第6話「重力なき透明な歌声とマイペースな参戦」
ネオルミナの遥か上空、大気圏スレスレに浮かぶ空中浮遊都市『クラウドワン』。
見下ろせば果てしない雲の絨毯が広がり、高層リフトが風を切る重い唸りを響かせている。ここで、4人での初の遠征ゲリラライブが決まっていた。
「へえ、『身体がホログラムみたいに透けてて、重力を無視してプカプカ浮いてるヤツがいる』ねえ……」
展望デッキの手すりに寄りかかり、端末のローカル掲示板をスクロールしながら流音が鼻を鳴らす。
「まあ、急上昇中のアタシたちの爆速ビートと楽曲を聴かせりゃ、どんな変わり者でも一発でファンになっちゃうでしょ!」
「それもこれも、すべて私の完璧な映像演出と情報発信のおかげですけれどね」
隣で腕を組む久音が、ツンと顎をそらした。
「オマエなあ……! 自分ひとりの力だけでここまで来たと思ってんのか!?」
「そんなことありませんわ。詩音様の天使のように透き通った尊い歌声と、深音さんの重厚なベースラインがあってこそですわよ」
「アタシには!? アタシには何か言うことないわけ!?」
「そうやってすぐ相手の挑発に乗っては、はしたない自己顕示欲に駆られる……そういうところがお下品だと言っているんですのよ、流音さん?」
「ぐぎぎぎ……!」
噛みつく流音を尻目に、詩音がふわりと二人の間に歩み寄った。
「ふふ、ありがとう久音。あなたが仲間に入ってくれたおかげで、わたしたちもここまで来られたわ」
その瞬間、久音の表情が一変した。
耳元まで真っ赤に染め、羽織の袖をぎゅっと握りしめてペコペコと頭を下げる。
「そっ……そんな、詩音様がいらっしゃるからに決まっておりますわ! 私は貴女の尊い歌声をまだ聴いていない不幸な方々のために、一人でも多くそのお声を届けようとしているだけでして……!」
「コイツ、アタシへの態度と違いすぎんだろ……!」
「久音、流音をイラつかせると面倒だから、放っておきなさい」
「深音さん、はぁい、わかりましたわ」
「深音……おまえ、この間『神経質そう』って言ったことまだ根に持ってんのか!?」
「さあ? どうせ私は神経質ですから」
「お、おまえら……! まったく、どいつもこいつも……!」
流音がギリギリと拳を震わせた、その時だった。
「ふわぁ……」
気の抜けたあくびとともに、デッキの外側――柵もない空中に、人影がふわりと浮き上がってきた。
身体の輪郭がプリズムみたいに透けていて、足元には推進装置の火花すらない。完全に重力を忘れたように、風に流されて漂っている。
「あっ、あれ何……!?」
思わず詩音が目を見張る。
「あれが、さっき街の人たちが言っていた……」
「不思議な浮遊少女、ですわね」
久音と深音が呟く横から、流音が手すりから身を乗り出した。
「出たな、噂の怪しさ満点の重力無視少女!」
流音がビシッと指を差して駆け寄る。
「おいアンタ、今日の夕方から広場でアタシたちのライブがあるんだ! 絶対度肝抜かれるから聴きに来なよ!」
浮遊少女は空中でゆっくりと首を傾げ、眠たげに目を細めた。
「何ですかあなた、初対面の人に対して失礼ですね~」
「流音のやつ、言われてやんの」
「そりゃあ、いくらなんでも失礼すぎますわよ」
「まったく、あいつは礼儀作法というものが……」
流音の背後から、深音と久音のヒソヒソ声がはっきりと聞こえてきた。
「…………」
「聞こえてるぞ、お前たち!」
「ひゃうっ」
流音が背後に釘を刺すと、再び不思議な少女のほうへ向き直った。
「何ですか~あなた方は~。特にそこの元気いっぱいのうるさい女の子は……」
「やかましいわ! それよりライブに来てくれよ、絶対後悔させないからさ!」
「う~ん……透音、まったく興味がないです~」
「…………」
「流音……」
「バッサリだな!?」
「ええ、バッサリですわね」
「…………」
「ふぁあああ~~~、今はお昼寝の時間ですので……。どうしても用事があるなら、後でうちに来てください~……」
言うが早いか、透音の身体は薄い光の粒のようにスーッと薄くなり、そのまま空気に溶けるように消えてしまった。
---
