第25話 君と触れ合う特別な時
「ごちそうさまでしたー! 今日のご飯もおいしかったよ、ありがとう!」
「いえいえ。いい食べっぷりでしたよ。作った甲斐があります」
昼食に食べたのは、美夢ちゃん特製手作り弁当。学校に行っている時と同じようにお弁当を作ってきてくれたんだけど、休日に手作り弁当を食べられる幸福感……たまらない。
中身は魚、肉野菜がバランスよく入っている感じだったけど、半分はオムライス、だし巻き卵、キュッシュという俺の好きな卵をふんだんに使った贅沢メニューだった。
この背徳感、たまらない。休日とあって少しの罪悪感もなく、最高においしい卵料理をおなかいっぱい食べられて幸せ。ついでにご所望していた『あーん』はしなかった。
『お楽しみは晩御飯の時で』とそれは楽しみな表情で言われた。
また緊張が高まった瞬間でもある。一瞬想像してしまい、心臓が跳ねたのは言うまでもない。
「じゃあ俺が片づけるから美夢ちゃんはゆっくり休んでて! 椅子に座ってリラックス、もうこれでもかってくらいくつろいじゃって!」
「いや私が……」
「お客さんなんだからこの時くらいは任せて! これでも洗いものには自信があるんだ」
「フフッ、わかりました。じゃあゆっくりしてますので」
力こぶを作るようなマッスルポーズを見せながら胸を張って言うと、子供のように笑ってくれた。なんでこのポーズなのかは自分でもわからないけど、思いは伝わったようだ。
いつもは、お弁当を食べさせている上にお弁当箱も回収されて洗い物までもしてもらってしまっている。いつも感謝しているけど、それと同時にやってもらってばかりで申し訳ない気持ちが芽生えてくるのだ。
いつもは押されっぱなしの俺だけどもだからこそ、せめて家に泊まりに来てもらっている今回だけでも。
気合を入れて流し台に向かう。肩を回して準備体操もばっちり。お弁当箱2つと少しの食器。相手にとって不足はない。
しかしいざ流し台に行き、食器を目の前にするとなぜだか視線を感じる。
「……」
視線を感じる方を見れば、椅子に座ってお茶を飲みながら俺を見つめている幼馴染がいた。
わざわざ椅子を移動させて、洗い物をしている俺が見える位置に来ていた。まるで効果音で『じーい』なんてつきそうなほどに見ている。これは予想外。
「えっと……美夢さん? いったいどうしたのかな?」
「昴君を……コホン! 洗い物を見ながらくつろごうかと思いまして。さぁお気になさらず」
一瞬照れたような表情はすぐに微笑に変わり。言葉も言いかえたけど…そういう事だろう。嬉しいけども緊張の方が勝ってきている。
手を動かさないわけにもいかず、洗い物を進めた。
人生で何度も洗い物をしてきているけど、これほどまでに緊張しながらするのは初めてだ。まだ子供の頃にお手伝いとしてやった時の方が緊張しなかったと思う。
でもこの緊張感が心地いい。だって隣で彼女が見てくれているのだから。でもこういう場面だと自然に思考は止まらない。
(もし……もし結婚して一緒になれたら、毎日こんな感じなんだろうか。なんて、ね)
俺は何を考えているんだろうか。
でもそんな未来をどこかで─。
「もしかしたら将来はこうなのかも……」
「え?」
「え? ……あっ、い、今のは……空耳です! 空耳!!」
どうやら考えている事は似ていてようだ。でもその慌て誤魔化そうとしようとしたことと、耳まで可愛らしく赤く染めた様子で心臓はまた鼓動を強める。
「忘れてください! そうだ口の中に甘いものを…く、クレープを突っ込みますよ!」
めっちゃあたふたしている。グイグイ来られている時の自分を見ているかのようだ。
それにしてもいつの間にクレープを?どこに隠し持っていたのか。
クレープを俺の口元に近づけようとした時、ピタッと動きが止まり。
「こ、これじゃあーんになっちゃう……!」
気づいてしまった。そうだ。俺の両手は今、洗い物をしていて泡まみれ。手を洗う数秒の間はクレープを持つことはできない。今このまま俺の口にそのまま入れれば、熱望している『あーん』になってしまうのだ。
というかその持っているクレープは、彼女が今まで食べていたもの。
すなわち─。
「はぁっ!!…これでは…間接……っ!?」
そう。このまま口をつければ世にいう『間接的なあれ』になってしまう。あーん、よりも遥かに上の行為になってしまうのだ。
それにも気づいてしまったようだ。
焦りで次から次へと自分でダメージを与え続けてしまう。これが何もかも裏目に出てしまっている状態か。
赤かった顔はさらに赤さを増し、口をわなわな震わせていて、うまく言葉が出ない様子に。
俺も冷静に分析をしているけども、じつは同じで。全身が熱いし、ドキドキしすぎて頭がクラクラする。いま鏡を見れば間違いなく俺の顔も彼女と同じくらい赤くなっているだろう。
