第26話 先輩たちも素直になれない
ボブカットの女の人と、その人をれーちゃんと呼ぶミディアムヘアーの男の人。そんな人は他にいるはずがない。生徒会長である『佐々木 レイナ』先輩とその親愛なる幼馴染『加賀美 吹雪』先輩である。
2人だけの世界に入っていて、近くにいる事に気付かなかった。
「いけずだねぇ~この前までは俺じゃなくそっちの方からしてきてくれたのに」
「誤解を招くようなことを言うな! 小学生の頃の話だろう! どれだけ前の事だと──」
「おぉ~覚えててくれたんだー! 嬉しいなぁ! じゃあ記念に…はい」
「はっ!?」
隙をついた加賀美先輩の早業により、2人は一瞬で手は恋人つなぎになった。なんて早い手さばきだ。そして自然な流れで『れーちゃん』呼びは不問へ。
「ふ、ふぁっ!? な、な、な、何をするんだ…っ!?」
手が触れ合ったら瞬く間に佐々木先輩の顔は赤くなり、口をワナワナさせてあたふたし始めた。手をぶんぶん動かして振りほどこうとするが効果はなく、その手はしっかり繋がったまま。
加賀美先輩が積極的に動き、佐々木先輩が照れてあたふたする──この間から見ているが、この2人はお決まりのパターンだ。というか話しかけてきたのはそっちなのに、俺たちと同じように2人だけの世界に入ってしまっているよ。
「覚えていてくれた記念だよ! いやぁ、れーちゃんの手は相変わらず温かいねぇ~。この春の陽気にはもってこいだね」
「バ、バカっ! そんなことはどうでもいいぃ!」
恥ずかしさからか目は少し潤んでいる。これは完全に照れているね。
『離せ』とか言わないし。この2人を見ていると、見守っている側の気持ちが少しわかる気がした。
そう思っているとパッと手が離れた。佐々木先輩が振りほどいたというより、加賀美先輩が離した感じだ。少し悔しそうな顔で佐々木先輩を睨むが、赤面してるし、涙目になっているし、生徒会長をしている時の凛とした雰囲気の凄みや威圧感はない。
これが『想い』ってことなんだろう。本当にわかりやすい。
「佐々木先輩はわかりやすいですね」
と、彼女が俺にだけ聞こえる声で呟いた。どこか微笑ましい感じの声色だけど─。
(いや美夢ちゃんも大概わかりやすいよ……)
そう言葉が出かかった。俺自身もわかりやすい自覚があるし、言ったら互いにダメージを受ける気がした。というか、もしかして自身がわかりやすいという自覚はない……?
でもそこがいい。
「ごめんごめん後輩諸君。ついつい置き去りにしちゃって」
「いえ、いつもの事なので大丈夫です」
「なっ……! わ、私は断じていつもの事ではないからな! こいつだけがいつも通りで元凶だからな! そこは間違えるなよ!」
「まったく昴君は……素直すぎます」
ついうっかり素直な感想が漏れてしまった。
でも焦って反論しているのは佐々木先輩だけで、加賀美先輩は自覚があるのか肩をすくめてどこ吹く風といった感じで。まぁ……佐々木先輩が言っていた通り、こういう流れになる元凶は加賀美先輩なのは事実だ。それにいつも通り反応してしまうのが佐々木先輩なのだけど。いい関係性だ。
「それじゃあ話を本題に戻そうか。この晴天の空のもと、君たちもデートかい?」
「ちょっと待て! 私たちも別にデ、デートでは……」
「はい、デートです」
「…っ!?」
俺の返答が入る余地もない即答。
まさかの肯定にドキッと心臓が跳ねて、佐々木先輩ほどではないにしてもアワアワしてしまった。その表情はなんの恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげだ。
いや確かに手を繋いでるし、一緒に買い物に行くところだ。これはどう見ても、どう考えても、まごうことなく正真正銘の『デート』である。知っていたけど、考えないようにしていたことに改めて向き合って全身が熱い。
まさか人前でも強気になるとは、流石。
「いいねぇー青春だね。その服装と方向だと…行先はショッピングモールかな?今の時期にはデートにはもってこいの場所だね。どうかな?僕の推理は」
「ご名答。素晴らしい洞察力ですね」
なんで服装と方向で当てられるんだ、この人。ちょっと怖いんだけど…。
「なんでそんな所だけは名探偵ばりに洞察力がいいんだ。その力をもっと生徒会に活かせ!それと何度も言うが別にデートではない。こいつから連絡が来て買い物に誘われて時間が空いていたしほしいものがあったから行ってもいいかなと思って一緒に来ただけだ! た、確かに一見すればそういう見方もあるが……ち、ち、違うからな!」
(佐々木先輩めっちゃ早口じゃん! よく息継ぎもなしに言えたものだ。焦りすぎでしょ。というかこの口ぶりだともう自分でも、デートみたいって思っちゃってる感じじゃないですか。そしてその状況は完全にデートじゃん)
「でもそれは……デートなのでは?」
「……なっ?!」
「あっ」
(えぇぇー言っちゃったよ、美夢さん!!)
