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第16話「流音ともう一人のグルメで存在感皆無な歌姫」PHASE 02 START

挿絵(By みてみん)


電脳都市ネオルミナのストリートを熱狂の渦に巻き込んだ『リーダー選出電脳総選挙』の余波が、いまだ冷めやらぬ中央区画。

情報ネットワーク企業が管理する配信スタジオの特設ブースには、無数のホログラムカメラと眩い照明が焚かれていた。


「――というわけで! 電脳都市を揺るがした『Chrono・Sphere』のリーダー総選挙ですが、いやはや凄まじい盛り上がりでしたね! そして本日のゲストは、自他ともに認める絶対女王・詩音さんから、リーダー特権で直々にサブリーダーへと任命された、時の人! 流音さんにお越しいただきました!」


軽快な口調でカメラへ向けて捲し立てる男性司会者の横で、流音は満面の笑みを浮かべ、胸を張って手を振った。


「どうもー! みなさんこんにちは、Chrono・Sphereのサブリーダー、流音でーす! いやぁ照れるなぁ。そうなんですよ、絶対的リーダーの詩音様から直々に『私の魂の最も近くで支えてくれるのはあなたよ』って任命されちゃってさ! もうね、選挙の疲れなんて一瞬で吹き飛んじゃいましたよ!」


「ははは! 以前からお二人の間には、他の方々とは一線を画す絶対的な信頼というか、熱い友情があるとお伺いしていましたが……」

「友情だなんてそんな生ぬるいもんじゃないよ! もう愛、完全にLOVEだからね!」


両手で大きくハートマークを作ってご満悦の流音。


――その配信映像を、地下リハスタジオのモニターで見つめていたメンバーたちの反応は、当然ながら冷ややかそのものだった。


「くぅ〜〜〜っ! いったい何なんですの、あの粗忽者は! せっかく私たちが花を持たせて差し上げましたのに、自分だけが詩音様の特別ですと言わんばかりのあのふざけた態度は!」


久音が扇子をギリギリと鳴らして憤慨し、その隣で深音もおっとりと紅茶のカップを置きながら、額に青筋を浮かべている。


「……深く、同感ですね。詩音様の威光を笠に着て、いくらなんでも調子に乗りすぎています。帰ってきたらみっちりと調律し直してあげなければいけませんね」

「まあまあ、お二人とも……。流音ちゃん、嬉しくて舞い上がっているだけですよぉ」


透音がおっとりと仲裁に入る横で、機材の上で丸くなっていた澪音が、不満そうにネコ耳フードを揺らした。


「う〜……流音のやつ、アタシを置いてあんなとこで何やってんだよー。お腹空いたー! 早く帰ってきてご飯作れー!」

「今どき、リモート配信じゃなくてわざわざスタジオに本人が出向くなんて、この番組ってホント旧世代っぽいよね」


奏音がスティックを指先で回しながら呆れ顔で笑い、壁際でショルキーを抱えていた璃音も「せやせや、相変わらず要領の悪いバイオリン女やで」と鼻を鳴らした。

そんな刺々しい空気を和らげるように、スコアブックを閉じた詩音がふわりと微笑んで声をかける。


「まあまあ、みんな。今日はせっかくの流音のメディア出演でもあるのだから、大目に見てあげましょう」


絶対女王のその柔らかなひと声に、尖っていた面々も「……はーい、分かりました」と一斉に毒気を抜かれ、渋々ながらも頷くしかなかった。

画面の向こうでは、そんな仲間の殺気など露知らず、流音がカメラに向かって満面のドヤ顔を晒し続けている。


「――さて!」


司会者が手元のタブレットをタップし、トークのテーマを切り替えた。


「今回、ネオルミナの歌姫界隈でも屈指の『食に対する深い造詣』をお持ちのお二人にスタジオへお越しいただいたのは、他でもありません。音楽と料理、その極上のマリアージュについて語り合っていただくためです!」