だっていくら距離が近かった俺達でも過去に一度たりともそういうことはなかった…はず。少なくとも俺からはしていない。
「……」
「……」
目と目が合ったまま互いに固まってしまった。
潤んだ瞳は伏目気味になりながらも俺をじっと見ている。赤くなった頬、クレープを握っている綺麗な指、そしてクレープの生クリームで少しきらめく唇。そのすべてを意識してしまって、ドクンツ─ドクンツ─と自分の鼓動が耳につんざく。
まずい、言葉が出ない。何か言わないと…でも思考が彼女一色に染まっていく。
どのくらいの時間が経ったのかわからないけど、先に我に返った美夢ちゃんがはっとした表情を浮かべた後にクルっと後ろを向いた。
「……ず、ずるいです……」
「えっと……その……エヘヘ」
何がずるいのかは相変わらずわからないけど、それを言わない照れ隠しの姿も相変わらず可愛らしくてつい心が温かくなった。後ろから見える耳はもちろん、普段はあまり見ることがないうなじも、ほんのりと赤くなっていてそれだけでも彼女の心が見えたような気がしたから。言葉に出さなくてもそれだけで十分なのだ。
でもまだ昼なのに自らダメージを負った上に俺にも大ダメージを負わせないで!まだお昼ご飯を食べ終わったところ。今日はまだまだ長いのに、こんなんでは体力とライフが持たないかもしれない。
「先ほどは取り乱しました」
「気にしないで!俺もなんか……なんかごめんね!」
少し時間をおいて、互いに落ち着きを取り戻した。互いにダメージを負うことはよくない。まだ昼なんだし。
「いえいえ。それこそあれは私の自滅みたいなものなので、昴君こそ気にしないでください。じゃあ気持ちを入れ替えて…これから何か予定とかありますか?」
「ううん、特に何も考えてなかったよー」
「じゃあショッピングモールに買い物に行きませんか?その……て、手を……繋いで…!」
「……っみ……!」
赤めた顔と少し潤んだ瞳。恥ずかしそうにしているその目は、しっかりと俺をとらえて離さない。そして差し出された綺麗な手は、緊張からか少し震えていた。
互いにダメージを受ける。確かにこの予想は当たっていた。
でもこの仕草と表情…彼女の言葉を借りるとするならば─。
(ず、ずるいよぉ~……っ!!)
一気に鼓動が加速する。
それはきっと、俺だけではなく──。
「……」
「わ、私は別に恥ずかしくなんかありません! 断じて恥ずかしがってなどいません!」
「まだ何も言ってないよぉー……」
晴天の空のもと、俺達は手を繋ぎながら歩みを進めている。しかもただ繋いでいるのではない。
指を絡ませた──『恋人つなぎ』というやつだ。
外に出た瞬間、気が付いたら恋人つなぎになっていた。
小さい頃から美夢ちゃんとは何度も手を繋いだことがあるけども、恋人つなぎというのは人生初。
モールに向かうとあって人通りは多く、白昼堂々と恋人繋ぎをしている高校生は周囲からの視線が少し集まりやすい。見守られるかのような温かい視線もあれば、どこか嫉妬が混じっているような視線もちらほらと。
「でもその反応には無理があるよ……絶対に照れてるし」
「照れてません! ……ほんの少しだけです」
やっぱりこういう時は認めてくれるんだ。でもなんだか言葉にしてくれて嬉しい。
「そういう昴君はどうなんですか?その……私と……手を繋いで」
立ち止まりじっと俺の目を見つめる。期待と不安が入り混じった綺麗な瞳と声色だ。
俺も期待に応えたい。彼女には誠実でいたい。
「めっちゃ……ドキドキしてる」
「……え」
「もう心臓が破裂するんじゃないかと思うほどにドキドキしてる」
「え、あの……」
「思考が回らないほどにクラクラしてる余裕がない。訊いたらなんでも答え──」
「も、もう大丈夫です! 喋らないでください! ……でも……フフン」
ドキドキしすぎて、少し考えただけでその言葉が漏れ出てしまいそうになっている。何か口走ってしまわないか不安だし、流石に言ってはまずい言葉は懸命に抑えて言葉を紡いでいるけども、いま質問されたらすべて素直に答えてしまう自信がある。
それほどまでに余裕がない。
でもそんな答えに彼女は満足してくれているようで、照れつつも最高のドヤ顔を浮かべている。喜んでもらえて嬉しい限りだ。
でもこんな場面を知り合いに見られたらまずい。
決して見られるわけには─。
「あれれ? 小鳥遊君と雨宮ちゃんじゃん。仲睦まじいねぇ~。ねぇ、れーちゃん、俺達も恋人つなぎやらない? やろうよー」
「~っ!! だ、だれがお前なんかとするかっ!! それとれーちゃんって言うな!!」
(あぁ~フラグだったよぉ~!)
やはりよくないことを考えると、引き寄せてしまうのかもしれない。




