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第4話 訊きたい話

「……」


 5年前。

 それは最高の幼馴染であり、かけがえのない大切な人が1通の手紙を残して、何の前触れもなく忽然といなくなった日。

 人生で忘れる事はできないもっとも辛い過去だ。


 躱せない。躱してはいけない質問。


 この質問を訊くのにも、きっとそれなりの勇気が必要だったと思う。だからこそ俺は、全力で応えなくてはいけない。



「素直に言えば……訊きたいし、知りたいよ。世界のどんな謎よりも、気になる」


「……」


「なんで突然いなくなったのか、美夢ちゃんの身に何が起きたのか、どうして行先を手紙に書かなかったのか、それとも書けなかったのか。あんな気丈な事を手紙に書いてるのに、文字が所々涙で濡れてるんだもん。さっきの話で西園寺家から援助してもらってるって言ってたし……絶対に何かあったのに。でも俺からは──訊かない」


「なんで……?」


「美夢ちゃんが言うかどうかを悩んでいるのに、なんか理由を付けて無理に訊くのはダメだと思うんだ」



 この話をする時に彼女の瞳が一瞬、揺らいだんだ。

 さっきだって『色々あって』と言ってぼかしたし。きっとまだ俺に話す勇気は完全には持てていない。ただ事ではないことが起きていたのだろう。それこそ、人生を変えるような『何かが』。


「だから俺は、美夢ちゃんが言いたくなるまで訊かないよ」


 彼女は優しいから、俺が訊けばたぶん話してくれる。もしかしたら彼女は背中を押してくれることを、望んでいるのかもしれない。だからこそ、この返しは少し卑怯かもしれない。


 でも俺はこれが正しいと思って、彼女の心を守れると思って、そう選択する。



「それだと一生話さないかもしれないですけど……いいんですか?」

「もちろん、いいよ! だって今はまた、こうして一緒にいられるんだから」


「……っ!」


「ふぇ?」


 じっと見つめ合っていたら、いつの間にか手に暖かくて柔らかな感触が包み込んだ。一瞬で手を握られたのだ。こうして触れ合うのは本当に久しぶりで、また鼓動が脈を打つ。手から彼女の鼓動が伝わってくる。顔を伏せているから表情は見えない。でもベリーショートから覗く耳や頬っぺたは、ほんのりと赤い。顔をチラッと見ようとすると。


「み、見ちゃダメです! 絶対に顔は見ないでください! 見たら……グラブ・ジャムンを口に突っ込みますから!」


「わ、わかった! 警告の物が甘いお菓子なんて美夢ちゃんらしいね……」


 『グラブ・ジャムン』─インドの伝統的なお菓子であり、世界で1番甘いお菓子と言われている。その甘さは、甘くみられるものではなく『脳天に響く』と評されるほどらしい。流石に口には突っ込まれたくないな。見たらデコピンとかビンタするとかいうセリフは聞いたことがあるけども、チョイスしたのはまさかのグラブ・ジャムン。


 甘い物が好きというか、優しいというか、何処か不器用なんだよね。でもそこがいい。


「昴君は本当に……出会った時から変わりませんね」


 少し泣きそうで、でもその声は心底嬉しそうで。


 出会った時、か…。別に忘れてるわけでもなく、何ならほぼ完全に覚えているのだけれど、本当に何か特別な事をしたという記憶はない。でも俺は彼女にとっては忘れられない『何か』をしたらしい。それも心に残るような事を。


 俺はラノベの主人公みたいに無自覚系にはならないぞ、と思っていたけど、どうやら無自覚に何かしていたようだ。


(ダメだー全然わからない!)


