第23話 幼馴染とのお泊り会
「昴、ちょっと話があるんだけど」
部屋で美夢ちゃんとメッセージアプリでやる取りにふけっている時、唐突に部屋の扉が開き、母から声をかけられた。
「ふぇ? なんでしょうか?」
「お母さんね、来週の土曜日に用事ができて家を空けることになったの。お父さんも出張で家にいないし、お兄ちゃんも大学が忙しくて帰ってこないから家には昴が1人になるのよね」
「へぇー……でも大丈夫! 俺も高校生だし何とかなるよ~!」
「なんとかって……その返事は不安だけど手は打ってあるわ。とっておきの秘策をね」
「一体どんな手を? 見当もつかないけど」
「雨宮ちゃんもその日、家で1人らしいのよね」
「おっと……急に見当がついたような気がするよー」
というかこれはもうすでに、ほぼほぼ答えなのでは?待って待って。心の準備が…。というか、なぜ母さんは美夢ちゃんのそういう情報を手に入れているのだろうか。
「入学式の時に交換しておいたわよ。ご両親の連絡先もね。この間に雨宮ちゃんの看病に行く時も事前に丁寧に連絡をいただいたわ」
「なるほどね。だから準備がめちゃくちゃ良かったんだ。……というか俺の心が読めてる? 読心術かなんかを心得てるの?」
「そんな漫画の世界じゃあるまいし。親からしてみれば子供の思うことなんて手に取るようにわかるわよ。そういうわけだから、家に雨宮ちゃんが泊まりに来ます!」
「来ます?! えっ、確定なんですか!?」
「確定よ」
美夢ちゃんがうちに泊まりに来ることが確定した。いや、していたというほうが適切か。
とにかく、この家に美夢ちゃんが泊まりに来る。これは一大事である。今世紀最大のイベントといっても過言ではない。何度か家に来てくれたことはあるけど、泊まるとなるとハードルは段違いに上がる。
嬉しいけど緊張感が違う…あぁ、心臓がドキドキしてきた。今から緊張感がえぐい。部屋の掃除とかしないと。
というか─。
「えっと……親御さんとしては、思春期真っ盛りの高校生が2人きりで泊まるのは教育上、大丈夫なんです?」
「問題ないわよ? むしろ大歓迎というか、昴と雨宮ちゃんだったら万が一にも間違いは起きないだろうし。何も心配してないわよ。ご両親も何も心配してなかったし、なんなら私よりも乗り気だったわよ」
「おほほほ……人生で一番の信頼をここで得られるとは」
でも確かに俺なら、万一の間違いも起こさない。これは自分でもそう確信が持てるほどの絶対なる自信がある。というか当事者の俺よりも親のほうが乗り気とは…。
(まさかこれは双方の親が仕組んだイベント……!? 両親の出張も兄ちゃんが大学が忙しいのもウソ……! なぜだろうか……あまりにも突拍子もない考えだけど俺の家族ならやりかねないと思えてしまう。美夢ちゃんのご両親はそうではないような……いやでも)
変な方向に思考が飛びそうなので頭を振ってリセット。
「でも美夢ちゃんはどんな反応なの? その……異性の家に泊まるというのは……」
「少し鈍いわね。来るってことはそういう事よ。独り言になるけど……雨宮ちゃんこの家にお泊りするの楽しみにしてたなー。夕食になにを作ろか、とかすごく考えてたなー」
なんてわざとらしい盛大な独り言。ノリノリだ。これが子供を見守る親の楽しみ、というやつか。でも美夢ちゃんも乗り気でよかった。
「か、覚悟は、決まりました」
心の準備は当日までに整えるとして、立ち向かう覚悟を固めた。魔王に挑む勇者パーティーの決戦前夜のような気概ではある。こうなればその日を全力で楽しむ。でもその日の事を考えただけで心臓が…。
「そう。それはよかった! でも2人きりでのお泊りなんてどうなるのかしら。さすがの私でも想像できないわ」
確かに母さんの言う通り、今はパッと答えが見つからない。自分の家に幼馴染が泊まりに来て二人きりでの生活……一体どうなるのか。
風邪の時と同じくらいにはグイグイ来そうな予感はする。
例えば家に帰った時。エプロンを身に纏った状態で。
『昴君、ご飯にします? それともお風呂?』
夕食時。対面に座った状態で。
『ではこの間の約束通り……あーん』
就寝時。同じ部屋で布団が隣合わせになった状態で。
『今日みたいな日は一緒の部屋で寝ましょう。昴君、おやすみなさい』
「……っぁ!」
すごいな、軽く考えただけでも一瞬で想像できてしまう。こういう場面が自分の妄想力の強さには少し引くね。それでもたったこれだけでしか妄想していないのに、心臓が元気に跳ね上がる。
今でこれなら、この先が思いやられる。しかし自分でこういうことを妄想してしまっていることに少し罪悪感も覚えるし、端から見れば勘違い野郎の痛い妄想で少々気持ちが悪い。やめよう。
「それと水着はいつもの棚にしまってあるから」
「なぜ今、急に水着? まだ春だよ」
「あっ、それとね。いい物を見つけたのよ」
華麗にスルーし、嬉しそうに1つの封筒を渡してきた。受け取って中身を確認すると──。
「……ぁ……これは……!」
「ついこの前見つけたの。渡しそびれちゃって今に至るって感じね。ちゃんと2人分用意しておいたから、あとは任せるわ」
「うん、ありがとう!!」
渡されたものを抱きしめながら俺は自室へと戻った。そしてそれを見るのに夢中になり、部屋の掃除に取り掛かるのにずいぶん時間がかかってしまったのであった。
そして水着の疑問など消えた。
「こんにちは昴君! 今日からお世話になります。よろしくお願いします」
気が付いたら当日になっていた。
嘘だぁ…時が経つのが早すぎるよ!
