第36話 ワガママだなんて言わせない
「美夢、大丈夫?」
「美夢ちゃん、大丈夫だった?もう大丈夫だからね」
「私は大丈夫です。でも、2人ともなんであんなことを言ったんですか!! 昴君まで目を付けられてしまいましたよ! お嬢様まで……。私だけ……私だけがぎ──……ぇ!」
その言葉を待たずに、彼女を抱きしめた。周りの人からは『おぉ』という感心したような声が漏れてきて、めっちゃ恥ずかしい。
でも、その言葉の続きを言わせたくなかった。言わせるわけにはいかない。
「あんな邪悪な視線や感情を、1秒たりとも君に向けたくなかったから。言ったでしょ? 俺が守るって。俺も一緒に背負うよ。犠牲になんてさせない──絶対に」
「友達が困っているのに、リスクを考えて逃げる人なんていないでしょ。全部背負わすなんて、拒否されてもさせないわよ」
「昴君……! 風香お嬢様……! 本当に……本当に……っ!」
彼女にだけ背負わせるなんてありえない。むしろ一緒に背負える覚悟がないなら、俺はこの場にいるべきではない。
でもそんな覚悟を決めるのに全然怖さなんてない。だって、彼女と一緒に入れるのだから。
あいつらをわざと挑発するような事を言ったのにはいくつか理由があるけど一番は、彼女に向いていた悪意を逸らしたかった。彼女があんな悪意に曝されているのが我慢できなかったのだ。それは西園寺さんも同じ考えだったようで。
「みんな無事でよかった。けど小鳥遊君! 無茶は良くありませんよ! あぁいう時はすぐに校内に逃げてきなさい! 子供なんだから無茶は禁物です!」
「まったくその通りだ。生徒会の人間として、他の生徒の見本となるよう少し論理的な行動をしてもらわないと困る」
「すみません、先生、佐々木先輩。怖くて動けなくて」
そう言い訳してみるけど、2人は疑いの視線を向けてくる。嘘が通じるとは思わないけど、今はこれで勘弁して。
「まぁまぁ2人とも、乗り切れたんだから、よしとしようよ。説教は後で俺がしておくからさ。ほらこういうのは同性同士が良いって言うでしょ? だから今は一旦危機を乗り越えたことに安堵しようじゃない」
「お前、本当に後で説教するのか? まるで信用がないんだが。まぁでも……仕方がないから今回ばかりは信じてやる」
「佐々木さん!? それがっつり信用してますよね! でもこれもまた青春……!」
「ち、違います! 今回が特別です!! すぐに青春にほだされないでください!」
「れーちゃんはいつも俺のことを信じてくれるからね。ありがとうね」
「だから違うと言っているだろ!!」
また始まった。いつものイチャイチャだ。今回は先生を挟んでの特別編。でもありがたい。それを見ていたら少し緊張が和らいできたよ。
「そうだ!ありがとうね康太。助かったよ!」
「救ったのに思い出したように礼を言うんじゃないよ……まぁいいけどさ。にしてもお前にしては、ずいぶんな無茶をしそうになったな。俺が助けに入らなくても警備員さんとかがいたから無事だっただろうけど、もし間に合わなかったらあいつがポケットから取り出そうとしたもので……って、可能性もあったぞ」
「わかってる。でも危険を冒してでも、確認したいことがあったからね。俺はもう後悔したくないからさ」
「まったく……弱気なのか強気なのかわからないやつだな。まぁいい。それで、やっぱりあいつらが、君の元家族なんだな。出身地と苗字が同じだったから、そうかもしれないと思ってたけど」
「まさか康太さんと同じ大学に通っているとは……」
「だから来てくれたんだね!」
「あぁ。さっきも言ったけど、あいつら大学内でも悪い噂が絶えない。なんなら俺の友人も被害にあった。まずは情報を集めていたら、名前と出身地でピンと来た。さらに色々と情報を集めていたら、今日ここに来るのがわかったから後をつけたってわけだ。にしても……噂通りの本当に危ない連中だな。大胆な行動にも出やがるし、短気すぎる」
最後にポケットから出そうとしたものが、何なのかはわからない。けど、あの場面で手をかけるには最適な物だったのだろう。もし間に合わなかったら……それからの先の想像はあまりしたくない。しかもそれを取りだそうとするのに、何の躊躇いもなかった。
あれが、人ならざる者になってしまった成れの果て。
「同じ人間だとは思えなかったよ。でもなんで今になって来たんだろう。それになんでここだとわかったのか、なんで西園寺さんの個人情報を知っているのか……」
「今の時代、探偵や興信所を雇って情報を集めるところなんてざらよ。だから問題は、『なんで来たか』、ね」
「あぁそれならこれが理由かもな。これ、集めておいたぞ」
そう言って分厚いファイルを手渡してきた。
「なにこれ?」
