第12話「それぞれの野心とゲリラ戦線」
メインストリートの頭上を塞ぐ巨大なホログラムビジョン。そこに映し出された長大なテキストの羅列を見て、道行く人々が次々と足を止めていた。
『――【詩音&流音と愉快な仲間たち(仮)】リーダー選出電脳総選挙&ユニット名公募フェス――』
赤や青の光を放つ8本の投票バーが、秒単位で数値を書き換えながら乱高下を繰り返す。その下には、市民からリアルタイムで投げ込まれるふざけたユニット名案が、読み切れない速度で流れていた。
彗星のごとく現れた実力派ディーヴァたちの内輪揉め。ネオルミナの退屈な夜を吹き飛ばすには、これ以上なく手頃で刺激的な祭りだった。
そして――あの屈辱的な暫定名から「愉快な仲間」の枠を消し去るべく、水面下での単独ゲリラ戦線が火蓋を切っていた。
中央区画、情報統制ビルの屋上ラウンジ。
吹き抜ける冷たい風のなか、深音は優雅にアールグレイのカップを傾けながら、高精細カメラの向こうへ視線を落としていた。
「……皆様、ご機嫌よう。深い海の底から、調律の波形をお届けいたします」
静かに、けれど芯の通った低音のウィスパーボイス。
背後に広がる夜の摩天楼をキャンバスにして、深音がチェロ型シンセに弓を滑らせた瞬間、超低周波の重厚なドローンがネットワークの全帯域を揺さぶった。
端末の画面が一気に白熱し、リスナーのログが滝のように流れていく。
『うわ、なんだこの低音……脳の奥が痺れる』
『作業用BGMのつもりが指止まったんだが』
『軍師様、もっと深いとこまで調律してください』
深音は冷ややかに目を細め、手元のデータパネルを指先で滑らせた。
(……あらあら、数字の伸びは計算通りですね。詩音様の光を際立たせるには、この絶対的な重低音による調律こそが不可欠……。あの粗忽なバイオリン弾きを元の愉快な枠へ押し戻し、どちらが真のナンバーツーに相応しいか、論理的に市民の皆様へ示して差し上げましょう)
知性派とヘビーリスナー層の票をごっそり搦め捕り、深音の得票数は美しく右肩上がりの弧を描いていた。
一方その頃、旧都区画『ネオ・キョウト・アベニュー』。
立ち並ぶ赤い鳥居の石畳を、けたたましい電子和楽器の爆音が切り裂いていた。
「東に轟く電子の調べ、西を切り裂くサイバー三味線! ぎゃふんと言わせる準備はお済みですこと!?」
極彩色の羽織を翻し、久音がサイバー三味線のバチを電光石火の速度で叩きつける。
足元の石畳には、久音自作のプロジェクションマッピングが炸裂していた。舞い散るホログラムの桜吹雪とデジタルノイズが、歴史ある街並みを近未来のサイバー歌舞伎舞台へと塗り替えていく。
「さあさあ、清き一票をこの久音に! 詩音様を銀河一の歌姫へとプロデュースするのは、伝統と革新を統べるこの私の演出力しかありませんわ! あの無粋な仮称の連名を消し去り、私こそが隣に立つにふさわしいと証明してみせますことよ!」
押し寄せた見物客から、歓声とともに投票チップが雨のように降り注ぐ。
久音は額に滲んだ汗を扇子で隠しながら、高らかに口端を吊り上げた。
(おほほほ! 見なさい流音、これがプロの仕掛けというものですわ! 詩音様の隣に立ち、最高のステージを演出するサブリーダーの座……誰にも譲りませんことよ!)
職人の矜持と強烈な自己顕示欲が炸裂し、久音の票田は勢いよく膨れ上がっていく。
そんな二人の激しい選挙活動とは対照的に、空中庭園『クラウド・テラス』の陽だまりでは、信じがたい光景が広がっていた。
芝生の上数十センチの高さで、透音がふわりと宙に浮いている。
アイマスクを目元にずらし、クリスタルフルートを抱えたまま、規則正しい寝息を立てていた。
「すぅ……すぅ……」
選挙運動など何ひとつしていない。「愉快な仲間」呼ばわりされたことすら、そよ風のように聞き流していた。
ただ、その寝息に合わせて、微弱なハイトーンの倍音が無意識に漏れ出し、風に乗ってテラス全体を包み込んでいた。
重力から解放されたような透明な空気。日頃のサイバーノイズに疲れ果てた市民たちが、引き寄せられるように芝生へ腰を下ろし、吸い込まれるように目を閉じる。
「……なんだこれ、めちゃくちゃ落ち着く……」
「耳が洗われる……これタダで聴いていいやつか……?」
誰かが端末をかざして投票ボタンをタップし、それが周囲へ連鎖していく。
何ひとつ喋らず、ただ浮いて寝ているだけの透音のバーが、怪奇現象のように上位へと滑り込んでいた。
「うがーーーーーっ! なんなんだよアイツらはぁああああッ!! 好き放題し過ぎだろう!!」
地下の控室で、流音はモニターに映る三人の暴走を見つめながら、頭を抱えて吠えていた。
「深音は自分のリスナー囲い込んで組織票作ってるし、久音は街中でド派手なゲリラやってるし、透音は寝てるだけで票集めてるじゃないか! みんなして自分のアピールばっかり、一体何考えてんだよ!」
当の流音といえば、机いっぱいに広げたデータウィンドウと格闘していた。
詩音の特設サイトのサーバー強化、投票フォームのセキュリティ監視、さらには疲労を溜めさせないための栄養管理ドリンクの調合レシピ。
何から何まで、すべて「詩音を完璧に勝たせるため」の裏方作業に没頭していたのだ。
「流音、少し休んだら? 根を詰めすぎよ」
ソファに腰掛けた詩音が、心配そうに紫の瞳を向ける。
流音はブンブンと首を横に振って、キーボードを叩き続けた。
「何言ってるんだよ詩音様! アタシが手ぇ抜いたら、あの野心剥き出しの連中に足元すくわれちゃうよ! 詩音様はただ綺麗に笑って、真ん中で堂々としてればいいんだから!」
真っ赤に充血した目で作業を続ける流音。
その足元に、ことりと小さな影がすり寄ってきた。
「ふにゃ〜〜……流音、お腹すいた。今日のおやつ、まだ?」
ネコ耳フードをだらしなく崩した澪音だった。
流音のジャケットの裾を、器用に指先でぐいぐいと引っ張る。
「もうっ! こっちは忙しいってのに! ほら、焼きたてのチーズクッキー! これ食べて大人しく詩音様の隣で丸くなってなさい!」
「わーい! 流音のクッキー、サクサクして大好き!」
澪音は両手でクッキーを抱えると、詩音の膝の上に頭を預け、幸せそうにモグモグと頬張り始めた。
詩音が愛おしそうにその頭を撫でる。
流音自身の投票数は完全に放置されたまま下位に沈んでいたが、当の本人はそんなことに目を向ける余裕すら一切なかった。
その時だった。
『――緊急速報。ネオ・オーサカ発祥のストリート広場にて、規格外の爆音ゲリラが観測されました――』
端末のアラート音がけたたましく鳴り響き、流音の手がピタリと止まる。
モニターの向こう、ネオ・オーサカ仕込みの爆音が街を揺らし始めていた。
(第12話「それぞれの野心とゲリラ戦線」おわり / 第13話へ続く)
メインヒロインのひとり流音が歌う、Chrono・Sphereの後期OP主題歌です
『境界オーバーロード』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 後期OP主題歌
歌:流音 - ruon - & Chrono・Sphere
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