夕方の初ゲリラライブは、上々の盛り上がりで幕を閉じた。
だが、機材を台車に積み込むステージ裏で、流音は頭を抱えて唸っていた。
「……で? あいつ『用があるなら後でうちに来て』とか抜かしてたけどさ、そもそもどこに住んでるか聞いてないんだけど!?」
「今さら気付きましたの? 本当に考えるよりも先に身体が動くお方ですわね」
久音があきれ顔でエディットデバイスを指先で回す。
「あの様子では、ローカルの住民台帳にもまともに登録していないでしょうし」
「手当たり次第に聞き込みさ! あんな目立つヤツ、誰かしら見てるでしょ!」
「こ、この30世紀にそんな21世紀頃の刑事ドラマみたいなことするのか?」
「まったくですわ」
「捜査は自分の足で稼ぐものさ!」
「なんて十世紀錯誤な……」
「はあ……」
呆れる深音と久音を置き去りに、流音は広場の警備ドローンや屋台の店主を捕まえては「白っぽくて透けてて浮いてるヤツ見なかった!?」とがなり立てて回った。
一方の久音は、「野蛮ですわ……」とため息をつきながらも端末を展開。クラウドワン上空の大気循環ログと、防犯カメラのフレーム欠損データを高速で照合し始める。
「いたぞ! さっき西の浮遊ブロックのほうへ、風船みたいにぷかぷか流されていくのを見たって!」
息を切らして戻ってきた流音の前に、久音が得意げにホログラム画面を突きつけた。
「フン、足を使わなければ情報も取れませんの? こちらでも気流の乱れと局所的な反重力反応から、移動ルートの逆探知が完了いたしましたわ」
「へえ、やるじゃん! 口は悪いけれど手際だけは良い久音さん」
「誰が口が悪いですの! 事実をありのままに述べて差し上げているだけですわ! ……で、深音さん。この座標ですけれど」
端末を覗き込んだ深音が、静かに顎を引いた。
「クラウドワンの最外縁部。気圧とノイズが一番低く、人が寄り付かない隔離ブロックね。……あの子の気質には、ぴったりの場所だわ」
「よっしゃ、場所が割れりゃこっちのもんよ! 乗り込むぞ!」
---
4人は連絡リフトと簡易エアバイクを乗り継ぎ、雲海の上にポツリと浮かぶ、小さな木造のコテージへと辿り着いた。
「おい、居るんだろう! 開けてくれよ!」
流音が扉を乱暴に叩くと、ガチャリと頼りない音を立ててドアが開いた。中から出てきたのは、モコモコのパジャマに身を包み、目をこする透音だった。
部屋に上がり込むなり、流音と久音のマシンガントークが炸裂する。
「今日のライブ、すっごい盛り上がりだったんだから! アンタ見逃して損したわよ!」
「そうですわ! 私の緻密なグリッチ演出と詩音様の歌声があれば、この浮遊都市など一晩で掌握できますのよ!」
二人がどれだけまくし立てようと、透音はソファに深く沈み込み、ハーブティーをすすりながら「はあ~」「そうなんですか~」と暖簾に腕押し。全く響く気配がない。
流音と久音の息が切れたところで、部屋の隅に立っていた深音が、深いため息をついた。
「……どうでもいいけれど。初対面の人様の家に押しかけて、うるさいな」
冷たい静けさをたたえた低い声。
その瞬間、透音の耳がピクリと跳ねた。
「あら……? この騒がしい方々の中に、私と同じように静かな時間を大切にする方がいらっしゃるのですね……?」
透音が初めて、興味深そうに深音を見つめた。
深音は表情を変えず、隣にいた詩音の肩へそっと手を添える。
「静寂を好むなら、この声の意味がわかるはずだ。……詩音様、少しだけ」
「うん」
詩音が短く息を吸い、そっとメロディを口ずさんだ。
伴奏もマイクもない、喉から零れ落ちたそのままの澄んだ声。部屋の空気が一瞬でピンと張り詰め、流音も久音も反射的に口をつぐんだ。
透音の丸い瞳が、すっと見開かれる。
「……綺麗な、波ですね……」
透音はゆっくりと立ち上がると、足先を床から数センチ、ふわりと浮かせた。
「私の歌も……聴いていただけますか?」
放たれた第一声に、流音の喉が「ひっ」と鳴った。
さっきまでの気の抜けた喋り方が嘘みたいに、どこまでも抜けるハイソプラノ。耳の奥にスッと刺さるような鋭さと透明感に、思わず腕をさする。鳥肌が止まらない。
