第5話 自分の生き方を決めた日
「小鳥遊君」
ボケーっとしていたら、急に西園寺さんに話しかけられた。ブロンド髪から覗く緑がかかった真剣な眼差しは、まっすぐ俺を見据えている。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと2人きりで話をしたいと思ってるの。いいかしら?」
なんだろう。ちゃんと聞いてきてくれているのに拒否の選択肢は一切なさそうなこの圧は。しかも目は笑っていないように見えるし、なんならその目には炎が浮かんでいるように覇気が宿ってるし。目を付けられないという学校生活の目標は、早くも崩れ去った。
「ハイ、ヨロコンデ」
怖すぎて泣きそうだけど、これは当然かもしれない。美夢ちゃんが従者を務めているいわば雇い主であり、ここ5年間の友人なのだ。俺の事を知らないであろうから警戒されるのは当たり前。しかし当の彼女も西園寺さんの行動の真意はわからないようで、少し首をかしげている。
引っ張られるように連れていかれたのは、ステージの舞台袖。周りからは袖で視界を遮られているし、少し離れた場所に美夢ちゃんが待機して見張っている。部屋に閉じ込められるとか想像していたから、悪くない状況だ。待機している美夢ちゃんは、こちらの様子が気になるようで少しソワソワしているが少し離れているため、大きな声で話さなければこちらの会話は聞こえそうにない。
「それで……ボクとなんの話が?」
「小鳥遊君の話は常々、美夢から聞いているわ。1番仲の良かった幼馴染だって」
俺の事を常々話してくれていた。それだけでも嬉しい。しかもこの感じ、大丈夫そう。よかった…さっきの目に宿る覇気は俺の気のせいだったかもしれない。
「で、貴方にとって美夢って何?」
前言撤回。全然気のせいじゃなかった。気のせいだと思ったことが気のせいでした。
一瞬にして彼女の背後には炎と鬼が宿ったかのような気迫が立ち込めてる。
(ひょえぇぇ~胸を撫で下ろしてる場合じゃない! これは何か一歩でも間違えば全てが終わる気がする!! 学校生活じゃなく人生が!! 絶対に終わる!!)
なにかを間違えればその瞬間─『ジ・エンド』。そんな気がする。
西園寺さんの気持ちの強さとでもいうのか、さっき彼女が『良くしてもらっている』と言っていたけどそれを見せつけられている形だ。大切にしてもらっているのは嬉しい事なのだけど、それが原因で俺の方に矛先が向くことになろうとは思ってもみなかった。
こうなったからには覚悟を決めよう。
だからこそよく考えろ。俺にとって美夢ちゃんとは─『雨宮 美夢』とはどういった存在なのか。
幼馴染であり、一番仲の良い異性だ。小さい頃からずっと一緒にいるし、特別な約束をした仲。普通の異性とは明らかに一線を画す存在。
でもそれ表現する最適な言葉は?
幼馴染?それはそうだけど全然足りない。
友達?これもそうだけど足りない。
親友?それも近いけどもしっくりこない。
巡る思考の中で思いついた言葉は、凄くありきたりで全く特別感はないものだった。
「俺にとって美夢さんは─『かけがえのない大切な人』、です。世界で一番幸せになってほしいし、いつも最高の笑顔でいてほしいと願っています」
『大切な人』。
それ以外に最適な言葉は見つからず。
5年という離れ離れになっていた時を経ても、この思いは子供の頃から変わることはなかった。むしろ再会して数時間でその思いはさらに強くなった気さえする。これが俺の答えだ。
さてあとは、西園寺さんがどう返してくるか。
「……フフ、そう。その言葉に嘘偽りはなさそうだし……良い答えね」
夜叉のような気迫は消え、穏やかな表情へと変わった。良かった!生き延びた!!
「美夢はあなたの話をする時は毎回嬉しそうに顔を綻ばせていたから、どんな人かはずっと気になっていたわ。私は自分の目で見て判断したくなるたちの人間なので、直接確認したかったの。少しでもふざけた様子だったらその時は……フフ、フフフ」
あぁ…その後の言葉は想像するだけで怖い。しかも上品な笑いなのに、鬼神がちらつくタイプの笑顔だから本当に怖い。大切に思ってくれている証ではあるのだから、喜ばしい事なのだけどね。如何せん自分に向けられた時の恐怖ときたら…ね。
「思いが伝わって本当に良かったです、えぇ本当に」
「もう1つ、私って友達思いなの」
「それはまぁ見たらそうだろうなぁって思ってました」
「だから、さっき言葉には覚悟持ってもらいたいの。小鳥遊君にはその覚悟がある?」
真剣な眼差しが俺に突き刺さる。でもその目は殺気や鋭い感情ではなく、ただただ少しばかり心配の色が出ていた。この思いには応えないといけない。
「あります! 5年間ずっと……ずっと、覚悟は決めてましたから」
この気持ちは、思いは──どんな困難があろうとも揺らぐ事はない。
未来の事は何一つわからないけども、そう確信が持てる。高校生になりたての俺の決意など、子供のおままごとの約束と何ら変わらないかもしれないけど、自分の生き方を決めるには十分なものだ。
「フフ、どうやら愚問だったみたいね。話に聞いていた通りの人だわ」
「だからといって買いかぶりすぎないでくださいね。俺はそんな良い人間じゃないんで。美夢さんが俺の事をどう話したのかは聞くのが怖いですが、覚悟以外は僕いたって普通の高校生。特徴なんて特にない一般人ですよ」
「特徴のない一般人でも、見る人によっては英雄よりも輝いているものよ。まぁとにかく、小鳥遊君は信用に値する人間だと確信が持てたわ。だから…美夢の事をこれからはしっかり見ててね。約束して」
「──約束します」
もう『黙ってどこかに行く』なんて選択をさせない。そのために俺は人として強くならなくてはいけない。この5年、ただただ黙って過ごしてきたわけではないからね。
「その答えが訊けて良かったわ。では、そろそろ戻りましょうか。これ以上話してたら、あの子が拗ねちゃうから」
「拗ねちゃう?」
西園寺さんが指さした方には、舞台袖に隠れながらも少しだけ顔を覗かせこちらを見ている美夢ちゃんの姿だった。少しムスッとしたような表情はまさに拗ねる寸前の顔。
俺たちの視線に気づいて『はわぁっ!』と小さく声を上げて、慌てて視線を逸らした。頬を赤く染めつつ、『何も見てないですよ?』みたいに振舞っているけど、ばっちり目が合ってたし、可愛らしい姿の一部始終を完全に見てしまっていたのでそれは無理がある。
どうしてあんな表情をしていたのか…さっぱりわからない、という事にしておきたい。もし違ってたら自意識過剰で恥ずかしいし。
「じゃあそういう事だからよろしくね、小鳥遊君」
「はい! 承知しました! 任せてください」
西園寺さんの思いも背負いながら、俺は彼女の側に入れるように生きていく。
もうあの頃の様に、黙って目の前からいなくなられる人間でいるわけにはいかない。




