第17話「幽音と詩音のファーストコンタクト」
幽音が放った第一声は、スタジオの空気を一瞬で凍りつかせた。
普段のやる気のなさを塗り潰す、絶対零度の透明度と虚無を孕んだ歌声。詩音の神聖さとも、澪音や璃音の爆音とも違う底知れない空間支配力に、流音は悪寒を覚えながら立ち尽くすしかなかった。
最後の余韻が空気に溶け込み、スタジオに深い静寂が落ちる。
歌っている間、あれほど凛と張り詰めていた幽音の背筋は、演奏が終わった途端、まるでぜんまいが切れた人形のように元の猫背へと戻っていった。
だらりとダボ袖を揺らしながら、足音もなく流音の前へと戻ってくる。
「というわけで! 以上、幽音さんでした〜〜〜!」
司会者の拍手と歓声が響く中、幽音は「……ん」と短く喉を鳴らした。
流音はいまだ現実を受け止めきれず、ポカーンとしたまま幽音を見つめている。
「お、おい、アンタ……」
「ん? 何、流音。……ウチは幽音。ちゃんと名前で呼んで」
「あっ、悪い悪い! ただ、あんまり凄かったから……」
「スゴイ? スゴイって何が?」
「いや、正直、幽音の料理スキルやステージが凄すぎて……」
「……?」
「正直、ビックリした」
「そう……。ま、まあ、悪い気はしないけど」
感情の読めない瞳のまま、幽音は小さく首を傾げた。
流音はごくりと喉を鳴らし、真剣な眼差しで身を乗り出す。
「そ、それでさ……」
「何?」
「アタシら、Chrono・Sphereのアジトに来ないか?」
「…………」
「?」
「……初めに言っておくけれど、ウチはChrono・Sphereに入る気はないよ」
「ぐ……っ! ま、まあ、それとは関係なく! たぶんみんなも幽音に会って話をしたいと思うんだ」
「ふ〜〜〜ん、そっか」
「どうかな?」
「…………」
「もし来てくれたら、みんなに紹介して美味しいものを一緒に作って食べないか?」
「……メシ?」
「そ、そう! 一緒にメシを作って食べようよ!」
「……つまり、食材を提供してくれると?」
「うん!」
「……うん、じゃあ行ってあげる」
「おお……っ! あ、ああ……みんなも喜ぶよ!」
司会者が満面の笑みで締めのコールを入れる。
「それではお二人とも、今日はありがとうございました〜〜〜!!!」
「ほなら、またな兄ちゃん!」
「それじゃあ、司会の兄ちゃん、今日のギャラはここに入れといて」
「は、はひっ……!」
個人端末のコードを差し出す幽音の背中を見つめながら、流音は心の中で呟いた。
(……なんかスッゴイしっかりしとるな)
中央区画の片隅。
Chrono・Sphereの本部――というか、メンバー全員が居着くようになった詩音のマンションの一室。
「……というわけで、今日ご一緒させてもらった幽音さんを連れてきたで!」
流音の声とともに部屋に入ってきた幽音を前に、リビングのメンバー全員が息を呑んだ。
「…………」
「こ、これが、さっき流音と一緒に出演していた……」
「ほ、本物ですの……?」
深音と久音が目を丸くし、宙に浮かんだ透音は「ほわわ〜〜〜、透音と同じような感じがします〜〜〜」とおっとり手を合わせる。
澪音は機材の上からじーーーっと幽音を見つめ、奏音は「ねえねえ、ボクたちと一緒に踊ろうよ!」と駆け寄ってくる。
壁際では、璃音がショルキーを抱えて一歩踏み出した。
「ふん、アンタ、なかなかやるやんか。一度会ってみたいと思っていたで」
「…………」
(……何なんだこの人たちは……)
呆気にとられる幽音の横で、流音は頭を掻いた。
「ははっ、みんな幽音に会えて喜んでいるんだよ、きっと」
「……なんか、個性的な人たちばかりだね」
「(そりゃ、アンタもだろが!)」
その時だった。
部屋の奥にいた詩音が、静かに幽音を見つめていることに気づく。
「ん? どったの詩音様?」
「…………」
「…………」
(……この人、他の人たちと違う)
詩音がスッと幽音に近づいて、白く柔らかな手を差し出した。
「はじめまして、わたしは詩音。あなたの歌、さっき流音との配信で見ていたわ。すごくいい歌だった」
「……詩音」
「なに?」
「詩音の声、すごくいい。ちょっと歌ってみてもらえない?」
「あっ、あの幽音から積極的に動いた!」
驚く流音をよそに、幽音はじっと詩音を見つめる。
「どうかな?」
「ええ、いいわよ」
「詩音様……!」
深音が慌てて立ち上がる。
「詩音様、それじゃあ、BGM流す?」
「ご一緒させていただきますわ!」
「みんな、ありがとう。でも最初はわたしだけの歌を幽音に届けたいの」
「……うん、わかった」
「それじゃあ、詩音様のステージが終わったらみんなでいきましょう」
「ええ」
詩音が静かに瞳を閉じ、息を深く吸い込む。
そして、一人きりの独唱が始まった。
楽器の音も何もない、完全な生の声。
それなのに、声が放たれた瞬間、狭い部屋の空気がガラリと変わり、まるで空間そのものが別の世界へと塗り替えられたような感覚に包まれる。
「すっ、すごい……」
幽音の肩が震えた。
耳から入った声が、胸の奥、魂の芯まで直接届いて震わせてくる。
Chrono・Sphereのメンバーたちがそうであるように、幽音もまた、初めて直に触れたネオルミナ最高峰の歌声の前に、ただ言葉を失って圧倒されていた。
(第17話「幽音と詩音のファーストコンタクト」おわり / 第18話へ続く)
メインヒロインのひとり流音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『Eternal Pulse 』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:流音 - ruon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/yZg41ih7bzNO4DFO




