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第15話「絶対の絆と運命の八重奏」PHASE 01 END

挿絵(By みてみん)

 

重苦しい静寂が、地下スタジオの冷え切った空気を支配していた。


床に両膝をついたまま、微動だにしない璃音。

モニターに浮かぶ『第3位』の文字を見つめたまま、魂の抜けたようにへたり込む流音。

そして、その足元でたまごサンドの包み紙を小さく丸め、転がして遊んでいる澪音。


異様な光景の中、腕を組んでいた久音が、ふっと自嘲気味に息を吐き出して口を開いた。


「……完敗ですわね」


その声には、いつもの傲慢な響きは微塵もなかった。

久音は眼鏡を外し、疲れたように眉間を指先で揉む。


「己の演出力を誇示し、詩音様の隣という特等席を奪い取ろうとした浅はかな私の目論見は、見事に打ち砕かれましたわ。……ですが、それ以上に恥じ入るべきことがありますの」

「……深く、同感ですね」


深音も静かに目を伏せ、チェロ型シンセの弦から指を離した。

冷徹な瞳には、珍しく自省の色が濃く滲んでいる。


「私たちは全員、詩音様の隣にいたいというエゴだけで、あわよくばナンバーツーの座を手に入れようと、勝手な都合ばかりを街中に撒き散らしていました。……ですが、流音はどうだったでしょうか」


二人の視線が、床に座り込む流音へと注がれる。

奏音もスティックを両手で握りしめ、しょんぼりと首を縮めた。


「うん……ボクも反省してる。お祭りで目立ちたいってだけで、詩音のこと本当の意味で支えようとしてなかった。流音はずっと、寝る間も惜しんで動画作ったり、街中のサイネージ走って調整したり、喉のドリンク作ったりしてたのに……」

「そうですねぇ……流音ちゃん、ずっと詩音様のために走っていましたものねぇ」


透音も宙からふわりと降り立ち、申し訳なさそうに手を合わせた。


自分を売り込むための発信など、流音は一秒たりとも行っていなかった。

ただひたすらに詩音を絶対のトップとして輝かせるため、裏方として、盾として泥をかぶり続けた結果としての『第3位』。


「……アタシ、は……」


流音は俯いたまま、絞り出すような声で呟いた。

悔しさと情けなさが、胸の奥で渦を巻く。


「アタシは……詩音様の一番近くで、ずっと支えてきたつもりだったのに。選挙の票ひとつすらロクに集められなくて……こんな居候の野生児にすら負けて……アタシ、何やってんだろ……」


