第10話「極彩色の侵略者と下克上の引き金」
ドリーム・ランドでのフェスを終えて数日。
地下リハスタジオに満ちていたのは、音楽の調律というよりも、もはや純粋な生活騒音の類だった。
「澪音、そこはボクが裏打ちで入る約束じゃん!」
「早い者勝ちー。捕まえてごらん」
電子パッドのスティックを握りしめて怒る奏音と、機材ラックの上を身軽に跳び回る澪音。すっかり悪ガキ仲間として波長が合ってしまった最年少のふたりを、流音が額に青筋を立てて追いかけ回している。
その横で、深音はいつもの調子でおっとりとミキサーのフェーダーを滑らせ、透音にいたってはパイプ椅子の上で十数センチほど宙に浮き、のんびりとハーブキャンディを口の中で転がしていた。
「……詩音様、ずいぶんと賑やかになりましたわね。騒音測定値が前回の三倍に達しておりますわ」
「いいじゃない。音が生き生きしているわ」
膝の上にスコアブックを広げた詩音が、穏やかに目を細めて微笑む。
流音の怒号と澪音の笑い声が混ざり合う空間には、混沌としながらも確かな居心地の良さが漂っていた。
それを、文字通り暴力的に蹴破る音が響いたのは、まさにその瞬間のことだった。
――ガアンッ!
重厚な防音扉が乱暴に跳ね上がり、コンクリートの壁に衝突して鈍い衝撃音を立てる。
冷たい外気が一気に流れ込み、スタジオの空気が凍りついた。
逆光が差し込む入り口の真ん中に、ひとつの影が立っていた。
無数のカラフルなヘアピンで留められた、跳ねっ返りの金髪ツインテール。極彩色のペイントが弾けたイエローとピンクのジャケットに、首元へ掛けられた大型のサイバーヘッドホン。そしてその小柄な腕には、外光を鋭利に乱反射させるクリスタルカラーのショルキーが抱えられていた。
少女は燃えるような赤い瞳でスタジオの中をぐるりと見回すと、八重歯を覗かせて不敵に口端を吊り上げた。
「まいど。ネオ・オーサカから、噂の現場に乗り込んできたで」
「あ……! 璃音!!」
真っ先に声を上げたのは奏音だった。スティックを放り出し、瞳を輝かせて駆け寄る。
「本当に来てくれたんだ!」
「あんだけスパムみたいにメッセージ送ってきといて、来ーへんわけにいかんやろが」
璃音は短く鼻を鳴らし、土足のままスタジオの中央へとずかずかと踏み込んできた。
身構える流音が、露骨に眉を吊り上げて割って入る。
「ちょっと待ちなさいよ。奏音の知り合いだか何だか知らないけれど、挨拶もなしに踏み込んでくるなんて、礼儀ってものを知らないわけ?」
「あ?」
璃音は足を止め、流音の顔をつま先から頭のてっぺんまで、値踏みするように眺め回した。
「挨拶? そんな悠長なもん、ウチの辞書にはあらへん。――音屋なら、音で語らんかい」
言い放つと同時、璃音の右腕が閃いた。
ショルキーの鍵盤へ、電光石火の速度で指先が叩きつけられる。
鼓膜を殴りつけるような鋭利な歪みと、床を揺らす重厚なベースライン。
直後、空気を埋め尽くしたのは、息を呑むほど緻密で過剰なアルペジオの連打だった。
ユーロビートの狂騒と、極彩色のハイパーポップ。ショルキーのボディから放たれるホログラムの残光が、スタジオの殺風景なコンクリート壁を一瞬にしてマゼンタとイエローの原色で塗り潰していく。
「くっ……なんという密度……」
久音が思わず息を呑み、深音の手元がピタリと止まる。
理屈や理論を並べる隙すら与えない。ただ圧倒的な音圧と手数の多さだけで、その場の空気を暴力的に支配し、自分だけの色に染め上げてしまう力技。
タタンッ、と乾いたグリッサンドで演奏を断ち切ると、璃音は肩で息をひとつ吐き、マイクスタンドの前に佇む詩音へと真っ直ぐに視線を向けた。
「ウチの名前は璃音。ネオ・オーサカの旋律メーカーや」
ショルキーを構え直した璃音の指先が、迷いなく詩音の胸元を指し示す。
