第14話「運命の旋律と無欲な野生児」
『【詩音&流音と愉快な仲間たち(仮)】リーダー選出電脳総選挙』の投票受付が、ついに締め切られた。
地下リハスタジオの中央。集計結果を待つ8人の少女たちは、息を詰めて車座になっていた。
だが、メインモニターに集計グラフが投影される直前、久音がエディット端末を叩き、深いため息とともに眉間を押さえた。
「……集計結果の前に、皆様。深刻なご報告がございますわ」
「深刻な報告?」
流音が目の下の濃い隈を擦りながら顔を上げる。久音はうんざりした表情で、市民から寄せられた『公募ユニット名』のリストを空中に展開した。
「同時に募集しておりましたユニット名ですが……ご覧の通り、惨憺たる有様ですの」
空中に浮かんだウィンドウには、ネオルミナ市民の悪ふざけと悪ノリが凝縮された文字列がずらりと並んでいた。
『劇団・八重歯同盟』
『ネオン爆音戦隊オオサカン』
『たまごサンド愛好会』
『メガネとお昼寝とその他』
「……なんですか、この品性の欠片もない文字列の羅列は」
深音が冷ややかな視線を向け、細い指先をこめかみに当てる。
奏音は「えーっ! たまごサンド愛好会、可愛いじゃん!」と無邪気に笑い、璃音は「誰がオオサカンやねん! センスのかけらもあらへんわ!」とショルキーを抱えて吐き捨てた。
「これでは公式のユニット名など決められませんわ! ぎゃふんと言わせるどころか、こちらが赤っ恥をかくだけですことよ!」
久音が扇子を握りしめ、苛立ちを隠さずに机を叩く。
重苦しい空気と疲労感がスタジオを支配しかけた、その時だった。
「…………Chrono・Sphere」
ソファの端から、鈴を転がすような静かな声が零れ落ちた。
詩音だった。
全員の視線が一斉に集まる。
詩音は少し照れくさそうに伏し目がちになり、膝の上でそっと指先を重ねた。
「……クロノ・スフィア。時の領域、あるいは運命が交差する球体……。バラバラな私たちが、時間を超えて一つの場所で共鳴する……そんな響きが、ずっと心の中にあったのだけれど」
スタジオの空気が、ふわりと軽やかに澄み渡っていく。
透き通るような神聖さと、未来へ広がる無限の広がりを感じさせる美しい響き。
「……詩音様」
流音が息を呑んで目を見張った。
「それ……すっごくいいよ! 綺麗で、かっこよくて、アタシたちにぴったりじゃないか!」
「ほんとですわ! なぜ今まで仰ってくださらなかったのですの!?」
久音が身を乗り出して詰め寄ると、詩音は困ったように小さく肩をすくめた。
「何だか……ユニット名の公募も、みんなが一生懸命企画して盛り上げてくれていたから……言いづらくて」
「詩音様ぁ……っ!」
その奥ゆかしさに、流音は胸を押さえて悶絶した。
深音はおっとりと微笑み、透音は宙でふわふわと手を叩き、奏音と璃音も顔を見合わせて小さく頷き合う。
「文句なしやな。詩音がそう言うなら、ウチらの名前は今日から『Chrono・Sphere』や!」
璃音の潔い宣言とともに、公募の迷走は霧散し、グループの真の魂となる名前が満場一致で定まった。
――そして。
『――第1回リーダー選出電脳総選挙、最終開票結果を表示します――』
無機質なシステムアナウンスとともに、スタジオの照明が一段階落ちた。
壁一面のホログラムスクリーンに、腹の底を揺らすドラムロールの重低音が響き渡る。
流音は唾を呑み込み、背筋を伸ばした。
璃音は爪が食い込むほど拳を握り締め、久音は眼鏡のブリッジを押し上げ、深音は静かに目を細める。
誰もが息を止めて見つめる中、巨大なモニターに最初の順位が打ち出された。
『第1位――詩音(得票率:過半数独占)』
「よっしゃああああっ!!」
流音が拳を突き上げて叫んだ。
他を寄せ付けない、圧倒的な絶対得票数。
最初から最後まで、ネオルミナの頂点に君臨する絶対女王の座は、何一つ揺らいでなどいなかった。
「ふふ、みんな、たくさんの応援をありがとう」
詩音が穏やかに微笑み、胸に手を当てる。
だが、波乱はその直後に訪れた。
『第2位――澪音』
「……は?」
流音の声が裏返った。
画面に大写しになったのは、たまごサンドを両手で抱え、口元に黄色いマスタードをつけたままポカンとしている澪音の顔だった。
得票数は、終盤の垂直上昇の勢いそのままに、2位へ飛び込んでいた。
『第3位――流音』
「……え?」
流音の思考が白く吹き飛んだ。
1位、詩音。
2位、澪音。
3位、流音。
「な……っ!?」
顔面から血の気が引いた直後、一気に沸騰したような熱が頬を染め上げる。