膝の上にぽたりと、熱い雫が落ちた。

張り詰めていた糸が切れ、流音の肩が小さく震える。


その時だった。


カツ、と静かな足音がスタジオの床を鳴らした。

白く柔らかな手が、流音の視界に差し伸べられる。


「……詩音、様……?」


濡れた瞳を持ち上げた流音の前に、詩音が穏やかに立っていた。


「ねえ、流音。顔を上げて」


詩音はゆっくりと膝を折り、流音と目線を合わせると、その冷たくなった両手を優しく包み込んだ。


「覚えているかしら? ネオルミナの冷たい雨の中、ひとりきりで立ち尽くしていた私の手を、最初に引いてくれたのは誰だったか」

「それは……っ」

「あなたがいたから、私はこの世界に自分の声を取り戻せた。あなたが隣にいてくれたから、こんなにも賑やかで、愛おしい仲間たちに出会うことができたのよ」


詩音は静かに立ち上がると、スタジオに集う全員を見渡した。

そして、澄んだ声を凛と響かせる。


「この総選挙で選ばれたリーダーとして、私にはひとつの絶対的な特権があるはずよ。――現リーダーである私、詩音の名において命じます」


詩音は再び流音へと向き直り、吸い込まれそうな紫の瞳を真っ直ぐに向けた。


「Chrono・Sphereのサブリーダーは、他の誰でもない。これまでも、そしてこれからも、私の魂の最も近くで支えてくれる――あなたよ、流音」


張り詰めていた空気が、ふわりと息を吹き返した。


「え……? で、でも、アタシは3位で……」

「関係ありませんわ!」


久音が扇子を広げて胸を張る。


「詩音様の隣に立つべき器が誰なのか、数字などに惑わされる私たちではありませんことよ!」

「……ええ。異論などあろうはずもありません」


深音が柔らかく微笑んで頷き、奏音も満面の笑みで飛び跳ねた。


「流音がサブリーダーじゃなきゃ、ボクたち誰も納得しないよ!」

「ふにゃ〜。流音、サブリーダーだって。たまごサンド、もう一個ちょうだい」


澪音が屈託なく笑って流音の背中に飛びついた。


「っ……う、あ……っ」


張り裂けそうだった流音の胸に、熱いものが一気に込み上げてくる。

こらえようとすればするほど、涙がボロボロと溢れ出して止まらなくなった。


「うわああああんッ! 詩音様ぁああっ……! な、何なんだよもう……! みんなして勝手なことばっかり言ってぇえええっ……!!」


流音は詩音の胸に飛び込み、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

詩音はその背中を、慈しむように優しく何度も撫でる。

散々泣いて顔中をぐしゃぐしゃにした後、流音は袖でゴシゴシと目を擦りながら、真っ赤な顔で胸を張った。


「……ふ、ふんだ! みんながそこまで言うなら、しょうがないから引き受けてやるよ! アタシが手綱握ってないと、アンタたち全員どっかに暴走していっちゃうからな!」


「フッ、相変わらず素直じゃありませんわね」と久音が呆れたように笑い、深音も「ええ、本当に手がかかるサブリーダーですね」と穏やかに目を細める。

澪音の気の抜けた鳴き声と透音の呑気な拍手、そして「これにて一件落着!」と叫ぶ奏音の声が重なり、スタジオは温かい笑い声に包まれた。


――そんな歓喜の輪の外側で。

璃音は静かにショルキーを拾い上げ、背を向けて出口へと歩き出していた。


「……フン。茶番劇やな。負け犬はさっさと退場させてもらうわ」


悔しさを押し殺した、強がりの関西弁。

扉のノブに手をかけた璃音の背中に、詩音の凛とした声が届いた。


「待ってください、璃音」

「……なんや。負けたウチに、情けでもかける気か?」


振り返った璃音の瞳には、まだ消えていない闘志の炎が燻っていた。

詩音はゆっくりと歩み寄り、その燃えるような赤い瞳を真っ向から見据えた。


「あなたのあの嵐のような旋律が、私たちの音に新しい風を吹き込んでくれたのは紛れもない事実よ。……みんなが選んでくれたリーダーの座は渡せないけれど、あなたをこのまま手放す気も、私にはないわ」

「……は?」

「Chrono・Sphereの8番目のメンバーとして、特例で迎え入れます。私たちの仲間になりなさい、璃音」


璃音は息を呑み、絶句した。

そして、隣にいた流音が腕を組んで鼻を鳴らす。


「言っただろ、アンタには『補欠のNo.8』がお似合いだって! ……ま、アンタの生意気なショルキーがないと、ウチの音も締まらないのは認めてやるけどな!」

「流音……」


璃音の白い頬が、カッと赤く染まる。

奏音が満面の笑みで肩を組み、澪音がおもしろそうにツインテールの毛先を指で突っついた。


「……チッ」


璃音はぷいと顔を背け、乱暴に鼻をすすった。


「……しゃーないなぁ。今回は詩音の顔を立てて、8番目の席に座ったるわ。せやけど、勘違いすんなよ! 背中見せたら、いつでも首根っこかっさらったるからな!」


不敵に八重歯を剥き出しにして笑う璃音の目には、もう悔し涙の欠片も残っていなかった。


神聖な歌声と、重厚なビート。深海の低音と、極彩色の旋律。

8つの異なる音がぶつかり合い、ひとつの運命の球体――『Chrono・Sphere』として重なり合った。


ネオルミナの空の下、彼女たちの真のステージが、ここから幕を開ける。


【PHASE 01 完】


(第15話「絶対の絆と運命の八重奏」(PHASE 01)おわり / 第16話(PHESE 02)へ続く)

メインヒロインのひとり詩音(しおん)が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです


『Absolute Zero - 絶対零度 - 』


架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング


歌:詩音 - shion - & Chrono・Sphere


https://suno.com/s/3FHBugLbcSegfo6q

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