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第34話 2人の傷跡

「そして私はあの土地を離れました。あまりにも大きな代償のもと、私は祖父母の養子……娘になりました。祖父母は両親へ、生みの親だった存在は元両親、兄は元兄と。私の知り合い全員への接触禁止も条件に盛り込みましたが、人ならずる者のことです…私と関わりを持っているのがバレてしまうと危害が及ぶ可能性があるため、私も全員と縁を切る必要がありました。だから昴君への手紙には、行先を書けませんでした。昴君に手紙を届けてくれたのは、弁護士の貝塚さんです。これがあの時の……真実です」


「…っ」


「…ん、昴君?」


 ある程度の覚悟をもって話を聞いた。でも想像以上だった。ずっと知りたかった真実を前にして言葉が見つからない。情けない。気が付けば、彼女を強く抱きしめていた。


「よく頑張ったね。本当によく頑張った、えらい。もう大丈夫……大丈夫。生きていてくれて、無事でいてくれて、よかった……! 一緒にいれなくて……ごめん!」


 もしあの時に俺がもっと強ければ、一緒にいて彼女が傷つけられるようなことはなかった…なんて現実的に考えれば、そんなことは不可能だとわかっている。


 子供の俺にそんな力はない。今ですらない。


 だから彼女は、自分の希望を捨ててまで俺のことを守ってくれたんだ。手紙に行先を教えてもらえるほどに強くあれたら、ただの幼い子供でなければ、互いにこんな傷ついて、辛い思いをせずに済んだかもしれない。


 でもこんな思いは、彼女は懸命に生きようとしてくれたから今が存在するという事実に比べれば、些細なものだ。それでも謝らずにはいられなかった。


 そんな俺の頭を美夢ちゃんが撫でてくれた。


「フフフ…もし昴君と出会わなければ、あのまま人生を諦めていて抵抗しようなんて思っていなかったでしょう。また昴君に会うんだ……って気持ちがあったから乗り越えられたんです。物理的な距離は離れていましたけど、心は一緒にいてくれました。昴君は私を救ってくれていたんですよ。ありがとうございます──だから、謝らないでください」


「でもその時の心の傷が……」


「1つ勘違いしているみたいですね。確かに命の危機を肌で感じたのは辛かったですけど、トラウマにはなりませんでしたよ。それよりも辛いことに比べたらノーダメージです」


「えっ? そんなの? そんな辛い環境でノーダメなんて強いね。でもそんな美夢ちゃんでも耐えられないことなんて……」


 正直、俺みたいに精神的にそこまで強くない人間は、彼女が味わってしまった境遇に耐えられる自信はない。むしろ耐えられる人間の方が少ないだろう。そんな強い彼女が負ってしまった心の傷とは……いったい。これよりもつらい事なんて…。


 小首をかしげる俺をじっと見て、嬉しそうに笑う。


「昴君と……離れ離れになってしまったことです」


「……え」


「私にとって、昴君と離れ離れになるのが何よりも辛かったんです。虐待の痛みよりも、死の恐怖よりも。傷跡だって手術でほとんど消えていますし。さっき見てしまった悪夢の内容は、サヨナラの手紙を書いている時の光景と、昴君とまた離れ離れになってしまうという幻想。それが私のトラウマ。それに本当なら、万が一昴君と再会した時には危害が及ばないためにまた離れようと決めていたのに……気が付いたら無理でした。覚悟は決めていたのに、無理だったんです。私にとって昴君は──『大切な人』なんです。言っておきますけど、いくら私でも……こ、この話をするのは恥ずかしいんですからね」


「美夢ちゃん……!」


 小さくなる語尾。赤く染めた顔を、再び俺の胸に押し付けてきた。


 彼女はいつも真っすぐだ。その言葉に俺はずっと救われてきたんだ。


 『大切な人』──その言葉が何よりも嬉しくて、心臓が高鳴っていく。


 だって──。


「俺も……実は悪夢を見るんだ。離れ離れになった日々のことを。見るたびに苦しくて、泣いて、再会した今でも……もう失いたくなくて、見るんだ」


「それって……私と同じじゃないですか……!」


 俺も彼女と同じ。

 『離れ離れになってしまった』ことが、心の傷となっているのだ。


 今でも悪夢は不定期に見る。

 子供心に知ってしまった絶望は、たとえ幸せな今があってもその影を落とそうとしてくる。まさかそこが彼女と共通しているとはね。だからこそ、俺は彼女の痛みがわかる。きっとこの不安は消えない。でも…寄り添うことはできる。


 だって彼女は、『雨宮 美夢』は俺にとって──。


「『大切な人』だから。同じ夢を見るんだね」


「昴君……! そんなところは似なくていいのに。昴君の悪夢は悲しいですけど……でも、『大切な人』になれて凄く嬉しい!」


「えへへ、俺も! 一緒に乗り越えていこうね。2人でなら絶対に乗り越えられる。だって今は離れ離れじゃないんだから」


 今は前と違って無力な子供じゃない。大人に比べたら圧倒的に低いけどそれでも、何もできないわけではない。今なら彼女の側にいれるだけの『努力』ができる。


「そうですね。いつかまで悪夢を見ることになるかはわかりませんが、一緒ならなんてことはありませんよね。ここまで伝えあって、不思議ですよね……私たちの関係性って」


「うっ……」


 少し落ち着きを取り戻した彼女に、結構痛いところを突かれたね。ずっと側にいたい『大切な人』だと想っているし、それを相手に伝えている。しかも家で2人きり、ベッドで抱き合っている。


 それでも俺たちの現在の関係性は──『仲の良い幼馴染』。


 今まで互いの態度や言動は、この『1つ上の関係性』であってもおかしくないものだ。まさかここにきて言及してくるとは。


「ねぇ昴君」


「ハイ、ナンデショウ……」


「えっと……申し訳ないんですけど私は自分から言う勇気がないので……期待してます」


 高鳴る鼓動に比例するように、語尾に行くにつれてその言葉は小さくなっていく。耳の先まで赤くなっているのが、薄暗い部屋の中でもわかってしまうほどだ。


 今の言葉は『そういうこと』……だよね。いいんだよね? 俺の勘違いじゃないよね! それはそれとして、自分からは言えないと宣言してしまうなんて…こんな時でも相変わらず真面目というか律儀というか。


 でもそこがまた俺は『  』なんだよね。


「さ……最善を尽くし、マス……」


 その未来を想像してしまっただけで、緊張は天井知らずに上がっていくのであった。


 でもこれからの人生の覚悟と、決意も、青天井に固くなっていく。


 必ず彼女の笑顔を守って見せる。


 たとえどんな困難が待ち受けていようとも。

 

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