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第4話「深海の残響と沈黙のアンカー」

挿絵(By みてみん)


ルミナ・タワー60階、詩音の部屋の広いベランダ。

地上数百メートルの冷たい風が吹き抜けるデッキに、場違いな無骨さを放つ流音の愛機――ジャンクパーツを荒々しく組み上げたエアロバイクが、金属の熱をかすかに燻らせて停まっていた。


ネオルミナの摩天楼の隙間から、鮮烈な朝陽が昇ってくる。

黄金の光がバイクのフレームと、手すりに寄りかかる流音の横顔を照らし出す。


大きく伸びをした流音は、巨大なバックパックを肩に担ぎ直し、ガラス扉を開けて部屋の中へとずかずか踏み込んできた。


「やっほー詩音様!」


「えっ、流音!? それにその荷物は……!?」


「というわけで詩音様、今日からよろしくね~!」


流音はバックパックを床へドカッと放り出すと、両手を広げてみせた。憧れの詩音との同居。どうにも笑みが抑えきれない。


部屋の奥から出迎えた詩音は、額を押さえて深い深いため息をついた。


「……いったい何なんですか、流音は……」


30世紀の超高度管理社会、タワマン最上階の純白な部屋。温度も湿度も完璧で、食事といえばバイオドリンクが自動で出てくる世界に、突如として持ち込まれた下層街の混沌。


「…………」


無造作に置かれた擦れだらけのバッグから、オイルの匂いが微かに漂う。詩音には、そのすべてが整然とした生活を侵食するノイズにしか見えなかった。


流音は床の荷物を足先で器用にどかし、壁のメイン端末の前に陣取る。指先を躍らせると、空中に何重ものウィンドウが開き、データログがサササッと高速スクロールした。


「よ~し、情報整理完了! じゃっ、行こうか!」

「えっ、いったいどこへですか!?」

「うん? 決まってるでしょ! ネオルミナ最大の電脳共鳴フェス――『シンギュラリティ・ライブ』への出場を目指して、ジャンク街へGOさ!」

「シンギュラリティ・ライブ……?」

「下層街から上層まで、街中の電脳ビートメイカーとボーカリストが集まる最高峰のステージ! 何としてもそこに出なきゃ始まらない。あそこで予選をぶっちぎるために、まずはストリートでライブ実績のログを稼ぐよ!」

「はあ……」

「いいから、行こう!」


呆気にとられる詩音の手を掴み、流音はベランダへ連れ出す。バイクに二人乗りで跨がるなり、アクセルを一気に捻って街へ飛び出した。


タワマンの清潔な風を切り裂き、立体ハイウェイを一気に下降していく。

上層の整然としたビル群を抜けると、排気ガスと湿気が混じり合い、視界は極彩色のネオン看板と錆びついたダクトがひしめく下層街へと切り替わった。


まず降り立ったのは、下層第4区画の開けた広場だった。


「ヘイヘイ、耳かっぽじって聴きな! これがアタシたちの音だァ!」


大見得を切ってデッキを叩く流音。


だが――。


シーン……。


行き交う住人たちは誰一人足を止めず、通り過ぎていく。乾いた風の音だけが吹き抜けた。


「…………」

「…………」

「流音」

「うん? 何? 詩音様」

「誰もわたしたちに気づいていませんが」

「えっと……」

「ここへ来た意味、ないですよね。あまり外にはいたくないので、もう帰っていいですか?」

「ちょっと待ってよ詩音様!」

「……」

「ば、場所が悪かった! 移動しよう、移動!」


慌てて機材を抱え直し、流音は詩音の手を引いて路地裏を走った。


辿り着いたのは、下層第4区画の奥深く――ストリート特設電脳ステージ。


頭上を交差するレーザーライト、ジャンクフードの油の匂い、荒くれ者たちの怒号に近い歓声。


「今度こそ見てなよ!」


流音はデッキから爆速のハイエナジー・ビートを叩き出す。耳の奥を直接ぶん殴るような四つ打ちとシンセリフが、フロアの熱を一気に沸点まで引き上げる。


詩音はマイクデバイスを構え、息を吸い込んだ。


――放たれたのは、タワマン最上階で磨き上げられた歪みのないハイトーンボイス。


ネオンの濁った空気を切り裂き、フロア全体の空気が凍りついたように静まる。次の瞬間、地鳴りのような歓声が爆発した。


バリバリッ……! ドガガッ、ズズゥン……!


