第35話 平穏の中に元凶が現る
お泊りから数日後の放課後。夕暮れの校門前。隣にはいつもと変わらず、彼女がいてくれている。相変わらず美夢ちゃんからグイグイ来るし、俺はそれに翻弄されている。
変わったことと言えば──。
「……」
「……」
未来のことを意識してしまって時々、互いに照れる。
「べ、別に意識なんてしてませんから! 照れてません! ……少ししか」
「それはめちゃくちゃ意識してる人のセリフだよー!」
まさか互いの想いがほとんどわかっている事に、こんな弊害が生まれるとは。だって今までは、なぁなぁで済ませていたことが、ここにきて明確な未来が見え始めているのだ。緊張しない方がおかしいというものだ。でもそんな状況でも彼女の方がグイグイ来るのだが。
「まったくあなた達ときたら……進展したかと思えば」
「うぅ……」
「面目ないです……」
見守ってくれていた西園寺さんも、呆れたように苦笑いを浮かべるしかなかった。
でもどうにかしなきゃいけない。人生なんて一歩先にはどうなっているかわからないなんて、俺たちが一番よくわかっているのだから。
【告白】──これはあくまでも俺の持論だけど、イチかバチかでするものではない。お互いの気持ちがわかったうえでする、いわば確認作業のようなものだ。今の俺たちはすでにその領域に入っている……はず。俺が超絶勘違い野郎でない限りは。
人生で一度も考えてこなかった……と、言ったらウソになる。何度も考えた瞬間に、怖くなっては考えるのをやめたんだ。それと向き合う事からずっと逃げてきた。
でも今はと言うと……。
(いつ伝えればいいの?! ラノベとか見てるとタイミングを選んでたらタイミング逃すっていうし思い立ったが吉日ってのもいいとも言ってたし! でもまだ焦る時では……そんなことを思ってた5年前は後悔したじゃないか!! ……俺はいったいどうすればいいんだ)
完全に迷走していた。このことになると思考がまとまらない。でもうかうかしていられないのも事実で。
なんたって──。
「……ぅ」
彼女が、緊張と期待が入り混じった眼差しで見てくるのだ。俺にプレッシャーをかけないようにチラチラとしか視線を送ってこないけど、頬っぺたは赤いし、目は潤んでるし、緊張している様子。お互いに追い込まれている。
(子供の頃の無邪気な俺なら、もうあの場で言っていただろうなー……あの時のいい具合の無邪気さが欲しい。カムバック!!!)
優しい光の夕陽にそう願ってみるけども、それはない物ねだり。今の自分で何とかするしかない。早く決着をつけねば!
「まぁ2人の速さで進めばいいんじゃないかしら。焦っても仕方がないし」
「うぅ…すみません。でも! 時間はたっぷりあります! 頑張ってい……き……っ!」
「ん? どうしたの、美夢ちゃん?」
突然ある方向を見て、彼女の動きが止まった。手がうっ血するのではないかと思うほどに固く拳を握り、小刻みに震えている。
急いで彼女の視線の先は見ると、そこには──。
「へぇ……偶然こんなところで会うなんてな。久しぶりじゃないか──美夢」
5メートルくらい離れた先、門の影。金髪の男が立っていた。
美夢ちゃんと同じ金色の髪だがその瞳は、俺の人生の中で一番禍々しく、底知れる闇が広がっているようだった。
人の悪意に触れたことは何度か経験があるけども、ここまでどす黒くて、それを隠しきれていない人間を見たのは初。背筋に悪寒が走るなんて、これもまた人生初。
しかもその男の後ろには3人の男。誰もかれもが同じような瞳をしている。
人生なんて数秒後には一変する。まさかそれを改めて実感する日が来るなんて。
「え?! 待って! 凄く良い感じになってるじゃん! やっぱり5年経てば……うへへへ……はぁはぁ……いい感じになるものだね!」
「気色悪い」
ついうっかり本音が漏れてしまった。こんな醜い言葉、彼女には聞かせたくなかったな。
でも俺の言葉など聞いていないようで、相手さんである肥満体系の男は特に反応しない。というよりも俺や西園寺さんのことは眼中にないようだ。
「美夢ちゃ……」
彼女に視線を移せば、背筋が凍るほどに冷たく鋭い目をして、金髪の男を睨んでいた。肥満体系の男の言葉も届いていないようだ。こんな目、初めて見た。
そしてこの反応からして、この人たちが『例の』。
「どうした? 特別な存在である家族との再会──」
「あなたを家族だと思ったことはありません。そちらもそうでしょ?」
間違いない。
この金髪が、彼女の元兄。
命を奪おうとした人ならざる者。
(確かにそんな存在なら、こんな目をもするか)
おそらく他の3人も、例の友人だろう。西園寺さんに一瞬視線を送った後に、彼女とあの男の間に移動。ぎゅっと手を握る。
「昴君……!」
「大丈夫。俺が君を守るよ。安心して」
俺の言葉に彼女の視線が緩んだ。彼女にはあんな目をしていてほしくない。
「おいお前、家族で話をしているんだ。お呼びじゃないんだ。目障りだから失せろ」
「それ鏡に向かって言ったほうがいいですよ。あなたのような存在を彼女に近づけたくない。後ろでニヤついてる取り巻きも、気色悪い言葉を吐く欲望丸出しの存在も……全部が全部、反吐が出る」