「へへっ、任せてよ! アタシの作る料理は、Chrono・Sphereのスタミナとグルーヴの源だからね!」


腕まくりをして鼻息を荒くする流音。だが、司会者の言葉にふと首を傾げた。


「……ん? ちょっと待って司会の兄ちゃん。『お二人』って何? ここ、兄ちゃんとアタシしかいないじゃん」

「ははは、流音さん、またご冗談を。今回のゲストは、流音さんを含めてお二人ですよ」

「はぁ? 冗談って……」


流音は眉をひそめ、スタジオ内を見渡した。カメラマンとディレクター、そしてテーブルを挟んだ司会者。それ以外には誰もいない。


「いや、ですから。番組開始時から、そちらの右隣にもうひとりのゲスト――歌姫の幽音(ゆおん)さんが座っていらっしゃるじゃないですか」

「……え?」


流音は怪訝そうに、自分の右隣へと視線を滑らせた。

そこには確かに、机の上に『幽音 ー yuon - 』とホログラム印字されたネームプレートが置かれていた。

そのプレートの、すぐ奥――。


「…………っ!?」


流音の心臓が、ドクンッ! と跳ね上がった。

いた。

最初からずっと、そこに座っていたかのように。


ダボダボの、オーバーサイズの黒いパーカー。フードを目深にかぶり、襟足の短い黒髪を無造作に覗かせた小柄な少女が、膝の上で手を重ねて所在なげに座っていたのだ。

空気の揺らぎすらなく、影の薄さという次元を超えて、完全に景色と同化していた。


「うわあああああああっ!? ひ、人が生えてるぅうううううっ!?」


椅子ごと飛び上がり、転がり落ちそうになりながら叫ぶ流音。

心臓の激しい鼓動が耳の奥で早鐘を打つ。

驚愕に目を見開く流音に対し、フードの少女――幽音は、ゆっくりと顔を上げた。


透き通るような、けれど光のないアンニュイな瞳。感情の起伏がまったく読めない虚無の表情のまま、幽音はボソリと呟いた。


「……何、急に叫んでるの。初対面なのに失礼な人……」

「し、失礼ってアンタ! ホントに最初からそこに居たのかよ!?」

「……最初から居たけど。ウチ、幽音」

「気配が! 気配が1ミリもなかったんだよ! ホラーかよ!」

「……まあ、いいけど。ウチ、いつも周りから空気扱いされるから……」


幽音は面倒そうに視線を落とし、ダボダボの袖の中に両手を引っ込めた。

あまりの存在感の薄さに、流音は開いた口が塞がらない。


「え、ちょっと待って……アンタ、一人称『ウチ』なの? 関西出身? 璃音の知り合い?」

「……違うけど。ネオ・オーサカとか行ったことない」

「じゃあなんで『ウチ』なんだよ!」

「……言いやすいし、気に入ってるから。ウチはウチだし……」


脱力しきった幽音の返答に、流音のこめかみがピクリと引き攣る。


「コ、コイツ……なんなんだこの掴みどころのなさは……!」


そんな流音の混乱をよそに、司会者は平然とした顔で進行を続けた。


「さあ、というわけで! 食への強いこだわりを持つ流音さんと、知る人ぞ知る孤高のグルメ歌姫・幽音さんによる、料理の流儀対決へと参りましょう!」

「ちょっと待ってよ兄ちゃん! この幽音ってのが、食の達人だって!?」


流音が指を差すと、幽音はアンニュイな瞳をわずかに動かし、感情の乗らない声で言った。


「……流音も料理するらしいけど。ウチ、食材の扱いで人に劣ったことないから」

「な、なんだってぇぇぇッ!? 言ってくれるじゃん! 上等だよ、アタシの料理論で叩き潰してやる!」


そこから始まったのは、番組の主旨を完全に逸脱した、壮絶な「食のディベート&実演バトル」だった。


流音の武器は、現場仕込みのスタミナ飯と素材の直球勝負。強火で一気に炒め上げるストリートの熱量をぶつける流音に対し、幽音の手際は異様だった。

だるそうに、やる気のない仕草で包丁を握りながらも、その刃先は食材の繊維をミリ単位で完璧に捉え、一切の迷いなく調和のとれた下処理を施していく。塩ひとつまみ、火加減の微細な調整に至るまで、幽音の指先は食材のポテンシャルを極限まで引き出していた。


