ちゃった! 聴いちゃったよ、さっきのステージ!」
息を切らしながらも、爛々と輝くオレンジの瞳には一点の曇りもない。
奏音は勢いのまま、詩音の白く華奢な手を、自分の小さな両手でぎゅっと包み込んだ。
「ボクの名前は奏音! 奏でる音って書いてカノン! ねえ、ボクを仲間にしてよ!」
唐突すぎる逆スカウトに、流音は言葉を失って固まり、久音は眼鏡の奥の目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ! どっから入ってきたのよ!? っていうか、誰を仲間に入れるかって――」
「あはは! キミ、すっごくいい音持ってる!」
流音の怒声を遮ったのは、後ろからのそのそと近づいてきた澪音だった。
興味深そうに首を傾げ、奏音の周りを猫のように軽やかな足取りでぐるりと回りながら、その腰に差されたスティックをしげしげと覗き込む。
「わかるよ、キミの鼓動。すっごい速くて、お日様みたいにピカピカしてる」
「澪音ちゃんだよね!? さっきの変拍子ノイズ、めちゃくちゃ最高だった! ボクの祝祭のビートと合わせたら絶対もっとヤバくなるよ!」
「ほんと!? やろーやろー!」
「おい待ちなさい! なんで野生児同士で一瞬で話つけてんのよ!」
頭を抱える流音を余所に、詩音は握られた手へ静かに視線を落としていた。
小柄な手だった。けれど指の付け根には固いスティックダコがあり、肌越しに伝わってくる脈拍は、驚くほど力強く、真っ直ぐに澄んでいる。
「……あなたの音、さっき客席の最前列から届いていたわね」
「えっ、気づいてくれたの!?」
「ええ。とても温かくて、眩しいリズムだった。……大歓迎よ、奏音」
「やったぁあああ!」
奏音は満面の笑顔を咲かせ、勢いよく詩音の胸へと飛びついた。
「また抱きつかれたぁ! あの居候の次は太陽かよ!」と叫ぶ流音の声が、コンクリートの通路にこだまする。
フェス会場の控室。
持ち込まれたポータブルの電子ドラムパッドを前に、奏音はスティックを構えていた。
タタタタタンッ! ドドパァンッ!
乾いたアタック音が高速で連打され、パレードを思わせる華やかなマーチングと、軽快な裏打ちのリズムが部屋の空気を跳ねさせる。
理屈ではなく、ただ聴いているだけで勝手に身体が動き出し、沈んだ気持ちを無理やり笑顔へ引っ張り上げるような、圧倒的にポジティブなグルーヴだった。
腕を組んでモニターの波形を睨んでいた久音も、思わず息を呑む。
「……なるほど。荒削りですが、リズムの瞬発力とエネルギーは文句のつけようがありませんわね。流音の重厚なストリートビートとも綺麗に住み分けができますわ」
「……深く、ね」
深音もおっとりとした声で頷き、手元の紅茶に口をつけた。
「低音とリズム隊の厚みはこれで申し分ありません。ですが……だからこそ、次の課題も見えてきますね」
「課題?」
スティックの動きを止め、奏音が不思議そうに小首を傾げる。深音は静かに視線を向けた。
「あなたと澪音、そして流音。これほど主張の強いリズム隊が揃ってしまうと、並のコード感や平坦なメロディでは音が押し潰されてしまいます。この奔放なグルーヴを乗りこなし、さらにその上を切り裂いていくような……圧倒的で尖った旋律を刻める上モノが足りません」
「うーん……言われてみれば、確かに音がギチギチになっちゃうかも。ボクのドラム、前へ前へ行きたがるからなぁ」
奏音はスティックの先端をトントンと顎に当てて考え込んだ。
少しの間を置いて、その顔がパッとひまわりのように輝く。
「あ! それならさ、すっごい心当たりがあるよ!」
「心当たり?」
「うん! ネオ・オーサカのフェスで何度もやり合ってきた、ボクの生涯のライバル!」
奏音は胸を張り、得意げに八重歯を光らせた。
「めちゃくちゃ生意気で口は悪いんだけどさ、ショルキー弾かせたら銀河一なんだ! あいつのド派手な旋律なら、ボクたちの音を何倍にも面白くしてくれるに決まってる!」
「ネオ・オーサカの……ショルキー奏者?」
流音が怪訝そうに眉をひそめる。
「またアンタみたいに突拍子もない奴じゃないでしょうね……」
「突拍子もないなんてもんじゃないよ! でも、音は絶対に本物! ね、詩音、会ってみたくない!?」
まっすぐな瞳で見つめられた詩音は、ふっと口元をほころばせた。
「奏音がそこまで信じている相手なら、ぜひ会ってみたいわね」
「ほんと!? やったぁ! 『一回でいいから絶対こっちに来て!』って、ボクから熱烈に連絡してみるね!」
奏音は端末を取り出し、迷いのない手つきでメッセージを打ち込み始めた。
ネオ・オーサカの赤い閃光――璃音がこの街へ呼び寄せられる瞬間だった。
(第9話「祝祭の太陽と跳ねるビート」おわり / 第10話へ続く)
メインヒロインのひとり奏音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『フェスティバル・ビート』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:奏音 - kanon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/mqN30pNYUFr16VuM
【公式】Chrono・Sphereキャラクター名鑑 奏音 - kanon -
https://note.com/marimocyan_org/n/n8587520028ac?sub_rt=share_pw