「なんだとテメェッ!!」
取り巻きの1人がスッと前に出ようとした瞬間、金髪の男がそれを力づくで制止。抑えられもなお、鼻息荒く俺を睨みつけてくる。これでいい、視線が俺に集中した。
挑発してみたけど、凄く怖いな。でも引く気はないし、これで確信が持てた。
「彼の言葉に反応するってことは自覚があったようね。それは良かった。無自覚よりもタチが悪いけど。早く私達の目の前から消えてくれないかしら?」
「しかも偶然なんて嘘をつくなんて、本当に信用ならない人たちですね」
「おやおや何が嘘だと? 偶然ここを通りかかって声をかけた……それだけだが? 嘘だという証拠はどこにある? 勝手に決めつけるとは、これだから平凡な存在は困る」
「取り巻きが前に出ないように急いで止めた。そこの位置は、学校の監視カメラからギリギリ映らない場所。しかもその監視カメラは今年から設置された。あなたがそれを知っているということは、何度もこの場所に確認しに来ていたという証明です」
取り巻きの男が出ようと知った時、少し強引にそれを制したのだ。声をかけてきたのに距離を詰めて来ず、決して陰から出てこようとしていないんだ。しかもその位置がカメラからちょうど見えない位置ともなれば、不自然極まりない。
憶測を、確信に変えるには十分だ。
「探偵気取りができてよかったね、高校生諸君。テレビの中の主人公みたいになれて、さぞ楽しいだろ?」
「接近禁止がでている人間が『惨めに』ストーカーしに来て、楽しいわけない」
「あぁ? ……お前は1つ、勘違いをしている。誰が監視カメラに映りたくないと言った……!」
ポケットに手を突っ込み、一歩こちらに踏み込もうとしてきた瞬間─。
「それ以上、近づくな!!」
その声にピタリと動きが止まった。その声の主は──。
「康太!」
俺の兄・康太である。これは正直予想外。
ズイズイ向かってきて、俺と相手さんとの間に位置を取った。
「誰だ、お前」
「一応あんたら全員と同じ大学の人間なんだが、まぁ知らないだろうな。小鳥遊 康太。こいつの兄だ。あんたらの悪い噂はかねがね聞いてる。ポケットの中で握っているやつ……ずいぶんと危なっかしい物を持ち歩いてるんだな。今日はたまたまこっち方面に用事があったから来てみれば、大正解だ。お引き取り願おうか。それとも、今すぐにこの場で騒ぎ立てて大ごとにしてやろうか。それとも……噂通り、俺のことを排除するか?」
「人聞きが悪い。女にカッコつけたいヒーロー気取りの次は、弟の前でカッコつけたいブラコン兄貴か。お似合いの兄弟だな」
その言葉と同調するように、相手さん一同はこちらに冷笑を向けてきた。
なんというか、絶妙に会話がかみ合わない。こういう人達って、テレビドラマとか漫画とか、二次元だけの存在かと思ってた。そもそも…本当に人か?
「現実が見えていないところで悪いんだが……笑っている場合ではないと思うぞ?」
チラッと視線を移した先には、学園の警備員とともに、柏木先生と佐々木先輩と加賀美先輩が駆けつけてくれていた。全員が間に入り、物理的な距離が広がる。アイコンタクトを西園寺さんに送ったのが伝わっていたようだ。間にあってよかった。
「この学校の教師で柏木といいます。うちの生徒に何か御用ですか? 随分と荒っぽい様子ですけど、これ以上騒ぎが大きくなれば然るべき対応を取らさせていただきますが」
「……なるほど。いえいえ! 荒っぽいだなんて心外だ。理事長のお孫さんは全部見てらしたでしょ? あとで教員の方々に、頭ごなしに否定するのはよくないって、きつく言っておいてくださいね。ねぇ西園寺理事長のお孫さん、風香さん……でしたっけ」
「あら? 私をご存じでそんな態度を? ……貴重な意見をどうも」
「なんであなたが西園寺さんの個人情報を──」
「まぁもう行きますので安心してくださいよ。美夢、また会えて嬉──」
「早く消えてください。そして2度と、接触してこないでいただけますね?」
「……そこの彼氏面。お前、名前は?」
「小鳥遊 昴です。あなたは?」
「【雨宮 司】。よく覚えておけ、特別な人間の名前だ。お集りの皆さん! 父がかの有名な【雨宮コーポレーション】の代表取締役社長【雨宮 護】。我々は、普通とは違う特別な人間です。西園寺家に比べればまだ小さいかもしれませんが、他はレベルが違います。何か機会があればぜひ我が社をご利用ください。ではよい人生を」
「そういえば! ……ここら辺では4人組の変質者の目撃情報が多く寄せられています。暴行、盗み、他人に対してよからぬことを強要していると情報が寄せられ、警戒するように注意喚起が出ています。ぜひそんな輩に会わないように……お気をつけて」
おそらく、あんたらのことだろうけどね。少しでも敬遠になってくれるかな。
「……そいつはどうも。……いくぞ」
その言葉を残し、全員が去っていった。背中が見えなくなるまで見続ける。彼らが遠ざかるにつれて、強く握られた手から少しずつ緩まっていく。俺も少し緊張が解けてきて、汗がどっと噴出。
人生で初めての悪意の塊であり、俺たちが離れ離れになった元凶との邂逅が終わった。