 何も思い当たらない。これが無自覚系か。



「いつか……いつか必ず話しますから。だからその時まで待っていてくれますか?」


「うん、いつまでも待つよ! でもあんまり無理しちゃだめだよ。もうあの頃の小さな子供じゃないから、いつでも頼ってね!」


 その勇気が出てくるように俺も頑張らないと。何も努力せずに安心感を持ってもらおうなんて言うのは、物語の主人公とかおとぎ話の英雄じゃないと無理だからね。


「じゃあ次です!」


「はわぁっ!」


 突然手を離して顔を上げて、びっくりして変な声が出てしまった。せっかくそこそこいい格好を見せる事ができていたのに…はぁ、俺にはこういう役回りは務まらない。


「昴にはまだまだ聞きたいことが多いんですから!」


 握り拳を作り、爛々と瞳を輝かせてまっすぐ見つめてくる。なぜこんなにもやる気に満ちているのかは謎だ。でも生き生きしてくれていて良い。


「ま、任せてよ! なんでも答えるよ!」


「じゃあ……好きな人とかいますか?」


「……うぇっ!?」


 なんでも受け止めるとか言ったけど、このざまである。変な声は出るし、危うく咳込みかけた。


 でも仕方がない。


 最初の質問で『好きな人はいますか?』って、あまりにもド直球でヘビーすぎる。思春期の俺には刺激的な話題だ。



「お、俺に、って事……?」


「他に誰がいるんですか! まったく! …それで、どうなんですか?」


「えっとそれは…」



 どうしよう…どう乗り切ればいいんだ。ウソは付きたくないから何とかうまく受け流したいんだけど何も思い浮かばなくて、自分でもわかるくらいに目が泳ぎまくってしまう。


「や、やっぱりなし! 今のはなしです!」


 俺よりも先に美夢ちゃんの方が限界だったようだ。いきなり攻めては見たけど、耐え切れなかったパターンだ。セーフ。命拾いしたぜ。


「な、何でも答えるから落ち着いて!」


「焦ってなどいません! ただその……とにかく! 今の質問は忘れてください! 忘れなかったらグラブ・ジャムンを……」


「もうその甘いのは結構だよ! 大丈夫! 忘れる、忘れるから!」


 もうむしろそのグラブ・ジャムンを1回食べてみたい気さえしてきた。


「では改めての質問を……恋人はいますか?」


「ふぇっ!? こ、恋人ですか?!」


「恋人です!」


 つい声が上ずってしまった。『好きな人』を引っ込めたと思いきや、出された質問はまさかの『恋人』。こっちの方もかなり攻めた質問だ。


 でもこれなら…。


「まぁ勿論……いないけど。できたこともないし……」


 年齢=彼女いない歴。告白された回数も、した回数もゼロ。


「……フフン、そうですか」


 何処か不安そうな顔は一変。これでもかという満面の笑みを浮かべてくれた。表情がころころ変わって可愛らしい。前からそうなんだよね。どこかクールでいようとしてるけど、感情が思いっきり顔の出るところ。でもそこがいい!


「なんでそんな嬉しそうなの?」


「気にしないでください。色々あるんです」


「う、うん! じゃあ美夢ちゃんには恋人とか」


「同じくいませんし、できた事はありません。では次」


 自分事はあっさりだ。流れを譲ってくれないようだ。


 次はどんな質問なのか。いきなり恋人の有無を訊いてくるくらいだ。きっとそう言う感じの─。


「異性の好きな髪形はなんですか? 好きな人にはこんな髪形にしてほしい、とかそんな願望があれば教えてください」


「好きな髪形?! 願望ですか?!」


 何故か目は半端じゃなく真剣だ。これも躱せない。言葉は選べ、俺。


「特にないけど強いて言えば……ショート系、とか……。美夢ちゃんの髪形もクールで良く似合っていて良いと思うよ! ロングの時も良かったけど今のベリショも素敵だよ!」


「……~っ! わ、私の髪の事はいいんです! これもその色々あって切っただけなので……でも、ありがとうございます。別に……す、少しだけしか嬉しくありませんから! 当分は髪形を変える気はないので、その間は好きなだけ眺めていていいですから」


 赤面しながら少し怒ってすぐに嬉しそうに笑って、急に平成のツンデレヒロインみたいになっちゃった。嬉しそうに前髪を触って微笑んでるし…良い。この照れ隠しのセリフといい、仕草といい、完全に俺に刺さる。


 というか…めっちゃグイグイ来るね。


 出会った時から積極性のある子だったけど、会ってなかった5年間で何かあったのか。グイグイ来る…でもそれが良い。


「そういう昴の髪形もいいと思いますよ。あの頃から変わっていないショートで」


「エヘヘ、ありがとう!」


 俺の髪形は子供の頃から変わらないベリショよりのショートだ。特にこだわりがあるわけではないけど、このくらいの長さが落ち着く。

 長さ的には美夢ちゃんとそんなに変わらないけど髪質の関係で、俺の方がツンツンしている感じになっている。彼女の髪はサラサラで艶があるし、その髪質でのベリショだから髪の長さは同じでも髪型の雰囲気が若干違ってスタイリッシュな感じだ。カッコいい。再会した時から結構憧れが強まっている。


「そろそろお嬢様の会談が終わりそうですね。私たちも準備をしましょう」


「そうしよう」


 まだまだ話したいことはあるけど、今はこの従者の仕事のお手伝いに精を出そう。


「では最後に1つ」


 少し緊張感を纏った表情。今度はいったいどんな質問か。もう予想もできない。



「あの日の約束を──」


「……っ!」


「や、やっぱりいいです! これも気にしないでください! さぁいきますよ!」


 焦ったように、足早に西園寺さんの元へと歩いて行ってしまった。


(あの日の約束……どう考えても、あれの事だよね?) 


 思い出されるのは、彼女がいなくなる前日にした約束。


 西園寺さんのもとに駆けていく直前の顔は、まるでリンゴのような赤くなっていたけども、それは多分俺も同じ。どうしてそれを俺に訊こうとしてやめたのか、答えは全然わからないけど今はそっと見守ることにする。でもあの反応から見て確かなのは、あの日の約束は俺にとっても彼女にとっても特別な物であったようだという事だ。


「──忘れるわけがないよ」


 誰にも聞こえることのない言葉が、会場の喧騒にかき消されて消えていく。


 胸の高鳴りが少し落ち着くまで、まともに彼女を見る事ができなかった。


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