「あいつらの個人情報だ。情報は今の時代、最大の武器であり、身を守る盾になるからな。友人を守るために情報収集なんて始めてみたけど、思いのほか才能があったみたいで色々と集まったぞ。その中で飛び切りの特ダネが何個かある……例えば、これとか」
「ふぇ? ……えっ!? こ、これは……!」
「この情報は確かなの?」
「複数の当事者に確認はしたけど、あくまでも俺は素人。プロに確認を取ってもらったほうが安心かつ確実。ここは念入りに詰めた方がいい」
康太が見せてくれた資料には、俺とは全く関わりのない世界のことが書いてあった。でもそれは、短いながら対峙してわかった性格を考えれば、疑問の答えを想像させてくれるのは十分なものだった。欲望は時として、一線を越えるのに躊躇いをなくす。
「で、お前はどうすんだ? また来るぞ。しかもあの様子だと次は、今回の比じゃない行動に出るかもな。そうなると、高校生1人じゃ手に負えない」
康太は俺をじっと見る。見守るように、俺の意思を尊重してくれるように、温かい目で見てくれる。
5年前、絶望した時から散々迷惑をかけた。それでもずっとこうして見守ってくれている。それが申し訳なくて、毎回自分の無力さを呪って。
「わかってる。でも……俺は………俺は」
漫画に出てくるヒーローみたいに自分だけで解決できるほどに俺は強くない。普通の高校生だ。でも前とは違う。もう2度と、黙って失いたくない。
俺がやろうとしていることにみんなを巻き込めば、迷惑がかかる。俺では到底責任を負えないような事に巻き込んでしまう。
でも俺はそれでも──前に進みたい。危険を冒してでも彼女と俺の平穏をつかみ取りたい。
この決意は、揺らぐことはない。
これが俺の最後の我儘だ。
「もう2度と離さないって決めたんだ。だから、みんなの力を借りる。ねぇ、康太……俺、我儘になってもいいかな? 巻き込んでも、いいかな?」
「バーカ。まだ子供なんだから、周りの大人や年上は巻き込めるだけ巻き込め。今だけの特権だぞ。他の人にも頼め。今しかできない事をしろ」
「ありがとう……!」
言葉はぶっきらぼうなのにいつも見守ってくれる。やっぱり俺の兄は最高だ。
「盛り上がっているところを申し訳ないけど、僕たちも仲間に入れてくれないかな?」
振り返れば、イチャイチャしていた先輩とそれに巻き込まれていた柏木先生が笑顔で立っていた。
「生徒にこんな危険が迫っているのに、教師が見逃すわけないでしょ。この事は私から校長先生、そして理事長に上げていきます。その方があなた達を守れる。みんなの青春は決して壊させない!」
「このマンモス校で、生徒会長を務められている意味を教えてやる。子供だけど、生徒を守るための大人の伝手なら、いくらでも出せるぞ。なぁ吹雪」
「そうそう。特に君たちが必要としている情報の確認は、うちの得意分野だ。後輩君を守るのも僕ら生徒会の役目さ」
「私の大切な友人に危害を加えようとしている輩なんて、私の家の持てるだけの力を使って排除するわ。あとは美夢……あなた次第よ」
視線が彼女に集まる。
本人次第だ。彼女の意思を無視して先に進むわけにはいかない。
彼女の目をまっすぐ見る。いつも綺麗で、見惚れてしまうその瞳には不安と迷いの色が濃く出ていて、揺らいでいた。繋いだ手も少し震えている。
5年前、彼女は俺に危害が及ばないようにと、行先を告げずに離れた。瞼の裏にはあの手紙がくっきりと浮かぶ。所々が涙で濡れた、あの手紙が。
あんな辛い選択肢を、二度と取らせるわけにはいかない。
「ねぇ美夢ちゃん、俺はもう2度と君を失いたくない! もっともっと一緒にいたい! あの時、俺に被害が及ばないように自分の気持ちを犠牲にして、守ってくれた君に報わせてほしい。俺たちに君を救わせて。あの日の約束を覚えてる?──これからも一緒だよー!」
「……っ……昴君……! 私は……私は……」
微笑みかければ、握られた手に力が入る。俺も優しく握り返す。その手は暖かくて、心の底から落ち着く。ずっとこうしていたい。これからもずっと。
彼女は一度目を閉じ、数秒後に開かれた。その目には─光が宿っていた。
「私…我儘になってもいいですか?」
「もちろん!」
「……私も、もっともっと一緒にいたい! だから……助けて……私を呪縛から解放して」
「……任せてよ!!」
おもむろに彼女を抱きしめた。たとえどんな困難が待っていようと俺はやり遂げる。彼女を守るため。そして、俺自身の夢を叶えるために、その道を阻むものを排除する。
彼女は手を伸ばしてくれた。今の俺を信じてくれて、勇気を出して手を握ってくれた。なら全力で応えたい。
むしろここで応えられない人生なんて、意味がない。