ガタガタと震える膝を押さえ、信じられない思いで画面と、足元でサンドイッチの包み紙をいじる猫耳の少女を交互に見つめた。
「こ、こんな……SNSのアカウントすら持ってない、ただの居候の猫娘に……アタシが、負けたぁあああああああっ!?」
「ふみゅ?」
絶叫する流音を見上げ、澪音は無邪気に首を傾げた。
「流音、3位だって。銅メダル? おいしいの?」
「おいしくないよバカモノぉおおおッ!!」
流音が頭を抱えて床に崩れ落ちる。
だが、その叫び声すら耳に入らないほど、強烈な衝撃に打ちのめされていた人物がいた。
ドサッ、と。
重たい音が、冷たい床に響いた。
璃音だった。
愛用のクリスタルショルキーを取り落とし、両膝を床に打ちつけていた。
掲示されたモニターの順位表。
自分の名前は、トップ争いどころか、澪音はおろか流音の背中すら捉えきれず、遠く離れた場所に沈んでいた。
『第4位――璃音』
「んな……っ……」
燃えるような赤い瞳が、限界まで見開かれたまま小刻みに震えている。
圧倒的なテクニックも、ネオ・オーサカ仕込みのハングリー精神も、持てるすべてを注ぎ込んで挑んだはずだった。
それが、手も足も出ない完敗。
「ウチが……負けた……? このウチが……リーダーの座を奪うどころか……かすりもせんかったって言うんか……」
唇を噛み締め、震える拳を床に押し当てる。
その目元には、悔しさと屈辱の涙がじわりと滲んでいた。
だが、システムの開票シークエンスは止まらない。
ドラムロールが再び鳴り、残るメンバーたちの結果が容赦なく露わになった。
『第5位(同率・同票数)――深音 / 久音』
「……は?」
「な、なんですってぇえええええええええッ!?」
久音が扇子を取り落とし、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
画面に並ぶのは、コンマ一秒の狂いもなく完全に一致した二人の得票数。
「こ、この私の綿密なプロデュース演出とサイバー三味線の調べが、深音の陰気なウィスパー配信と全く同じ票数だなんて……! 何かの陰謀ですわ! 集計バグですことよ!」
「……あらあら」
深音は優雅に紅茶を啜ろうとした手がピタリと止まり、額に青筋を浮かべて微笑んだ。
「陰気とは聞き捨てなりませんね。論理と調律を重んじる私のフォロワーと、ただ派手なだけの電子花火が同列に扱われることこそ、統計学上の侮辱です」
バチバチと視線で火花を散らす二人。互いに「サブリーダーの座」を狙って策を巡らせた結果、仲良く並んで沈むという皮肉な現実に、スタジオの温度が急速に冷え込んでいく。
だが、さらにその下で、別の悲鳴が上がった。
『第7位――透音』
『第8位――奏音』
「わぁ……7位。ラッキーセブンですねぇ」
透音は宙に浮かんだまま、パチパチと呑気に拍手をしている。
ただ芝生の上で浮いて寝ていただけの透音に、僅差で競り負けたのが――。
「ええええええええええっ!? ボク最下位なのぉ!?」
奏音がスティックを落とし、頭を抱えて叫んだ。
街頭を巻き込むパレードで熱狂を生み出したはずのドラマー。しかし、途中から璃音とのセッションバトルに夢中になりすぎた結果、肝心の投票への誘導を完全に忘れていたのだ。
「うそでしょー!? 璃音と音出してたら楽しくなっちゃって……あうぅ、お昼寝してた透音ちゃんに負けちゃうなんてー!」
「ふふ、5位以下は本当に数票単位の僅差だったみたいよ。みんな、素敵な演奏だったわ」
詩音が優しく微笑み、落ち込む奏音の頭をぽんぽんと撫でる。
だが、慰めの言葉をよそに、モニターの青白い光は8人の現実を残酷に映し出していた。
文句なしの絶対女王、詩音(1位)。
無自覚な野生児、澪音(2位)。
詩音のサポートに命を懸けた、流音(3位)。
そして、大敗に両膝をつく璃音(4位)と、策に溺れて団子状態になった4人(5位〜8位)。
静まり返ったスタジオの中、床に落ちたショルキーの微かな発光だけが、青白く明滅を繰り返していた。
(第14話「運命の旋律と無欲な野生児」おわり / 第15話へ続く)
メインヒロインのひとり流音が歌う、Chrono・Sphereの 挿入歌兼最終回ED主題歌です
『極彩のシンフォニア』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 挿入歌兼最終回ED主題歌
歌:流音 - ruon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/Ixs0ygMmZY2lNDx3




