第3話「タワマン60階とジャンクなノイズ」
ネオルミナの空を貫くように聳え立つ、中央区画の超高層公共住宅『ルミナ・タワー』。
地上60階、オートロックの電子セキュリティをくぐり抜け、流音は詩音の部屋へと踏み入った。
「うわ……なにこれ、さっ寒っ!」
足を踏み入れた瞬間、流音が上げたのは感嘆ではなく、あきれ返ったような声だった。
広々とした室内は、まるで未開封の精密機器のパッケージ内のように無機質だ。家具らしい家具もなく、壁一面に設置された環境管理用モニターが淡いブルーの光を放っているだけ。床の白すぎるタイルから冷たい足音が返ってくる。生活感というものが1ミリも存在しない。
流音は備え付けの小さなキッチンを覗き込んだ。ピカピカに磨かれた冷蔵庫を開けると、中に入っていたのは透明なバイオドリンクのパウチと、サプリメントのケースだけ。それ以外の「食べ物」の気配は綺麗に排除されていた。
「寒くはありませんが。室内温度は常に22度に固定されています」
背後から、ひんやりとした詩音の声が飛んでくる。
「そういう意味じゃないっての! 何この味気ない部屋! 生活のノイズが一切ないじゃん。冷蔵庫の中身もこれだけ? 息がつまるわ!」
流音はリビングの中央へドカドカ歩を進めると、真っ白なソファにスニーカーのまま身を投げ出した。
「こんな実験室みたいな場所で暮らしてたら、そりゃバイオドリンクしか口にしなくなるわ。詩音様、昨日言ってたよね? 研究所が用意した部屋だって」
「ええ。わたしの歌唱数値を測定し、安定させるための専用住居です。外部からの雑音も遮断されています」
詩音はバイオドリンクのパウチを手にしたまま、不思議そうに首をかしげる。
彼女にとって、ここは「数値(Lv.30)」として管理されるための箱でしかなかった。温もりも色彩も、自分の意志で置いたものも何一つない空間。
「やっぱり、ダメだこりゃ」
流音はソファから跳ね起き、詩音の元へ一直線に詰め寄った。そして、華奢な肩をガシッと掴む。
「決めた! 今日からアタシがこの部屋を改善する!」
「はい……? 改善……ですか?」
「そう! 詩音様に必要なのは、管理された綺麗なデータじゃなくて世界を揺らすためのビートなの! おいしいもの食べて、いろんなノイズを身体に叩き込まなきゃ!」
「わ、わたしはバイオドリンクとサプリで十分――」
「拒否権なーし! ほら、行くよ!!」
「えっ、ちょっと……またですか……!?」
昨日と同じように手首を掴まれ、詩音は抵抗する間もなくエレベーターへと押し込まれた。
エアロバイクでタワマンを飛び出し、流音は詩音を連れて下層街のジャンクショップへと飛び込んだ。
「これ、ベッドの上に置く! ほら、蛍光ピンクのハート型クッション!」
「待ってください流音、派手すぎます……!」
さらに隣の雑多な服飾街へ引きずり込まれ、流音は自分の趣味で選んだ派手なプリントTシャツや、ぶかぶかのパーカーを次々と詩音の体に押し当てていく。
「似合う! 絶対可愛い! ほら、これも試着して!」
「あの、わたしは規定の制服があるので……」
「いいからいいから! 世界一の歌姫が地味な格好してどうすんの!」
詩音は嵐のような勢いに翻弄され、色とりどりのショッパーを両手いっぱいに抱えさせられるハメになった。
「よし、次はメシだ!」
流音が目を輝かせて駆け込んだのは、下層街の小さな焼き菓子屋だった。
「ねえ流音、わたし、こういうのは……その、胃が受け付けないかもしれません」
「いいから一口食べてみなって! ほら、あーん!」
突き出された紙ナプキンの上には、香ばしい小麦と焦がしバターの匂いを放つ、不格好な巨大クッキーが乗っていた。
「ん……っ!?」
拒絶する間もなく口元へ押し込まれ、詩音は反射的にそれを噛み締めた。
サクッとした歯ざわりのあと、じゅわりと広がる濃厚なバターのコクと、ガツンとした強い甘み。人工的で均一なバイオドリンクとはまるで違う、強烈な味覚が口いっぱいに広がる。
詩音は思わず、紫の瞳を丸く見開いた。
「……あ……甘い、です」
「だろー!? これが『本物のメシ』の力だよ! 人間はこれ食って生きてるんだよ!」
満足そうに胸を張る流音。
その横で、詩音は手に持った焼き菓子をもう一口、小さくかじりついた。サクッ、と心地よい音が響く。
ほんの少しだけ、詩音の硬かった表情が緩んでいた。
その横顔を見つめながら、流音は胸の奥で拳を握りしめた。
――この歌姫は、絶対に誰にも渡さない。アタシの手で、最高のステージへ連れていく。
無機質だった詩音の世界に、流音という強引で温かいノイズが、確実に溶け込み始めていた。
(第3話「タワマン60階とジャンクなノイズ」終わり / 第4話へ続く)
メインヒロインのひとり流音が歌う、Chrono・Sphereのキャラクターソングです
『Ignition Flame』
架空アニメ 「 Chrono・Sphere - 運命の旋律 - 」 キャラクターソング
歌:流音 - ruon - & Chrono・Sphere
https://suno.com/s/TdG6ZrP3IH9KdsHS




