第13話「祝祭の砲火と無自覚な野生児」
ネオルミナの下層連絡広場『クロス・ジャンクション』。
頭上を何重もの高架レールが塞ぐこのストリートは、足の踏み場もないほどの群衆で膨れ上がっていた。
「いくでえええええええッ! ネオ・オーサカのド根性、骨の髄まで刻み込んだるわッ!!」
積み上げられた大型コンテナの縁に仁王立ちし、璃音がショルキーのネックを夜空へ突き上げる。
鼓膜を劈くハイパーポップと暴力的なユーロビート。鍵盤の上を走る指先はすでに視認できず、ショルキーから放たれるホログラムの火花が、コンクリートの壁面を強烈な原色で焼き焦がしていく。
「リーダーの座ァ!? サブリーダーの席ィ!? そんなもん全部ウチのもんや! あのバイオリン女を『愉快な仲間』の底まで叩き落として、詩音の隣に立つんは、この銀河一の旋律メーカー・璃音様しかおらへんのじゃあああっ!!」
煽り立てる電脳関西弁と、理屈抜きの超絶技巧。広場を埋め尽くしたストリートキッズたちが、地鳴りのような歓声とともに拳を突き上げる。
『璃音ちゃん! 璃音ちゃん!』
『ナンバーワン獲りにいけええええッ!!』
モニターの投票バーが目に見える速度で跳ね上がる。
だが、その独走を真正面から叩き割る乾いたアタック音が、広場を揺らした。
ドォオオオオンッ!
「アッハハハ! 璃音ばっかり目立ってズルいじゃん! ボクの祝祭のビートも食らってごらんッ!」
道路の反対側、トラックの荷台に陣取った奏音が、電子ドラムのパッドを電光石火のスピードで叩きつけていた。
空間を跳ね回るマーチングとスカの裏打ち。道行く人々が自然と手拍子を打ち始め、顔を見合わせて笑い出す。広場全体が、突如として始まったパレードの熱気へ飲み込まれていく。
「ボクが一番賑やかにお祭りを盛り上げるんだ! 詩音ちゃんを一番近くで笑わせるのは、ボクの太陽のドラムなんだからーっ!」
「おのれ奏音ォ! ウチの独壇場を邪魔すんなやッ!」
「ライバルなんだから当たり前じゃん! 勝負だ勝負ーっ!!」
コンテナと荷台の間で、極彩色の旋律と跳ねるビートが火花を散らす。
二人の若き才能がぶつかり合う音は、街頭カメラを通じて電脳空間へ垂れ流され、瞬く間にトレンドランキングの上位を塗り替えていった。
「……ふぅ。これで演説動画の最終レンダリングは完了、特設サーバーのミラーリングも全区画で安定……よし」
一方その頃、活動拠点のデスクで、流音は真っ赤に充血した目をこすりながら小さく息を吐き出していた。
机の上には何本もの栄養ドリンクの空き瓶が転がり、流音の目の下にはくっきりと濃い隈が刻まれている。
この数日間、流音は文字通りほとんど眠っていなかった。
詩音の声を最高のパルスで街中に届けるため、自作のイコライザーを組み、深夜の街を走り回って全区画のサイネージを微調整し、詩音の喉を労るための特製ハーブティーを毎時間淹れ直す。すべては、詩音を絶対のトップとして勝たせるためだった。
「流音、本当に大丈夫? 顔色がひどく青いわ。少し横になったらどう?」
詩音が心配そうに、白く温かい手を流音の肩に添える。
流音はその温もりに思わず頬を緩めそうになりながらも、ブンブンと激しく頭を振った。
「だ、大丈夫だよ詩音様! 今日は投票最終日の前夜じゃないか。あの野心むき出しの連中がどんな手を使ってくるか分かったもんじゃないんだから。詩音様の絶対的リーダーの座は、このアタシが命に代えても守ってやるよ!」
「流音……」
困ったように、けれど愛おしそうに目を細める詩音。
その足元から、ふにゃりと間の抜けた声が零れ落ちた。
「ふみゅ〜〜ん……」
流音の足首にすり寄ってきたのは、だらしなくネコ耳フードを垂らした澪音だった。
とろんと目を細め、流音のエプロンのポケットに器用に鼻先を突っ込んでくる。
「流音ー、お腹すいた。なんかちょうだい」
「もうっ! アンタはさっき昼ごはん食べたばっかりだろ! 今アタシは詩音様の選挙対策で一番忙しいんだよ!」
「やだー、お腹すいた。なんか食べさせてくれないと、あちこちの配線かじっちゃうぞー」
「わかった! わかったから機材をかじるんじゃない! ……ほら、夜食用に作っといた、特製厚焼き玉子サンド。喉詰まらせないようにゆっくり食べなさいよ!」
「わーい! 流音のたまごサンド、甘くて世界一すきー!」
澪音は両手でサンドイッチを受け取ると、幸せそうに頬張り始めた。
そして、流音のデスクの横をぽてぽてと歩き回り、口元に黄色いソースをつけたまま、機材の隙間から伸びるコードをひらりと飛び越えてステップを踏み始める。
「ん〜〜♪ たまご、あまくて、ふわふわ〜♪」
それは歌と呼ぶにはあまりに拙く、けれど猫が喉を鳴らすような、心地のよい即興のハミングだった。
サンドイッチを片手に、リズムに合わせてしなやかに身体をくねらせ、ピョンとアンプの上へ飛び乗る澪音。
その無防備で愛らしい仕草を、詩音が優しく見守り、柔らかな手拍子を合わせる。
張り詰めていたスタジオの空気が、ふわりと暖炉のようにほどけていく。
――だが。
ふたりはまるで気づいていなかった。
流音が「詩音様の姿を全世界に届けるため」に仕掛けておいた超高画質の定点生配信カメラが、その光景をネオルミナ全域へリアルタイムで垂れ流していたということに。
『待って、今の猫耳の子、何……? 天使……?』
『たまごサンドもぐもぐしてるの可愛すぎて心臓止まった』
『流音ママに餌付けされてる猫娘ちゃん尊すぎるんだが!?』
『ていうか、あのハミングの音程とステップの体幹、異常に上手くないか……!?』
切り取られた数十秒の映像が、電脳空間の濁流に乗って凄まじい勢いでリポストされていく。
『神に愛された野生の歌姫』
『餌付けされる野生児猫娘の奇跡のハミング』
街頭の小競り合いに食傷気味だった市民たちのタイムラインが、一瞬にしてその無防備なハミングで埋め尽くされていった。
ピピピピピピ――!!
突如として、スタジオのメインサーバーがけたたましい警告音を吐き出した。
モニターの端、澪音のエントリー枠に、見たこともない桁の投票通知が津波のように押し寄せてくる。
「……え?」
画面を振り返った流音の顔から、サーッと血の気が引いた。
「な、なんだよこれ……!? なんで澪音のバーが垂直に跳ね上がってんだよ!? バグ!? システムエラーなのか!?」
「ふみゅ?」
口元にソースをつけた澪音は、手元のサンドイッチを不思議そうに見つめ、小首を傾げた。
「たまごサンド、もっと食べていいってこと?」
「ちがぁあああああうッ!!」
流音の悲鳴が地下スタジオに虚しく木霊する。
その間にも、締め切りを刻むホログラムの時計は、無情にも残り数分を指し示そうとしていた。
(第13話「祝祭の砲火と無自覚な野生児」おわり / 第14話へ続く)
メインヒロインのひとり詩音が歌う、Chrono・Sphereの後期ED主題歌です
『光芒のクレイドル』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 後期ED主題歌
歌:詩音 - shion - & Chrono・Sphere
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