第11話「ネオ・オーサカの流儀と電脳総選挙」
「……いいでしょう、じゃないよ詩音様ぁあああああっ!」
流音の悲鳴のような絶叫が、防音壁に跳ね返って地下スタジオに木霊した。
頭を抱え、崩れ落ちそうになる膝を必死で踏ん張る。
「なんであっさり受けて立っちゃうんだよ! こいつ、挨拶もなしに乗り込んできたただの不法侵入者なんだよ!? なんでそんな奴のフカしに、詩音様が付き合う必要があるんだよ!」
「ふふ、だって面白そうじゃない。それに――」
詩音は紫の瞳をわずかに細め、ショルキーを構えたまま不敵に口元を吊り上げる璃音を、真っ直ぐに見据えた。
「彼女の指先から放たれた旋律、ただのハッタリではなかったわ。とても強くて、貪欲で、渇いている。あの音を前にして背を向けるなんて、歌姫としてできないもの」
「ぐ……っ、詩音様がそう言うんなら……!」
ギリと奥歯を噛み締める流音を他所に、璃音はツインテールを跳ねさせ、勝ち誇ったように腰に手を当てた。
「せやろ。さすがはてっぺんに君臨しとるだけあるわ。話が早くて助かるで」
「調子に乗るんじゃないよツインテール! そもそもアンタ、なんでそこまでしてリーダーの座に固執するんだよ!? アタシらを乗っ取って、一体何企んでんのよ!」
流音が食ってかかると、璃音はふっと挑発的な笑みを消し、肩から提げたショルキーの冷たいフレームを、慈しむように指先でなぞった。
「企む? そんなセコい話ちゃうわ。……ウチが育ったネオ・オーサカの下層街はな、綺麗事なんか一秒も通用せぇへん場所やった」
鈴の鳴るような関西弁の奥底から、刃物のように鋭く乾いた響きが滲み出す。
「どれだけええ曲作っても、どれだけ指がちぎれるほど鍵盤叩いても、看板を持っとらん奴の音は全部上の連中に買い叩かれて、都合のええBGMとして消費されて終わりや。……ウチはな、誰かの引き立て役で終わる気なんかサラサラあらへん。ウチの音で銀河の真ん中をぶん殴って、全員ウチの旋律にひれ伏せさせたいんや」
「璃音……」
隣で奏音が、どこか切なそうに、けれど深く納得したように小さく呟いた。
ネオ・オーサカの路上で、互いの音をぶつけ合ってきたライバルだからこそ、その言葉の裏にある飢えと執念の重さが痛いほど分かるのだろう。
「そのためには、生半可なグループの端っこで手拍子しとる暇はない。このユニットのセンターとリーダーをかっさらって、ウチが一番前で旗を振る。それがウチの流儀や」
傲慢で、強欲で、けれど一切の濁りがない純粋な野心。
ただの荒らしではない。自分の実力一本で電脳都市の濁流を泳ぎ抜いてきた、本物の表現者の目だった。
「……なるほど。筋は通っていますわね」
腕を組んでいた久音が、冷静に眼鏡のブリッジを押し上げながら割って入った。
「感情論は抜きにして、グループの商業的バリューを測る上でも、トップの座を巡る競争は極めて強力なコンテンツになり得ますわ」
「久音、アンタまさか本気で総選挙の段取り組む気かよ!?」
「当たり前ですわ。やるからには徹底的に、かつフェアに『ぎゃふん』と言わせる舞台を整えるのがクリエーターとしての私の矜持ですもの」
久音は専用のエディット端末を起動し、ホログラム空間に青白いデジタルウィンドウを次々と展開し始めた。
「ルールは明快に設定いたしますわ。ネオルミナ全域のネットワークを介した『全市民参加型・リーダー選出電脳総選挙』。対象は、現リーダーである詩音様、そして宣戦布告者である璃音――」
