第30話 水着の意味
夕食を終え、2人で色々な話で盛り上がり、気が付けば夜も更けてきて、そろそろ風呂に入るのはいい時間となっていた。スイッチをいれておいたからもうお風呂は沸いて、いつでも入れるようになっている。
その間、なぜか彼女は少しソワソワし落ち着きがない雰囲気。長年一緒にいるから、この感じはわかる。
グイグイ来ようとする時の合図だ。
今度はいったいどんなことを仕掛けに来るのか……楽しみではあるけど、それと同じくらいに緊張する。なので、彼女がソワソワしている時、俺もまたソワソワしているのだ。
「では……お先に失礼します」
先に覚悟を決めたのは彼女だ。少し気合いが入ったような表情で荷物を抱きしめながらスッと立ち上がると、脱衣室へと消えていった。
扉が閉められる直前の彼女の顔は、緊張しつつもどこか楽しげに見えた。
俺もそれなりに覚悟を決めなくてはいけない。何事も覚悟を決めて挑めば、多少は衝撃も和らぐというものだ。考えろ。お風呂上りに何を仕掛けてくる……いや、そのままでも普通にドキドキしてしまう。
あの雨の日もこの家でシャワーを浴びてもらったけど、上がってきて彼女は少し火照っていて、少し緩めの服を着ているとあって妖艶な雰囲気を醸し出していた。まずはこの衝撃に耐えなくてはいけない。大丈夫、一度体験しているのだから、冷静に対処でき──。
「昴君」
名前を呼ばれて顔を上げた瞬間、脱衣室の扉が開かれた。上がったにして明らかに早すぎるから何か忘れ物だろうか?
「ふぇ? ……ふえぇぇぇぇーーっ!!!?」
悠長に構えていた俺の目に飛び込んできたのは─『水着姿』の雨宮美夢であった。
しかもビキニ。
彼女の素晴らしいスタイルを完全に引き立てている。色は淡い紫。金色のベリショと良い感じに合わさって、彼女の美しさを際立たせている。
少し恥ずかしいようで頬を少し赤く染めているけども、どこか覚悟が決まったかのように自信満々な様子でまっすぐ俺のことを見ている。軽く胸を張っているし、照明の光がいい感じに当たっていてどこか神々しい。胸を張っているせいでさらにその素晴らしいスタイルは強調されているし、初めて見た脚線美が姿を現しているし、健康的に引き締まった体……大切な人のこんな姿を見て、心臓がドキドキしない方がおかしい。
なぜ水着なのかという疑問は一瞬で消えた。めっちゃ綺麗だし、もう神々しい。
「どうですか?私の水着姿は。自分で言うのもなんですけど、少し自信があるんですよ」
「あ、ああ、あ……あのその……本当に、形も淡い紫色もめちゃくちゃ似合ってるし、凄く魅力的だよ!! いつもと違う面を引き出していて、とにかくも似合っている!! すごく良いと思うよぉ!!!」
考える間もなく思い浮かんだことが口からぼれているせいで、褒め言葉もめちゃくちゃだ。語彙力とかあったものではない。普段の冷静な時でさえも、語彙力があるわけではないのだけどね。
とにかく水着姿が良く似合っている。
女神が降臨したかのように、その眩しい姿に一瞬で空間は一段と明るくなった。決して誇張表現ではなく実際にそう見えている。目のやり場には、半端じゃなく困っているけども。
一方の彼女はというと、俺の拙い褒め言葉に満足してくれているようで、最高の得意顔を浮かべ、さらに胸を張る。それ以上張るのは色々と危険だからぜひやめてほしい。やめないでほしいけど、やめてほしい。
「フフン! そうですかそうですか。それはなによりです。いい反応をいただけて水着姿になった甲斐があるというものです。もし万が一にもフリーズした時には口にクレープを突っ込んであげようかと思っていましたよ! フフフ……似合ってる、魅力的、ですか」
めっちゃ嬉しそうだ。少し頬っぺたが赤いから照れてはいると思うけど、それ以上に嬉しさが勝っている顔。饒舌だし少し早口だし。なんて可愛らしいんだ!
