第37話 運命とは壮大だ
着々と準備を整えていく中で、それから数日は何事もなく平穏な時間が過ぎていった。平穏な中でも言い表せない緊張感が肌に張り付いて、離れなかった。
そして、ついに事態が動く。
「……」
「美夢ちゃん……? それは……?」
帰宅時間となり玄関に来た時、自分の下駄箱を見て彼女の動きが止まった。視線の先には、影に紛れ込むように黒い封筒が彼女の下駄箱に置かれている。一緒に登校した朝にはなかったものだ。
一瞬にして、胸の中に不安が掠めた。
それを手に取ると、一瞬の躊躇いもせずに中身を開けて確認。一通の手紙が入っていた。内容は……ここ数日、俺達が予想していたものだった。
「文字は手書きではなくデジタル。文字で特定されないようにしている。場所と時間を指定。誰にも言うな、こなければ大切な存在がどうなるか考えろ……はぁ、何の面白みもない脅迫文ですね」
「そんな冷静に脅迫文を分析してる場合じゃないよー!」
こんな時でも彼女の真面目な部分が出てしまった。でもむしろ、彼女もそれくらい緊張しているという事かもしれない。
そんなことを思いながら自分の下駄箱を見ると、同じ封筒が。中身を確認すれば、まぁ予想通りほとんど同じものだ。唯一違う点は、指定時間が俺の方が少し早い。
「人間性が垣間見えるね」
「えぇ……彼らならそういう事を好むでしょうね。ねぇ昴君……これから私たちがやろうとしていることはかなり危険が付きまといます。悔いや後悔はありませんか?」
「……あの時、側にいてあげられなかったのが俺の人生で一番の後悔だよ。子供だから不可能だったかもしれないし、自分ではどうにもすることはできなかったかもしれないけど……それでもそれ以上のことは今のところないよ。美夢ちゃんも怖くない?」
「愚問ですね。昴君が一緒にいてくれるんですから、全然怖くなんてありませんよ」
その笑顔は世界で一番眩しくて、綺麗だ。心の底から信じてくれているのが伝わってくる。この期待に応えるために生まれてきた気がする。
スッと手を重ねる。特別暖かくて、手だけじゃなく心まで染み渡る。
「俺も怖くないよ。じゃあ……行こうか」
修羅場になんてさせない。
俺がこの最高の笑顔を守る。
「ついちゃったね」
「あっという間でしたね」
移動中はいつもと変わらず距離はかなり近めで和気あいあいと会話をして、脅迫文の指定場所に向かうのではなくいつも通り一緒に下校しているかのような時間を過ごした。
どんなことが待ち受けているのか想像もできないけど、俺たちはいつもと変わらないで過ごせた。
指定された場所は、町のメイン通りから外れた路地裏にある倉庫。
廃れた工場地帯で周囲には人影はそう多くない。普通の場所とただ1つ違うのは、入り口に異質な男が2人立って俺たちを待ち構えているということだ。
1人はこの間に会った、欲望を隠そうともしない気色悪い男だ。
俺たちが2人で来たことに少し驚きキョドキョドしていたけど、中にいる誰かに一喝されていた。
もう1人は、黒の帽子をかぶり、マスクを着けた目つきの悪い男だ。表情を一切変えず、感情が読み取れない。この間にはいなかった男だ。
「ごめんね、美夢ちゃん。怖くはないけど緊張してる」
「私も。でも昴君が一緒ですから。それと……この間は嘘をつかせてしまってごめんなさい。逃げなかったのは、動かなかったのは、私なのに」
「いいのいいの! 無理にでも動かさない選択をしたのは俺も同じだから。美夢ちゃんにはこれ以上の十字架を背負わせたくなかったし」
「気づいていたんですね」
「えへへ、だてに大切な人になってないよ」
この間の襲撃時、彼女の手を引いて逃げようとしたけど、動き気配がなかったから留まった。
でも恐怖で足がすくんでいたのではなく『憎しみ』や『怒り』で、その場から動こうとはしなかったのはわかっていた。
背筋が凍るほどの冷淡な瞳、黒い感情が渦巻く雰囲気。もし彼女の手を放していたら、大切な存在を守るために彼女は『鬼や悪魔になっていたかもしれない』。
そんなことを、俺の大切な人にさせるわけにはいかないから。
こんなバカげた因果も、俺がここで断ち切る。
ゆっくり2人で倉庫の中に入るとそこには予想通り、元凶がいた。
彼女の元家族である『雨宮 司』と、気色悪い男含めた取り巻き3人。
あの日の当事者全員がこの空間に揃った。俺たちの姿を見て、中にいた3人は悪意に満ちた薄気味悪い笑みを浮かべる。
倉庫の入り口は重低音を鳴らしながら閉じられた。感情が読めない男の姿がないから、あの人は外にいる。見張りか。本当に手が込んでいる。
