第24話 古き日の新たな思い出
彼女の足取りはすこぶる軽い。いや本当に特に何か特別なものがあるというわけでもないのに、なぜこんなにも楽しそうなのか。まぁでも…俺も美夢ちゃんの部屋に入る時は同じ感じだった。特別なものがなくても、その場所は特別になる。
あっという間に部屋に到着し、『失礼します』なんて丁寧にあいさつしながらもすっと部屋の中へと入っていった。なんて手際の良さ。つけ入る隙もないほどに迅速だ。
「昴君の部屋……相変わらず良いですね」
部屋全体を見渡して、なぜか満足げに頷いて見せた。普通に恥ずかしいんですけど…でも、そうほめてくれるとなんだか嬉しい。この日のために頑張った掃除での苦労が報われたような気がする。
「そう言ってもらえれば、掃除を頑張った甲斐があるよ」
「確かに掃除で床はピカピカで清潔感はありますけど……あっ」
「えっ? なんかあった?」
彼女が突然声を漏らして唐突に勉強机に近づく。
(なになになに?! なんかまずいものでもあったか!? ……いや……そんなものは記憶にない。置くどころか、買った記憶すらない)
あたふたしていると彼女は写真立てを手に取った。それは彼女の部屋にも飾られていた『この間のツーショット写真』。
でももう1枚、別の写真が隣り合わせに入っている。
それは──『過去のツーショット写真』。
晴天の空のもと、弾けるばかりの満面の笑顔をして、手を繋いではしゃいでいる俺と美夢ちゃんの幼き日の写真だ。
「これは……」
「ついこの間に母さんから渡されたんだ。こんなにも微笑ましい姿はなかなか見れないだろうからって、撮っててくれたんだって。まぁ記憶の彼方に飛んでいってたみたいで、ついこの間に見つけるまで忘れてたらしいんだけど。でもこうして今になって、出てきてくれたんだ」
「そうだったんですね……撮ってくれていたなんて、全然気づきませんでした」
俺の言葉を聞きながらも視線は写真にくぎ付けで、その瞳は少し潤んでいる。これだけでも見せてよかった、そう心の底から思える。
「この時って遊ぶことに夢中だったからね」
「ウフフ…楽しそうなこの笑顔を見るにそうでしょうね。昴君と遊んだ時の記憶は完全には覚えていませんけど、とにかく楽しかったというのだけは覚えています」
「俺も同じだよ~。あの頃も楽しかったね」
「えぇ本当に楽しかったです!」
何をやったとか遊びの内容までは覚えていないけどそれでも、とにかく楽しくてずっと笑顔でいたのだけは鮮明に覚えている。あの頃の記憶を頭に浮かべるだけで、胸の中がじんわりと熱くなって元気になれて、気が付けば笑顔になれている。
その気持ちも同じいてくれたようで、目をキラキラと輝かせて微笑んでくれている。
「そういうわけで……はい、これ!ちょっとしたプレゼントだよー!」
この部屋に入られた時点でこうなると予想はできていたので、アワアワしつつ用意していた封筒を差し出した。目を真ん丸にしながら受け取ってさっそく中身を確認。その光景がついこの間の自分とまるかぶりで、つい嬉しくてにやけてしまった。
「……ぁ……これは……!」
封筒の中身は、数枚の写真だ。この写真立てに飾られている写真と、『子供の頃の写真』だ。
俺とのツーショット写真だけではなく、美夢ちゃんが1人で写っているものも。
目を輝かせて、食い入るようにその写真たちを見つめる。顔をほころばせて数秒後、ぎゅっと写真たちを優しく抱きしめた。
「ありがとうございます! ちょっとしたどころではないプレゼントですよ」
プイっと後ろを向いて、顔が見れないようになる。俺も空気を読んで写真立ての方に視線を移す。表情や仕草は彼女だけのものにしないとね。
「そう言ってくれてよかったよ~。カピバラのぬいぐるみの他にも、あの時の形に残った思い出ができたね」
「はい! この写真たちは私の部屋にしっかり飾ります。どういう風に飾るかはゆっくり眺めながら考えるとします…今からその時が楽しみです」
声色しかわからないけど心底嬉しそうに笑い、未来絵図を描いているのが伝わってくる。
あの日に彼女の部屋で見た写真の隣に、この写真が連なることが確定した。ぬいぐるみと共にあの時代の思い出が1つ増える。彼女にとってそれはどれほど大切で嬉しいことかは、この反応でしっかりと伝わってきて、それがまた嬉しい。
