第33話 知りたかったあの日の『真実』
私には生みの親である父親・護と母親・エマと他に5つ年が離れた兄がいます。
生みの親は自己中心的かつ自分達が特別な人間であると思い込んでいて、さらに長男至上主義。兄にはこれでもかというほどに愛情を注ぎました。
そんな中で私は『予定外の子』として、この世に生を受けました。
気が付いた時にはおろせない時期になっていたので、仕方がなく生んだそうです。
今でも鮮明に覚えているのは【お前は必要ないのに生まれてきた。邪魔な存在】、という言葉を物心がついた時に言われたことです。
事情を知った父方の祖父母──今の私の両親が『自分たちが引き取る』と言ったそうですが、生みの親が『外聞が悪い』という自分の見栄でその提案を却下。愛情のない中で私は育ちました。愛情がないどころか、敵意を向けられさえしましたね。都度、祖父母が目を光らせ、盾になってくれたおかげで大した被害はありませんでした。
でも……本当の問題はそっちではなかったんです──兄です。
優遇されているのは当然。自分は特別な人間。妹のようなものは人間以下の存在だ……と、最初からそういう思考でいました。
背中の傷跡は両親のものもありますが、ほとんどは兄がつけたもの。あの人もまた──【人ならざる者】。
そんな兄を特別扱いし、自分たちの外聞が何よりも重要な両親は、狂気じみていました。虐待の傷を発見した祖父母が怒鳴りつけてくれて、引き取ると宣言した時の言葉。
『もし俺たちの外聞が悪くなるようなことをした瞬間、こいつに一生消えない傷を残す! 殺す! ものの数秒もあればそれくらい簡単にできる……逃げても必ず見つけ出す。あんたらの大切な存在を奪ってやるよ! こっちは本気だ!! 安心しろよ。条件を飲めば、これ以上は肉体的には傷つけないでおいてやる』
これ以上は傷つけないように努力してやるから不問にしろ、お前たちは代償を払え…今訊いてもあまりもおかしな要求。しかしあの時の生みの親の狂気に満ちた目には、本気でやるだろうな、と子供ながらに思いましたね。
実子からそんな言葉が出てきて、祖父母は絶句していました。
信じたくなかったでしょうね。仲が悪かった、というよりも一方的に嫌っていただけですが、実の子供がそんな化け物みたいな言葉を発する存在になっていたなんて、思ってもみなかったでしょうから。
世の中には、平等な話し合いで解決できない『化け物』が存在すると、その時に学びました。
話し合いの末、両親や兄といる時間は減り、私は祖父母といる時間が大幅に増えて、1人の時間も増え、生活は少しよくなりました。兄からの虐待もなくなりました。祖父母はわざわざ元の家を処分して、こっちの家の近くに引っ越してきてくれました。
その頃に、昴君と出会いましたね。
人生で初めて、心の底から楽しめた時間でした。
祖父母も頑張って、どうにか人間もどきたちから完全に引き離せないかと画策してくれてはいたんですが、何といっても相手は怪物。こちらの常識はあまり通じないのでかなり慎重に事を進めなくてはいけなくて、苦労していました。それに2人には時間があまり作れなかったのです。
実は祖父は、そこそこ大きな企業の社長。祖母と一緒に立ち上げて、名の知れた会社へと育てていき、その頃もまだ2人とも現役。どちらも会社の中心人物で時間を作るのは、容易ではありませんでした。
生みの親は祖父母の会社には入っていませんでした。祖父母の下にいるのが嫌だったんでしょうね。それにその会社には、仲が悪い弟さんが入っていましたから。
会社では着々と世代交代を済ませ、怪物たちとの縁切り作戦を進めていく中で私は、決して平和ではありませんでしたが、昴君と一緒にいて大きな事件もない日々を過ごしていました。
──あの日までは。
私が多少順調な日々を過ごすその頃、家の中は殺伐としていました。
父親が会社で立場が危うくなり、母親は人間トラブルを起こしその対応に追われ、兄は文武どちらもうまくいかずストレスを溜めていた。
特に兄は深刻で、問題行動を起こし、警察沙汰にもなっていたようです。父親が金で、兄は人の弱みに付け込んで揉み消していたようですけど、近所の人には噂が流れ、すぐにうちは孤立。
そしてあの日、決定的な事件が起きました。
2階部屋にいる時、兄が友人3人を連れて家に帰ってくるのに、たまたま気が付きました。そして、その会話も偶然聞こえました。
『安心しろ。多少事故にみせかければ、どうとでも言い逃れができる。それに特別な力を持つ両親がいるんだから、逮捕なんてされないさ』
『それならよかった! 逮捕なんて下らないことだけは勘弁してほしいからな! 人をいたぶれるなんて楽しみだぜ! この頃は周囲の監視が厳しくなってたからな。できるだけ長くなぶってやる!』
『小学生か……流石に範囲外だわー。あと数年たたないとそそらないね』