いきなり大型ウーファーが悲鳴を上げ、耳を劈くハウリングがフロアを引き裂いた。


「きゃっ……!?」

詩音が歌を止め、耳を押さえて後退る。


「嘘でしょ!? 詩音の声の出力が高すぎてサブベースの位相が狂った!? 重低音が潰れて機材がオーバーヒートするっ!」


流音が必死にフェーダーを叩くが、暴走した低音は凶悪な不協和音を撒き散らすばかり。観客たちが顔を顰めて耳を塞ぎ、後ずさり始める。


その時だった。


――ヴォォォォォォン……。


フロアの床板を底から持ち上げるような、超低周波が響き渡った。

内臓に直接ずっしりと錨を打ち込むような、チェロ型シンセサイザーの極太の音色。


荒れ狂っていたノイズとハウリングが、分厚い水圧でねじ伏せられるようにピタリと消え失せた。


「……ノイズが多すぎますわ。音の本質はそこじゃない……深く、ね」


ステージの端。

アールグレイのカップを手にした濃紺ボブカットの少女が、空中に浮かぶチェロのホログラム弦を冷ややかに撫でていた。


「一瞬で音の崩壊を止めた……!? アンタ何者!?」

流音がステージから飛び降りて詰め寄る。


少女は紅茶を一口啜った。

わたくし深音(みおん)。海底都市ディープブルーの旧家より参りましたの。趣味で街の音ログを観測していただけですけれど……流音さんのビートは熱量こそあれど、低音の『重し(アンカー)』がまるで足りていませんわ。詩音様の圧倒的な高音と衝突して、自滅しかけています。まったく、美しくありませんわね」


「へえ……!」

流音はニヤリと笑うと、深音の手首をガシッと掴んだ。

「アタシたちの弱点を一瞬で見抜いたわけだ。だったらさ、紅茶飲んで講釈垂れてないで、アンタがアタシたちのアンカーになりなよ!」

「お断りいたします。わたくしは静寂と読書を愛する身。このような騒々しい場所など――」


手を振り払おうとする深音の前へ、詩音が静かに歩み寄った。


「ふふ。私の高音を受け止め、調律してくれるのは……貴女のような深い音色を持つ方だけですわ、深音さん」


「……!」


深音の指先がピクリと止まる。

差し向けられた詩音の真っ直ぐな視線を受け、深音はわずかに眉を寄せると、手元のホログラム弦を爪先で弾いた。


「……はあ。不完全で歪んだ波形をこのまま放置するのも、私の美意識に反しますしね」


深音は紅茶を近くのドラム缶へ置くと、手元のデバイスから太い光ファイバーケーブルを伸ばし、流音のメインコンソールのポートへカチリと接続した。


「流音さん、同じトラックをもう一度。BPMはそのままで結構です。私がサブベースの位相を組み直します」

「へへっ、話が早くて助かる! いくよ、詩音様!」


流音が再びデッキを叩く。

爆速のビートを、深音の紡ぐ海底のような超低音がガッチリとホールドした。


その揺るぎない土台の上へ、詩音の歌声が再び解き放たれる。

今度はノイズも音割れもない。二人の重低音に押し上げられた透き通る高音が、ネオルミナの夜の底からどこまでも真っ直ぐに突き抜けていった。


(第4話「深海の残響と沈黙のアンカー」終わり / 第5話へ続く)

メインヒロインのひとり深音みおんが歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです


『ロジカル・ブルー(解析不能の愛)』


架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング


歌:深音 - mion - & Chrono・Sphere



https://suno.com/s/bexo6W7nIgjx8WrJ

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