母が撮っておいてくれた写真で、こうして笑顔になれる。俺も何か親孝行しないとね。
「そういえばなぜ俺の部屋に? この写真があることは知らなかっただろうし」
「そりゃ、今日寝る場所の下見くらいはしますよ」
「……今日寝る場所の下見……?!」
何気なく聞いてみたけど、とんでもない答えが返ってきてしまったぞ。いや…もしかしたら俺の解釈が間違えているのかもしれない。
『そりゃ(昴君の)今日寝る場所の下見はしますよ』
かもしれない。いや……それは無理がある。
「えっと……今日はもしかして俺の部屋で……お眠りになる?」
俺もそこまで鈍感ではない。でも、答えは明白だけど聞かずにはいられない時が人生ではあるのだ。それは間違いなく今。
「全く、なに寝ぼけたことを言ってるんですか。そうに決まってるじゃないですか。ほかにどこで寝るというんです?」
「…ふぇー!?」
答えはわかっていたし、俺の思い上がりであることの可能性などなかったのは明白ではあったけど、こうしてしっかりと言葉で聞いて心が理解してしまうと、一気に心臓が跳ね上がった。この衝撃に声を出さずにはいられない。
「よ、予定では俺は自分の部屋で布団を敷いて、美夢ちゃんはリビングに布団を敷いてお眠りになってもらおうかと…。じゃ、じゃあ…俺がリビングで美夢ちゃんが俺の部屋で……」
「せっかくの2人きりのお泊りなんですよ? この部屋で一緒に寝ましょうよ」
部屋で……一緒に寝る!?予想はしたことがあるけど、一緒の部屋で寝ることは避けるかなと思っていた。でも…今にして思い返せば。
(この間の風邪をひいて看病した時、同じベッドで……それも彼女のベッドの中で一緒に寝たな。それも抱き合う感じに……)
むしろ一緒の部屋で寝るくらいの提案をされるのは、普通であったのかもしれない。まずい、あの時のことを思い出して胸の高鳴りが強まっていく…ドキドキしてる!今は思い出すな!
「昴君がダメと言うなら無理には─」
「一緒の部屋で寝ましょう! 喜んで寝ます!」
期待に満ちた輝いた眼差し。そんな光の中に、一筋でも不安の闇を出させるわけにはいかない。その感情だけで考えるよりも言葉が出た。これはついこの間も見たような気がする。
知っていると思うが、小鳥遊昴は雨宮美夢に弱い。それもかなり。
「……フフッ、よかった」
どこか一安心したようで、その表情は晴れ晴れとしている。本当に俺を扱うのがうますぎる。いや俺がちょろいだけか。でもそれでいい。こんなにも綺麗で可愛らしい笑顔が見れているんだ。彼女にはちょろい俺でいたい。
(美夢ちゃんがグイグイ来てくれる事に俺も……これもまだ言えない、かな)
実際俺も一緒に寝れることは嬉しいし。さすがにこれは言葉に出すつもりは、今はないけどね。単純に勇気がない。
「と言っても2人並んで寝れるスペースはないから、じゃあ……俺のベッドの布団を変えてもらってそこに美夢ちゃんが寝てもらう感じで。俺は床に寝るから」
「いやいや何をおっしゃいますか。このベッド、そこそこ大きいですよね?」
「うっ……」
何とか流れでごまかせるかなぁと思ったけど、彼女がそんな甘いわけもなく。
そう俺のベッドはシングルサイズではない。ダブルサイズである。
店に行った時にちょうどセールをしていて、お安くなっていたからこっちのサイズを買ったのだ。1人だとゆったりできて快適である。ついこの間、ベッドを見て言っていたのはこれか…。
「2人で寝るには十分ですよね」
「……そ、そうですね。でも布団は……」
「この質感からして干したばかりですよね?」
はい、おっしゃる通りです。部屋に入ってくるのは想定内。何も粗相がないように布団は昨日干して、シーツ等も変えたばかり。フカフカです。
こうなれば、この流れからはもう逃げられない。止められない。ええいままよ!
「フフフ、夜が楽しみですね」
「ハイ、スゴクタノシミデス」
あえて何がとは言わないあたりが凄くノリノリで楽しそうである。
俺はそんな心底楽しみにしているような笑いを聞きながら、胸の高鳴りを懸命に抑えるのであった。