「あ、あの……ナゼにボクに水着姿を見せつけることになったんデショウカ……」
ようやく、本来聞こうと思っていた疑問を口に出すことができた。いまだに冷静でいられなくて、片言になってしまったけど。
「昴君にお願いがあるんですよ」
俺の疑問は華麗にスルー。あれ?こんなことがつい最近あったな。
しかし彼女の瞳は、凄く恥じらいに満ちていた。少し潤んでいるし、頬は赤くなっているし、これは彼女にとってもそれなりに勇気のいる事のようだ。例えば─。
(まさか……『一緒にお風呂に入りましょう』とか言うんじゃないだろうね!? ムリムリムリ!! それは無理!! 倫理的にもまずいし何より俺の心臓が持たない!! でも水着姿着てるし頬っぺた赤いしお願いしてる側の方が照れてるし……他にないよね?)
考えれば考えるほどにお願いの内容はこれ以外見つからなくて、頭がおかしくなりそうになってきたので──。
「ハイ、ナンデショウ」
俺は思考を放棄した。考えてはいけない。聞いてから悩めばいいのだ。大丈夫。大抵のことは乗り越えられる。
「安心してください。一緒にお風呂に入ろうなどとは言いません」
「ホッ……助か──」
「その代わり! わ、私の髪を……洗ってくれませんか?」
「……ふぇ?!」
助かってなかったかもしれない。
『髪を洗ってほしい』……俺が? 彼女の?
「……っ~!!! 本気ですかぁぁーー?!」
思わず叫んでしまったけど、いや確かにお風呂に一緒に入るよりかは全然大丈夫そうではある。
髪を洗うなんて、美容室と理髪店でもしてくれる事で全く持って健全な行為だ。
でも俺が彼女の髪を洗うって……なんだか一線を越えてはいないのに、少しいけないことをしているような気もしなくもない。女性の髪は神聖だというし、触れてしまう事に大いに身に余る気がする。考えただけでもドキドキしてしまっている。
しかし俺はそんな彼女の頭を、この間は無断で撫でてしまったわけだけど。子供の頃なんてよく撫でていたし。でも今はそんなことはどうでもいい。
『彼女の髪を洗ってほしいとお願いされて、大いにドキドキしている』。それが全てだ。健全な行為ではあるけどもめっちゃドキドキしている。だって髪に触れるんだよ……ドキドキしない方がおかしい。
「本気じゃなかったら水着姿になってまで頼みませんよ! やってほしいからお願いしてるんです! さぁどっちなんですか? や、やはり、流石にダメ……で──」
「やります!! 心を込めて髪を洗います!!」
一瞬だけ不安そうに伏目になってしまった。どこか落ち込んだような表情が浮かんだ瞬間、俺の中にはどんなお願いだろうとも断るという選択肢はなくなった。
『小鳥遊 昴』は『雨宮 美夢』に弱い。これは未来永劫、不変である。
俺の返事を聞いて、彼女の表情は一瞬にしてパッと表情は明るくなった。よほどうれしかったようで、クルっと後ろを向いて小さくガッツポーズをしているのが見えた。
後ろから見ても……うん、かなり色っぽい。
でもそんなにも嬉しいんだ。いつもグイグイ来る彼女だが、今回のお願いはこれまで以上に踏み込んだものだった。あの真剣な眼差しと言い、やはり勇気と覚悟が必要なほどだったんだろうね。それに応えられてよかったよ。鼓動が全身を揺らしてるけど。まぁこんなにも可愛らしい姿が見れたのだから、俺の悩みなど些細なものだ。
しかし1つここで思い出す。母が言っていた『水着』だ。
名探偵の俺には全てお見通し。
母上…さてはグルだね?そうでないならあのタイミングで水着のありかを教えたりはしません。外堀から埋められている。
全く心配性な人たちだよ。




