第6話 それぞれの胸の内
数時間後。入学パーティーを終えてこの日は解散となった。
美夢ちゃんはこのまま西園寺さんの従者の仕事があるようなので、今日はここでお別れ。少し寂しいけど、再会できた喜びが勝っていてなんとかなっている。
笑顔でお別れを告げた後に家に帰る。ここまでならあの日と同じような感じだけど、1つ違うのは─。
「ふへへ~これが美夢ちゃんの連絡先か~」
今は便利なものでメッセージアプリなるものが存在する。
アプリを開けば一番上に表示される名前─『雨宮 美夢』が燦然と輝いている。
あの頃とは違って彼女の連絡先を手に入れたのだ!これならいつでも連絡を取り合える。なんて心強いんだ!
リビングのソファーに寝転んで、意味もなく何度も見返してしまっては、にやけている。客観的に見れば結構重症かもしれない。
「昴、よかったわね~また美夢ちゃんに会えて。私も挨拶できて本当に良かったわ。あのころと比べて少し大人びてたけど、相変わらず可愛らしいし礼儀正しい良い子だったわ」
「朝の屍みたいな顔が消えたな。良かった良かった」
母と康太も安心してくれたように表情は穏やかだ。父は言わないが同じように笑ってくれている。皆にはずっと心配をかけてばかりだったからね。というか、いつの間にみんなも美夢とは挨拶を交わしていたようだ。泣いてたから気づかなかった。
「うん! 人生で一番嬉しいかもしれない! これ以上の事はないかもしれない!」
「大丈夫だ。まだ15歳しか生きてない人生の一番なんて、すぐに更新していくもんだ」
「そうかな? ……はっ! 美夢ちゃんからメッセージが来たよぉー!!」
緊張のあまりつい正座になってからアプリを開く。
『(美夢)入学式、入学パーティお疲れ様でした。久々に昴君と一緒にいれて嬉しかったです』
『(昴)俺も美夢ちゃんと一緒にいれて嬉しかったよ~!!今日からまたよろしくね!』
そう返せばすぐにまた返信が返ってくる。これがメッセージアプリでの彼女との初めてのやり取り…!感極まって泣きそう。
「おおーん!! お、俺いま、メッセージでやり取りしてるぅ~! これが人類の英知!! うおおおぉーん…泣きそうだよぉ~!!」
「いやボロボロ泣いてるよ。それにその英知とやらはこの世に存在して結構経つし…。ティッシュ使えって。それと泣くなら部屋で泣けって」
これには全員が少し呆れ気味だったけど、暖かく見守ってくれた。今日は色々あって心の堤防が壊れてしまったようで、涙は止まらない。
そんな中で、1つのメッセージに目が止まった。
『(美夢)昴君ってどれだけ食べられますか? 弁当の1つや2つくらいは大丈夫?』
「弁当の1つや2つ…?これって」
とりあえず『大丈夫だよ!』と返信。
「あらあら~。明日の念のためにお小遣い持っていってね。購買も食堂もあったし、なにかあったらそこで食べてね」
「はぁ~……今の時期は青いな、本当に。俺は明日から気ままな一人暮らし生活に戻らさせてもらうよ。これで気になってることの調査が捗る」
母はメッセージの意味が分かったようで、微笑ましく嬉しそうに見てきたし、康太は呆れたように部屋に帰っていった。ついでに康太は大学生で一人暮らしをしている。今日は俺の入学式を見るために帰ってきてくれた。良い兄だ。
それにしてもこのメッセージの意味…もしかして。いや、もしかしなくとも。
「俺、美夢ちゃんの手料理が食べられるってことですかぁ~!?」
多分そう。いやまだわからないけどさ。でももしそれが正解なら嬉しすぎる。
今日のいきなりの抱きつきといい、あの質問といい、めちゃくちゃグイグイ来てくれる。子供の頃から距離は近かったとはいえ、この5年間で美夢ちゃんの積極性は進化している。
その理由は…。
(いや今は考えない事にしよう。考えちゃいけない。いつかこの答えに向き合わなくちゃいけないけど、それは今じゃない!)
一方その相手である美夢は、ベッドの上で悶えていた。
「ああああぁ~……送っちゃいました……。1日中、私はなんてことを……!」
『どれくらい食べられますか?お弁当の1つや2つ』って…もう何をするのかなんて自分から答えを言ってしまったようなもので。しかも再会できた喜びで高揚してしまっていたとはいえ、いきなり抱きついてしまったり、かなり踏み込んだ質問をしてしまったりして、ただでさえグイグイ行ってしまっていた。
その場面が鮮明に蘇り─。
「うぬわぁ!! 思い出してはいけません!! あれはち……ち、違うんです……!」
何が違うのか自分でもわからないですけど、とにかく違う。
「感情が抑えられなくなっているのは事実ですが……もう子供じゃないのに。でも……」
むしろ子供ではないからこそ、この感情が抑えられなくなっているのかもしれません。
5年ぶりの再会。
人生で一番嬉しかった。
そして彼もあんなにも喜んでくれて、あの時の事を無理に訊くもせず私の意思を尊重してくれた。その姿はあの頃から何も変わることなく、むしろより強まっているというか。そんな姿が世界中の誰よりも輝いて見えて、それで…結果はこれ。しかもグイグイ行ってしまった事でさえも全部受け入れてくれた。
「そんなことされたら私は……だ、ダメですっ! それ以上は考えちゃ……本当にズルい。これは……むぅ……言い訳すらも見つからない。嘘をつくなんて……無理があります、よね」
子供の頃に胸の中に芽生えた感情は日に日に大きくなり、抑えられない。再会すれば錯覚だと思うのかもしれないと、勝手に思って蓋をしていた。
でも再会してわかったのは、この感情は──『本物』だったということ。
でももしかしたら、抑える必要などないのかもしれない。今はもう私たちの仲を引き裂く存在は近くにいない。むしろ応援してくれる方がいる。それにもう高校生。
一番時間を共に過ごせる時期。いま動かずして、いつ動くのか。
「高校生なんですから、遠慮する必要なんてありませんよね。この攻めの姿勢を加速させます!待っていてくださいね、昴君。絶対に振り向いてもらいますから─」
誰にも聞こえることの無い、宣戦布告を高らかに告げるのであった。
「あら~美夢も気合が入ってるわね。頑張ってね」
「はわぁっ!? い、いつからそこに!?」
振り返れば部屋の襖が開いていて、そこにはお母さんが立っていました。
誰にも聞かれないはずの宣戦布告は、余裕で聞かれていた。
驚きすぎて転びそうになりましたが、体幹トレーニングに鍛えていたおかげでバランスを崩しながら座り込むことに成功。しかし恥ずかしすぎてまたも全身が熱くなります。という全く気付かなかった。
「送っちゃいました~……って言って悶えている所からかしら。美夢が青春をしてくれては『ばあば』は嬉しいよ」
「全部見てるじゃないですか! それと、『ばあば』じゃなく『お母さん』です! もう、まだボケるには早いですよ……もっと自信を持ってください」
「そうだったね。ごめんね。そう私はお母さん! ということでお父さんへの晩御飯を作りつつ、『娘』の美夢にお料理を教えてあげるわね!腕によりをかけるから、ちゃんとあの子の胃袋を掴むのよ!」
「はい! お母さん。それと昴君は卵が好きなので卵料理多めで教えてくださいね」
「あらあら~美夢と同じねぇ」
「偶然です! 決して昴君の影響ではありませんから!」
そうして私は、たった1人の『お母さん』に料理を教えてもらうために立ち上がった。