「奏音の連絡で来てみたけど……ふーん、なるほどな。ええ声持っとるやん。せやけど、ウチが入るからには、端っこの席で大人しく手拍子する気は毛頭あらへんで」
「……どういう意味かしら」
詩音は眉をわずかに動かし、静かに問い返した。
璃音はさらに顎を突き出し、挑発的な笑みを深める。
「ウチが欲しいんは――詩音、アンタのセンター兼リーダーの座や。背中ガラ空きやで」
一瞬の静寂ののち、スタジオを爆発させたのは流音の怒号だった。
「詩音様を呼び捨てにした上に、センターを奪うですって!? 冗談じゃないわよ! アンタみたいな協調性の欠片もない奴、うちのチームじゃ『補欠のNo.8』がお似合いよ!」
「ハッ、補欠? ナメてたらあかんで、ただデカい音鳴らすだけのバイオリンのお姉さん」
「な、なんですってぇ……!?」
「ウチの実力にビビって、自分らの居場所取られるんが怖いんか? まくったるわ!」
真正面から睨み合う流音と璃音。青筋を立てる流音に対し、璃音は涼しい顔で八重歯を光らせている。
その一触即発の間に割って入ったのは、手元の端末で波形データを睨んでいた久音だった。
「……待ちなさい、流音。感情論で突っぱねる話ではありませんわ」
「久音!? アンタまさか、こんな無礼な奴の肩を持つ気!?」
「味方をするわけではありませんことよ。ただ、今の超絶技巧の測定値……。悔しいですが、即戦力どころの話ではありませんわ。深音が指摘していた上モノの旋律不足を埋めるどころか、このグループの音を何段も引き上げるのは紛れもない事実ですわよ」
手厳しいプロデューサーとしての冷静な分析に、流音は言葉を詰まらせた。
その動揺を、璃音が見逃すはずもなかった。
「ほぉ〜、メガネのお嬢さんは耳がええやん」
璃音はニヤリと唇を歪めると、身を翻して再び詩音の正面へ立った。
「話は早いわ。――リーダー選出総選挙といこうやないか」
総選挙。
その単語が落ちた瞬間、スタジオの空気が再び揺らいだ。
加入するや否や、グループの屋台骨そのものを賭けた勝負の提案。深音が静かに息を呑み、久音も「えっ、私はそこまで言ってませんわ!」と慌てて手を振る。
そんな騒ぎを他所に、機材ラックの上で丸くなっていた澪音が、退屈そうに小さなあくびを零した。
「ふにゃ〜〜……」
「おい澪音! アンタも少しは危機感を持ちなさいよ!」
流音が頭を抱え、スタジオはいよいよ収集のつかない喧騒へと傾いていく。
けれど――そのすべての狂騒の中心で。
挑戦状を突きつけられた詩音だけは、微動だにせず、吸い込まれそうな紫の瞳で璃音を見据えていた。
苛立ちもなければ、侮りもない。
目の前で爛々と燃え盛る少女の野心を、詩音はその器の深さで、静かに受け止めていた。
ふっ、と。
詩音の唇の端に、かすかな、けれど絶対の自信を湛えた笑みが浮かぶ。
「――いいでしょう。受けて立つわ」
鈴の音のように静かで、けれど芯の通ったその声が落ちた瞬間、スタジオを包んでいた騒音は潮が引くようにピタリと止まった。
(第10話「極彩色の侵略者と下克上の引き金」おわり / 第11話へ続く)
メインヒロインのひとり奏音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『カラーフル・インベーダー』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:璃音 - rion - & Chrono・Sphere
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【公式】Chrono・Sphereキャラクター名鑑 璃音 - rion -
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