広さは小学校の体育館と同じくらいかな。半分程度の場所には、工具や何かしらの部品が業務用ラックに置かれている。空間自体が埃っぽくて、錆ついていた。
俺たちは倉庫の中央。そして元凶たちは入り口側に固まる。
退路はふさがれた。
さぁ──幕が上がる。
「2人で来るとは……誰にも伝えるなと書いたはずなのに、それすらも読めないのか?」
「脅迫文を送ってきた相手の条件を飲む必要があるのか、理解できなかったもので」
「おいおい、俺や両親がいなければお前らは出会う運命になかった。いわば俺たちは恩人だ。その恩人のいう事が訊けないとは、随分な自惚れだな」
「その程度が運命だなんて、そちらこそ随分と自惚れてる。『運命』っていうのはもっと壮大なものです。【小鳥遊昴と雨宮美夢は、どんな世界線でも出会う運命にあった】──これが俺の信じる運命だ。あんたらが邪魔しなければ、俺たちはもっとスムーズに出会ってたよ。それでいて彼女も傷つくことはなかった」
「……ハッ。何を言うかと思えば、そんな都合のいいことを運命だって! そんなものはお前がそう思いたいだけの幻想だろ!! ハッハッハッ!!」
ほかの3人もそれに同調するように嘲笑う。運命というのを見くびっているようだ。だがどうでもいい。言っても無駄だ。人を辞めた存在に、理解してもらおうなんて思ってない。
誰が何と言おうと、俺たちはどの世界線においても、必ず出会う運命にあった。自分がそう信じている。それでいい。
「で、英雄気取りでノコノコとやってきたと? どんだけカッコつけたいんだよ!」
「1人で来た俺をボコボコにして、後から彼女にその姿を見せびらかそうとしたあなたほどではない。こんな茶番はさっさと終わらせましょう」
人は自分の見たものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないというけども、ここ数日で真の意味で理解できたよ。きっと俺の言葉など、彼らにとってしてみれば全て負け惜しみにしか聞こえないだろうね。
「おい司、話はもういいだろ? さっさとやらせくれよー。この頃警戒レベルが上がったせいで全然狩りにいけなかったからさ、もうむしゃくしゃしてるんだよ!」
「目は傷つけないでおいてくれよ。スタンガンを当てたらどうなるか確認したい」
「そうだよ~。2人で来ちゃったんだからさ、美夢ちゃんの方は俺が─」
「性欲まみれの汚らわしい獣が彼女の名前を口にするな。穢れる」
どいつもこいつも自分の欲望のことばかり。ほんとうに怖い連中だ。
それにして危ない、危ない。あいつの言葉だけはキャンセルさせないと耳が腐ってしまう。欲望は様々だけど、直に人に向ける汚い欲望は彼女の耳には届けさせない。
「な、なんだとっ!! お、お、俺は!!数々の女を抱いてきた立派な大人だぁ!! お、おおま、お前みたいなガキで童貞とは格が違うんだよ!!!」
「誰にも相手にされないからって店で経験しただけでしょ?」
「はぁっ!!?」
興奮しすぎて唾が飛びまくっているし、顔が真っ赤。この反応は完全な図星。情報は正確のようだ。さっさと終わらせよう。
「あんたらの情報は仕入れたよ。暴力が生き甲斐の異常性癖者、他の人を実験台にしてきた人格破綻者、性欲をまき散らし誰からも相手にされない変態。主犯は雨宮司だけど、何度も事件を起こしては人に頼んだり、金を積んで揉み消してきた。それが大人? なわけない。この場所だって親族が勤務している会社が管理する倉庫。雨宮コーポレーションとは取引先だそうで。雨宮家の威光と、殴る蹴るの暴力で無理やりこの場所を借りたみたいだね」
「有能な俺が無能な親を教育してやっただけだ! 話が分からない人間には暴力が一番効果的だ。ここなら万が一にも通報されても、それなりの手続きや許可が必要になる。簡単に警察も手出しできやしない。見張りもいるしな」
「全員そうだけど、家では嫌われ者で見限られてる。大学では問題児扱い。学業もスポーツも微妙。唯一特別なのは、雨宮司という御曹司の後ろ盾があるだけ」
「お前らみたいな一般市民とは違うんだよ!! いいか、コネって言うのも立派な才能だ。俺は司とは昔からの親友! こいつの会社は大企業で親父さんたちにも気に入ってもらってるよ! 将来はそこに就職して遊びたい三昧させてくれるって約束までしてくれたんだ。俺たちの問題なんて全部揉み消せ──」
「でもその会社、あと半年以内には『倒産』してなくなるよ」