耐えきれなかったのか、それともついうっかりか、今度はまさかの彼女が素直な感想を漏らしてしまった。さっき俺に素直すぎるって言ったのに、俺の事よりもよっぽど素直な言葉を出しちゃったよ。本人が気づいた時にはもう遅し。
真実を言われてしまった佐々木先輩は、手を繋がれた時と同じかそれ以上に赤面し口をワナワナさせている。その気持ち凄くわかります。恥ずかしすぎるとそうなりますよね。
「じゃあお互いにデートを楽しもうか。俺達は水族館に行ってくるよ。今から行けばちょうどイルカショーの時間になるだろうし。もし行くならお昼過ぎがオススメだよ」
「そんな時間まで把握してるんですか? デートスポットについて詳しいですね」
「当然のことさ。れーちゃんには楽しんでほしいからね。ついでにそういうのは自分の目で見て調べるのも楽しいから、出先では『ここに一緒にいけたら楽しいかな?』って想像しながら見るのもいいかもよ。自然とそう思えているなら、それは素敵なことだと思うし。それじゃ、そっちも気を付けてね。この頃、不審者が多いっていう噂だからさ。ばいばーい、また生徒会でよろしく~」
そう言うと、いまだにアワアワしている佐々木先輩と再び恋人つなぎをして、リードしながらその場を去っていった。その背中は凄く楽しそうで、見るからに動きが軽やか。
あの軽い感じだけど、心の底から佐々木先輩といられるのが幸せで楽しいのだと伝わってくる。佐々木先輩にだけ向ける特別優しい笑顔が全てを物語っているのだから。
(でも肝心な事は言わないんだよね。言えばいいのに……って、端から見れば思うけど……言えないよね。わかるよ、『先輩たち』)
嵐のように過ぎ去った先輩たちに、勝手ながら親近感を覚える俺であった。
「……嵐のように過ぎ去っていきましたね」
「おっ! いま同じことを思ってたよ! 凄かったね。なんか見ていて微笑ましくなっちゃったよ」
「佐々木先輩はあんなにわかりやすくて大丈夫ですかね。加賀美先輩の方は気づいているのか、いないのか……飄々としていてわかりませんね」
自分たちでも言っていたけど、2人は付き合っている仲ではないとのこと。特に佐々木先輩が強く否定していた。めっちゃ焦りながらだったけど。あの感じだと気づいてはいるとは思う。そうじゃないとあんなにも楽しそうにはなれないだろう。
(ただ一歩先に踏み込むのをやめているだけ……かもね)
真相は加賀美先輩の中にしかないし、俺たちはあくまでも推測の域を出ない。飄々としている先輩でも、あと一歩だけ前に進もうという勇気が持てない。人の感情というのはなんとも難しいものだね。
「あの2人には上手くいってもらいたいね」
「そうですね……本当に」
何か思うことがあるのか、2人の背中に向ける視線はどこか意味を持っているように見えた。
「美夢ちゃん?」
「さぁ私たちもデートを楽しみましょう! ショッピングモールに行きますよ」
「あっ……デ、デート……」
その嬉しそうに告げた言葉に現実が押し寄せてきて、心臓を跳ね上がらせる。クイッと手を引かれ、また歩みを進めていく。
移り行く街並み。行きかう人々。そして隣には恋人つなぎをして上機嫌な幼馴染。頬をほんのりと赤く染めながらも口角を上げて、眩しい笑顔を向けてきてくれている。
そう、俺たちはデートの最中なのだ。完全にデートだ。
春の陽気にも勝るほどに、触れている場所が熱い。でもそれは俺だけではないようで、繋がれた手から彼女の──雨宮美夢の鼓動が伝わってくる。少しは早く、それでいて大きな鼓動が伝わってきている。
「よかった……」
「えっ? 何が……?」
「いえいえ。こっちの話です。いつか答えを教えてあげますよ」
まるでいたずらに成功した子供のように無邪気に笑うその姿は、日の光とは比べ物にならないほどに眩しくて、輝いている。世界で一番の笑顔だ。
でも俺も『よかった』って思ってるんだ。
(もし……その理由が同じなら、嬉しいな)
いつかこの答えが言える日が来ることを信じて。かけがえのない今を余すことなく生きていく。彼女の最高の笑顔を見ながら、そう固く誓った。
世界の色がはっきり見える。