『捕まったら自由じゃなくなっちゃうもんな。厄介な事だよ。それにしてもようやくこのスタンガンが試せる。どんな風な反応をしてくれるんだろう? 』
その会話を聞いた瞬間、血の気が引きました。これまで最大の悪。きっと自分の抱えているストレスで理性が飛んでしまったのでしょう。そんな人間に寄ってくる人間もまた、道を外れた存在。
人として、越えてはいけない一線を踏み出してしまった存在。
そこからは人生で1番、必死でした。
急いで部屋にロックをかけて時間を稼ぎ、ドアを破壊しようとする獣たちの叫びを聞きながら窓から飛び降りて、死に物狂いで走りました。
孤立している以上、近所では助けは望めない。祖父母の家へと向かいました。飛び降りた時に全身を痛めても、裸足で足が切れても、決して止まりませんでした。
小学生と高校生、走力の差は明らかなので、背の高い草や雑木林に隠れながら移動。距離は徐々に詰められましたが、捕まる寸前で祖父母の家に着き、2人に助けられて事なきを得ました。
この一件で祖父母は決めました。
どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、この化け物から私を引き離すと。
弟さんも入れて話し合いが開かれました。
祖父母は『金を渡す代わりに今後一切の接近を禁止し私を養子にする』と、手切れ金での絶縁を提案。お金の価値を理解した今ではわかりますが、余程のことがなければ一生遊んで暮らせる額でした。しかし人の欲望は底が知れない。
『ダメだ、それじゃ足りない!! お前らの財産の全てと会社を寄こせ!! 俺が社長になるんだからお前らみたいな老いぼれは会社のある土地から離れて、作った人脈を一切断て! あと邪魔な愚弟から支援を受けるな! まぁお前はどうせ辞めさせるから生活に困窮するだろうけどな。それと年金受け取りは75歳からにしろ。そんな簡単に金を得られちゃ意味がないからな。そうすれば俺たち夫婦と優秀な息子は、あんたらとそこにいる必要のないガキ、あと愚弟とも生涯の接近禁止及び絶縁になってやるよ!! どうする……どうせ無理だろ!! この理不尽な要求を飲む度胸なんてお前らにはないだろ!!』
『アハハッ!! あんたらの時代は終わったのよ! このまま惨めに過ごしな!!』
欲が抑えられなくなった哀れな獣のように唾を飛ばし、笑っていました。自分たちの幸せだけでは飽き足らず、私の不幸も要求。そんな無茶な提案をすれば、祖父母が引くと思っていたようです。私だってそう思いました。
ですが──。
『いいぞ』
『……はぁ?』
『護、お前のその理不尽極まりないという条件を飲むと言ったんだ。あと忘れているようだが、美夢に危害を加えようとしたこいつの友人たちも当然接近禁止の条項を盛り込む。百合子さん、貝塚弁護士を呼んでくれ。正式な書類を作成する。彼には長い間世話になったからな。最後に一緒に仕事をしたい。それと山形副社長にワシらの引退を伝えてくれ。関係各所にはワシから連絡する。関係を断つにしても、礼儀は最後まで通すのは当然のことだからね。百合子さん……最後までワシについてきてくれるかい?』
『当然ですよ……誠一郎さん。ずっと一緒ですよ』
『親父もお袋も本気か?! 俺はまだいいけど、そんなことをしたら2人が!! 兄貴やエマさんのこんなバカみたいな提案を飲む必要なんて…まだ別の方法が!』
『この世にな、理不尽な事が山のようにある。それを回避できるならワシが払える犠牲で済むなら、安いものだ。それよりも健次郎、お前に迷惑をかけてしまう……本当にすまない。会社も、1人の兄弟も無くしてしまう……それが心残りだ。許してくれとは言わないが……どうか強く生きてくれ。こんな情けない父親で、すまない』
『っ……情けなくなんかない!! 謝るなよ……! 俺こそ力になれなくてごめん!!』
『ハハッ!! 泣いてやがる、気色悪い!! 気持ち悪い家族ごっこだな。反吐が出る』
生みの親と兄は、うなだれる私たちを邪悪な微笑みで見下ろしてご満悦でした。怖かったですが、同時に哀れに思ってしまいました。
この人たちはきっとこれからも、この尊さを知らずに生きていくのだと思うと。
『ただし……護、そこまでの条件を出してきたからには、相応の覚悟があるんだろうな? お前ら全員、この約束は必ず守ってもらう……命に代えてでもっ!』
『いいぜ。頭が沸いたようだな、老いぼれ。そんなことをしてでも、そいつを守りたいとか……ボケが回ったな。老い先短いのに、惨めな人生の始まりだ』
『あなた達にはこの気持ちは、一生理解できないでしょうね』
ニヤつく生みの親と兄とは対照的に祖父母の言葉に一切の迷いはなく、その目は真剣そのもので、空気が震えるほどの覇気を纏っていました。
数分後、家に弁護士が到着。話を詰めて概ねさきほどの内容で、書面が交わされました。