「な、なんだよコイツの火の通し方……! 雑味を完璧に消去して、旨味だけを何層にも重ねてやがる……!?」


流音は息を切らし、額の汗を拭った。対する幽音は、だらりとダボ袖を揺らしながら、小さくあくびを噛み殺す。


「……ふぁあ。もう終わり? 流音の味付け、ちょっと塩気が強すぎる……。もっと素材の声を聴いたほうがいいよ」

「ぐ……っ、コイツ、ただもんじゃないな……!」


主体性の欠片もないダウナー少女の皮を被った、規格外の料理モンスター。

食への異常な執着と、流音のプライドを根底から揺るがす腕前を前に、流音は歯ぎしりを鳴らすしかなかった。


「素晴らしい! まさしく甲乙つけがたい、奇跡のセッションでしたね!」


司会者が興奮気味に拍手を送る。

そして、そのまま台本にはない不敵な笑みを浮かべ、カメラへ向かって告げた。


「さて、熱い料理対決を終えたところで……本日は特別に、めったに表舞台へ姿を現さない幽音さんに、歌を披露していただこうと思います!」


「……え?」


幽音がピタリと動きを止めた。光のない瞳をわずかに見開き、司会者を凝視する。


「ウチ、そんな話聞いてないけど。料理の話だけって言ってた……」

「すみません、番組側からのサプライズ演出なんです! このネオルミナに潜む、熱狂的な幽音ファンのためにも、ぜひお願いできませんか!」

「……えー。だるい。帰ってお腹いっぱいご飯食べたい……」


本気で嫌そうに眉を寄せる幽音。だが、司会者が拝み倒すように頭を下げ続けるのを見て、深いため息をひとつ零した。


「……やれやれ。仕方ないなぁ……。今回だけ、本当に特別だからね」

「歌ぁ!? コイツが歌うのかよ!?」


流音が目を剥く中、幽音は重い腰を上げ、スタジオ中央に設置されたマイクスタンドの前へと歩み出た。


オーバーサイズの黒いパーカーに、無造作な黒髪ショート。

やる気のない猫背のままマイクに手をかけたその瞬間――スタジオの空気が、不気味なほど急速に冷え込んだ。


「ありがとうございます! それではお聴きいただきましょう。幽音さんで――『Void Resonance』!」


伴奏が流れ出す。

重厚で退廃的なダークサイバーポップ。アンビエントなエレクトロサウンドが空間を満たした、まさにその瞬間のことだった。


「――っ、…………」


幽音の薄い唇が開かれ、放たれた第一声。


空気が、凍りついた。


透き通るような、けれど触れれば指が切り落とされるほど鋭利な透明度。

先ほどまでの脱力感や気配のなさが嘘のように、その歌声は絶対零度の刃となって、スタジオの音響空間を一瞬で塗り潰した。

哀切と虚無を孕んだ圧倒的な倍音。聴く者の鼓膜を麻痺させ、意識を深淵の底へと引きずり込むような、異様な空間支配力だった。


「な……っ!?」


流音は息を呑み、金縛りに遭ったように立ち尽くした。

肌が粟立ち、背筋を冷たい悪寒が駆け抜ける。


詩音の天上から降り注ぐような神聖さとも、澪音の奔放なノイズとも、璃音のド派手な爆音とも違う。

何もない暗闇――虚無そのものが響き渡るような、底知れない歌声。


(ウソでしょ……。こんな……アタシの知らない歌姫が、このネオルミナにはまだいたっていうのか……!?)


衝撃に震える流音を見つめることもなく、幽音はただ光のない瞳のまま、冷たい旋律を電脳都市の空へと解き放ち続けていた。


(第16話「流音ともう一人のグルメで存在感皆無な歌姫」おわり(PHASE 02 START) / 第17話へ続く)

メインヒロインのひとり幽音(ゆおん)が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです


『Void Resonance』


架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング


歌:幽音 - yuon - & Chrono・Sphere


https://suno.com/s/O8JipzWRpiNDUmx1


【公式】Chrono・Sphereキャラクター名鑑 幽音 - yuon -

https://note.com/marimocyan_org/n/nff6048fec241?sub_rt=share_pw

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