「ちょーっと待ってよ~!」
久音の言葉を遮ったのは、機材の上からふわりと飛び降りてきた澪音だった。
猫のように目を細め、八重歯を覗かせてニヤリと笑う。
「ボクも混ぜてよ。詩音と璃音だけなんて、ずるいじゃん。面白そうな祭りなら、ボクもトップを狙っちゃうよ?」
「澪音……!?」
「あはは! いいねそれ! だったらボクも立候補しちゃうぞー! お祭りならドカンと賑やかなほうが楽しいもんね!」
奏音までがスティックをくるくる回しながら参戦を表明する。
「ちょっとオマエたち! 一体何考えてんだよ!」
流音の怒号が響く中、深音はおっとりと紅茶を啜りながら「……あらあら、収拾がつかなくなってきましたね」と微笑み、透音は宙に浮かんだまま「リーダー総選挙……なんだか楽しそうですねぇ」とのんびり拍手している。
「ええい、こうなったらヤケクソだ! 詩音様の絶対的ポジションを脅かす不届き者を叩き潰すためなら、アタシも受けて立ってやるよ!」
流音が拳を握りしめると、久音は扇子をピシリと閉じて全員を制した。その切れ長の瞳に、計算高い野心の光が宿る。
「ちょっとお待ちになって、皆様方。ただのリーダー選挙など、コンテンツとしての奥行きが足りませんわ。どうせネオルミナ全土を巻き込むのです、この規格外の熱狂を最大限にレバレッジするべきですわ」
「……深く、ね」
深音もおっとりと頷き、チェロ型シンセの横にデータウィンドウを展開した。
「現在、私たちのグループはストリートでの認知度こそ急上昇していますが、公式なユニット名すらまだ定まっていません。外部のプロモーターからは『例の無名実力派集団』などと雑なタグ付けをされている始末です」
「あーっ! 言われてみれば、まだ名前決めてなかったじゃん!」
奏音がスティックでポンと手のひらを叩いた。
流音も言葉に詰まる。下層街で詩音の手を取り、なし崩し的にメンバーが集まってライブを重ねてきたため、グループ名を正式に決めるタイミングを完全に逸していたのだ。
「そこでですわ!」
久音が不敵な笑みを浮かべ、エディット端末を叩いて新たな投票スロットを生成した。
「このリーダー総選挙と同時に、ネオルミナ全市民から『グループ名』を公募いたしますの! 己の推しをリーダーに押し上げる投票権とともに、彼女たちが背負うべき最高の名前を市民自らに考えさせる……。バズの相乗効果は、通常の選挙の三倍以上に跳ね上がりますわ!」
「なるほどな! ええやんメガネのお嬢さん、商売の匂いがプンプンするで!」
璃音がニヤリと笑ってショルキーを肩に担ぎ直した。
「ほんなら決まりや。ウチがリーダーの座をかっさらって、集まった名前の中から一番イケてるやつをウチが選んだるわ!」
「寝言は寝て言えよな!」
流音がすかさず噛みつく。
「リーダーは詩音様に決まってんだよ! オマエなんかにその座は絶対に渡さないからな!」
だが、その流音の怒声を余所に、スタジオ内の空気は奇妙な熱を帯び始めていた。
メンバーたちの視線が、それぞれ密かに交錯する。
(……詩音様が絶対的なリーダーであることは、今さら揺らぎようもありませんわ)
久音は扇子の端で唇を隠し、瞳の奥をギラつかせた。
(ですが、この選挙で実質的な『二番手』……詩音様の隣に立つ正統なサブリーダーの座を勝ち取れば、今後の演出権もプロデュース方針も、私の思うがままに詩音様を輝かせられますわ……!)