久音も言葉を失ったまま、端末を握りしめて固まっていた。
「素晴らしいな……」
深音が静かに拍手を打った。
「詩音の高音に寄り添いながら、お互いの帯域を全く食い合ってない。空間を外へ外へと押し広げていく……綺麗なツイン高音だ」
「本当に、透き通るような綺麗な歌声ですね」
詩音が心からの笑みを向けると、透音は頬をほんのり染め、嬉しそうに空中でくるりと一回転した。
「褒められちゃいました~。……明日、一緒に歌ってみてもいいですよ?」
「よっしゃ! やった!」
「さすが詩音様!」
「流音じゃこうはいかない」
「さすがリーダーになるべき風格です」
「ああ、あいつはただうるさいだけだからな」
「うるさいぞおまえら!」
「きゃあ!」
「まあまあ、三人とも」
今までの自分とはまったく縁がなかった騒がしい人たち。透音はそんな彼女たちを、少し面白そうに眺めていた。
---
翌日、クラウドワンの中央広場。
「おい見ろ、ステージの上……誰か浮いてないか!?」
「演出のホログラムだろ? ……いや待て、影が落ちてるぞ、本物の人間だ!」
広場のざわめきを一瞬で切り裂いたのは、透音の突き抜けるようなハイトーンだった。
空中にふわりと身体を預け、光を透かせながら歌う姿に、足を止めた通行人たちが次々とステージへ群がっていく。
そこへ詩音の歌声がぴったり重なった。
地上で培われた詩音の芯のある高音と、空の気流のようにどこまでも抜けていく透音のハイトーン。ふたつの声が信じられない精度で噛み合い、広場を埋め尽くした観客のどよめきは、曲のラストで一気に地鳴りのような歓声と口笛に変わった。
ステージを終え、興奮冷めやらぬ舞台裏。
「ねえ、透音。もしよかったら、これからもわたしたちと一緒に歌ってくれないかな?」
詩音の誘いに、深音も静かに頷く。
「おまえの周波数は、このチームに必要なものだ」
(相変わらず、まだチーム名は決まっていないけれど)
透音はふんわりと微笑んだ。
「はい~、いいですよ~詩音さんと深音さんが一緒なら、どこへでも行きます~」
そのやり取りを、少し離れた場所で見ていた流音と久音が顔を見合わせる。
「……なあ久音」
「なんですの、流音」
「アタシたち、完全に蚊帳の外じゃない……?」
「な、なんですのあの子! 私の完璧な演出への賛辞はどこへ行ったんですの!?」
そんな二人を見て、透音は首を傾げた。
「う~~~ん、透音、静かなのが好きなので騒がしいのは苦手なんですよね~~~」
流音と久音が、なおも「アタシのビートも褒めなさいよ!」「私のグリッチ演出を理解できないなんて!」とやいのやいの言い合っている。
(でも~、根は悪くなさそうな人たちですから~そのうち慣れたら仲良くなるかもです~)
「ちょっと透音、アンタもなんか言いなさいよ!」
「そうですわ、誰のおかげで目立てたと思って……あ、ちょっと! どこへ行くんですの!」
「ふわぁ……お疲れさまでした~。透音、日当たりのいい場所でお昼寝してきますね~……」
二人の抗議を笑顔で聞き流し、透音はプカプカと雲の切れ間へ向かって浮かび上がっていく。
「待ちやがれーっ!」
「逃がしませんわよ!」
叫びながら追いかける二人を見送って、詩音と深音は顔を見合わせて吹き出した。
(第6話「重力なき透明な歌声とマイペースな参戦」終わり / 第7話へ続く)
メインヒロインのひとり透音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『インビジブル・トーン』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:透音 - suon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/VeUWrbzZR36qYMFZ
【公式】Chrono・Sphereキャラクター名鑑 透音 - suon -
https://note.com/marimocyan_org/n/n4352605c4c5b?sub_rt=share_pw




