第5話「電脳世界の天才クリエイター」
ルミナ・タワー60階。
詩音の部屋のメイン端末に映るアナリティクスを指で弾きながら、流音は上機嫌で鼻歌を歌っていた。深音が入ってからのステージ動画は、下層街のローカルネットで確実に数字を伸ばしている。
「へへっ、いいじゃん、いいじゃん! コメントも増えてきたし、これなら『シンギュラリティ・ライブ』の予選審査も余裕で――」
ピコン。
公式コンタクトフォームに、一通のダイレクトメッセージが飛び込んできた。
画面をタップした流音の顔が、一瞬で引きつる。
「……はあ!? なんなんだいコイツは!!」
画面を埋め尽くしていたのは、容赦のない長文テキストだった。
『楽曲の基本構造および位相管理は一定の評価に値します。しかし、映像編集、グリッチの差し込みタイミング、何より空間演出が壊滅的にお粗末ですわ。詩音様の天性の倍音と神聖なるポテンシャルを何一つ引き出せていません。素材の良さに胡座をかいた素人仕事。宝の持ち腐れとはこのことです。即刻、演出構成を一から見直すことを強く推奨いたします』
「ちょっと詩音様、深音! これ見てよ! アタシたちの演出が素人仕事だってさ! 顔も名前も出さない不審者が上から目線でケチつけてきてるんだけど!」
「あら……痛いところを突いてきますわね。確かに映像周りのデータ処理は、音響の片手間で流し込んだだけの簡易プロトコルでしたし」
紅茶を一口啜った深音は、画面を横目に至極冷静だった。
「深音まで何納得してんだよ! あーもう腹立つ! 文句があるなら直接面会しに来いって送ってやる!」
流音は荒々しくキーボードを叩きつけた。
「え~と、送信主のアカウント名は……久音? 久音って、あの……?」
数時間後。
タワマンのラウンジに現れたのは、和装をサイバーアレンジした羽織を纏い、紫がかった黒髪を結い上げた少女だった。手元には、幾重ものホログラムを操る専用のエディットデバイスを携えている。
少女は流音たちを一瞥すると、顎をツンと上へ向けた。
「お呼び立てに応じて差し上げましたわ。メッセージをお送りした、電脳世界でデジタル演出と映像設計を手掛けております久音です」
「出たな! アンタがさっきの長文野郎……じゃなくて、久音ってやつだな!?」
「野郎とは心外ですわね。私は純然たる事実をプロの視点から指摘したまでですわ。それに……」
久音は冷ややかに腕を組んだ。
「こちらはきちんと名乗り上げましたのに、そちらは自己紹介もなさらないの? 頭に血が上って、最低限の礼儀も抜け落ちていらっしゃるのかしら」
「ぐぎぎぎ……!」
「流音……」
(詩音様……!)
流音はスーッと息を吸い込み、強引に言葉を吐き出した。
「それなら名乗ってやるよ! アタシは流音! そんでこっちの神経質そうなのが深音で、こっちのコミュ障な歌姫が詩音様!」
「…………」
一瞬、ラウンジが静まり返った。
「流音! お、おまえ初対面の相手に向かってなんて自己紹介をするんだ! これじゃ私と詩音様が変わり者みたいじゃないの!」
深音が珍しく声を荒らげて立ち上がる。
だが、久音の意識はそこにはなかった。
「詩音……さま?」
その名を口にした瞬間、久音の目がわずかに見開かれる。
「あなたがあの、知る人ぞ知る電子の歌姫、詩音様なのですね! 道理で素晴らしい歌声だと思いましたわ!」
「そ、そうかな?」
「ええ! それに比べて……」
久音は露骨に視線を流音へスライドさせた。
「流音さんっておっしゃいましたわね? 深音さんはともかく、あなたのその荒々しいただうるさいだけの歌声、せっかくの詩音様の声を殺していますわ」
「なっ……!」
「見たところ随分と粗野でずぼらでやかましい性格。性格通りの歌声ですわね」
「何ぃ!?」
「まあ、あなたのことなんてどうでもいいんですの。それより、詩音様の原石としての輝きはこんなものではありません。生かし切れていない演出に憤りを覚えるのは、クリエイターとして当然です!」
「へえー言ったな!? 自信満々じゃん!」
流音は一歩詰め寄り、不敵にニヤリと笑った。
「そこまで言うならさ。アンタがアタシたちのチームに入って、自分の手でもっとバズらせてみなよ!」
「は……!? な、なぜ私があなたたちと組まなければなりませんの!?」
「おや~? 電脳世界で名を馳せる『あの久音さまともあろうお方』が、アタシたちをバズらせる自信がないとおっしゃるのかい~?」
「ぐ、ぎぎぎ……! 言ってくれましたわね! 面白い、やって差し上げましょう! 私のサイバー雅楽と緻密なデジタル演出で、あなた方の度肝を抜いて、ぎゃふんと言わせて見せますわ!」
「ぎゃふん!」
「……は?」
「ぎゃふんって言ったよ。はい決まり! さあ入って!」
「なっ……! あ、あなた流音さんっておっしゃいましたよね!? あなたのそういう品性を欠いたところが一番気に食わないと言っているんですのよ!!」
キーキーと声を尖らせる久音。
その横から、詩音が静かに歩み寄ってきた。
「ありがとう、久音」
詩音は胸元に手を添え、ふっと視線を合わせる。
「あなたが仲間になってくれたら、とても心強いな。わたしたちの歌を、もっと遠くへ連れていってください」
「…………っ」
久音の喉が小さく鳴った。
さっきまでの威勢が嘘のように消え去り、視線をあちこちに泳がせながら、羽織の袖をぎゅっと握りしめる。耳の先まで真っ赤になっているのを隠すように、久音は咳払いをひとつ落とした。
「……そ、それは……詩音様がそこまでおっしゃるのなら、やぶさかではありませんけれど……。まだ貴女の声を聴いていない愚民どもにその響きを叩き込むためなら、この久音、全霊を尽くす所存ですわ……!」
「うわぁ、急に敬語になった……」
半歩引いて呆れる流音の横で、深音は淡々と手元の端末を操作し、ログを保存した。
「……これでメンバー四名、確保ですわね」
(ユニット名は、まだ決まっていませんけれど……)
こうして、互いのエゴと美意識をぶつけ合いながら、4人の新たな歯車が噛み合い始めた。
(第5話「電脳世界の天才クリエイター」終わり / 第6話へ続く)
メインヒロインのひとり久音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『タイムレス・エコー』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:久音 - kuon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/x1K6FzdULLQJmxsL
【公式】Chrono・Sphereキャラクター名鑑 久音 - kuon -
https://note.com/marimocyan_org/n/n7afa9f5394a5?sub_rt=share_pw