(……あらあら)
深音もまた、静かに目を細めて手元のデータを見つめていた。
(熱狂に流されやすいこのグループには、手綱を握る冷徹な頭脳が必要です。詩音様の神聖な光を陰からコントロールするナンバーツー……悪くありませんね)
「お祭りなら、ボクが一番目立って詩音を驚かせちゃうもんね!」
「ウチが実力で全員ねじ伏せて、詩音の横に立ったら文句ないやろ!」
奏音が無邪気に笑い、璃音が闘志を剥き出しにする。
透音に至っては「二番手……響きがかっこいいですねぇ」とふわふわ浮遊しながらマイペースに微笑んでいた。
そう、全員が理解していたのだ。
詩音のカリスマは絶対であり、誰もその玉座を本気で奪えるとは思っていない。
だからこそ――この総選挙の本質は、全員の剥き出しのエゴが激突する『絶対女王の隣争奪戦』へと、水面下で姿を変えていた。
「よしっ! そうと決まれば、アタシは詩音様の選挙対策本部長として全力でサポートに回るからな!」
ただ一人、周囲のドス黒い野心に全く気づいていない流音だけが、腕まくりをして鼻息を荒くしていた。
「詩音様の発信動画の編集からスケジュール管理、栄養補給の特製ドリンクの手配まで、全部アタシが完璧にこなしてみせるよ! 詩音様、絶対にてっぺん獲ろうな!」
「ありがとう、流音。頼りにしているわ」
詩音が柔らかく微笑む。
その横で、機材の上から降りてきた澪音が、流音の腰のポーチに鼻先を突っ込んでいた。
「くんくん……流音、お腹すいた。今日のご飯なに?」
「こらっ! 人のポーチを勝手に漁るんじゃない! ほら、特製のササミサンドイッチ! ちゃんと座って食べなさい!」
「わーい、サンドイッチー! もぐもぐ……」
流音から手渡された包みを両手で抱え、幸せそうに頬張る澪音。
自由奔放な野生児の彼女には、選挙の勝ち負けも、サブリーダーの座も、何一つ眼中にないようだった。
「――全システム、同期完了いたしましたわ!」
久音が高らかに宣言すると、スタジオの壁一面にカウントダウンのホログラムが浮かび上がった。
『――【詩音&流音と愉快な仲間たち(仮)】第1回リーダー選出電脳総選挙&ユニット名公募フェス:エントリー受付完了――』
パッと空間に大写しになったその文字列を見た瞬間、スタジオの時が止まった。
「…………は?」
最初にドスの利いた声を漏らしたのは、ショルキーを担いだ璃音だった。ツインテールを逆立て、指先をブルブルと震わせながらモニターを指差す。
「なんやねんこれぇええええええええッ!? 『詩音&流音と愉快な仲間たち』やとォ!? 詩音は百歩譲ってええわ! なんであのバイオリン女の名前が堂々と入っとって、ウチらが『愉快な仲間たち』の一括り処理やねん!!」
「……深く、憤りを覚えますね」
深音もまた、冷ややかな視線を流音へと向け、手元の端末を爪でコツンと叩いた。
「詩音様の威光に乗っかり、ちゃっかり自分の名前だけ連名にして他を『その他』扱いとは……。初期登録を担当した方の浅薄な自己顕示欲が透けて見えます」
「ちょ、違うよ! あれは最初の詩音さまと2人で始めたときにライブハウスの書類審査で、時間がなくて適当にパパッと書いただけの――!」
必死で弁解する流音に、久音も扇子をビシッと突きつけて追い討ちをかける。
「言い訳は見苦しいですわ! 私という希代のクリエイターを捕まえて『愉快な仲間』などと、屈辱にも程がありますことよ! 一刻も早くこのふざけた仮称を上書きして、詩音様の隣にふさわしい私の名を刻み込んで差し上げますわ!」
「ボク、愉快な仲間たちなの? おもしろーい!」
「ふふ、なんだかサーカスみたいで楽しそうですねぇ」
奏音と透音だけが能天気に笑っているが、前線で牙を研ぐメンバーたちの闘争心は完全に点火していた。
「見てろよバイオリン女! 総選挙でアンタを叩き落として、ユニット名もウチ好みのド派手なやつに変えて、ウチの名前をドカンと冠にしたるからな!!」
「な、なんだってぇえええッ!? 詩音様のお世話で忙しいアタシの邪魔すんじゃないよ!!」
怒号と火花が散り乱れる中、青白い光がスタジオ中を満たし、8つの光の波形がネットワークを通じてネオルミナ全区画へと急速に拡散を開始した。
パァンッ、と極彩色のデジタル紙吹雪が炸裂し、8人の少女たちの思惑と野心を乗せた選挙戦の火蓋が、ついに切って落とされた。
(第11話「ネオ・オーサカの流儀と電脳総選挙」おわり / 第12話へ続く)
メインヒロインのひとり詩音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『星彩のコンチェルト』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:詩音 - shion - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/7bE6k0KbvGhXlwI8