朝から両親は暖かい微笑みと共に姿を消し、康太は前もって『土日は帰らない』と連絡をよこした。手の平の上で踊らされているような気もするけど、もう気にしない。
家には自分だけ。何度も意味もなく鏡の前に行って身支度を整え、不手際がないかと部屋の隅々まで目を光らせた。ここ数日は過去一、掃除や片づけを頑張った気がする。
そして迎えた昼前。
彼女が家に到着。『迎えに行こうか?』という提案は、『子供の頃と同じにしたい』という理由で却下。確かにあの頃はいつも来てもらってたけど。
チャイムが鳴った瞬間に心臓が飛び跳ね、胸の高鳴りが響く中、扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、晴天よりも眩しい笑顔の幼馴染。少し大きめのリュックサックを背負い、服は春先に合うピンクと白を基調とした可愛い感じのものだ。
(か、可愛い……)
ファッションに疎いのでトップスの名前は何というのかはわからないけど、自信満々な表情と相まって何よりも先にそう思ってしまった。ボトムは水色のロングスカートなのだが、スリットが入っていてチラッとふくらはぎ付近の脚線美が覗く。
「……~っ!」
色っぽくて、思わず息を飲んで視線を別に移した。背中を拭いて以来、こういう部分を少し意識してしまうようになってしまった。これがチラリズムと呼ばれるものか。
そして開国一番に先述のセリフである。もうすでに凄く楽しそう。
「う、あ……こんにちは、美夢ちゃん。あの今日からというか……今日はと言いますか……」
何とか言葉を返すことができた。緊張で声が裏返ったような気もするけど、気にしない。
それと『今日から』って、まるでずっといるみたいな言い方だし。嬉しいけど、急にそうなったら心臓が持ちそうにないからもう少し心の準備が欲しい。どうやらいつも通り、最初からエンジン全開のようだ。服装もいつもとは違う雰囲気だし、これは気合が入っている…的な?感じかな。
「細かいことは気にしないでください。では……お邪魔します」
俺の訂正なんて何のその。全く意にも返さずに家の中へと入っていく。半端じゃなく頼もしい背中だ。でも入る前に一瞬緊張した様子になったのを俺は見逃さなかったけど。
俺だけじゃない。
彼女も緊張してきてくれたんだ。なんだかそれが妙に安心感を覚えた。
リビングでの荷解きを何気なく見ていると、リュックの中から姿を現したのはカピバラのぬいぐるみ。相変わらず可愛らしい。
「ぬいぐるみ持ってきたの?」
「あると落ち着くんです。それに……私の宝物なので。今更改めていうのもなんですけど……ありがとうございます」
「エヘヘ、そう言ってもらえてよかった!」
選んだ時の記憶は、今も鮮明に、昨日のことのように浮かび上がるよ。2人きりの空間を彩ってくれるにはこれ以上ない物だ。なんたって、彼女がこんなにも幸せそうに笑っているんだからね。このぬいぐるみも一緒にお泊り会を満喫しよう。
荷物を整理したらまずはリビングで一息。ソファーに並ぶように座り、コップに注いだジュースを2人して流し込む。緊張で乾いた体が一気に潤うと同時に少し落ち着けた。
「さてさて……じゃあせっかく来たことですし、まずは昴君の部屋に行きますかね」
「そんなに楽しみになるようなものはないけど、まぁ……どうぞ」
ついこの間に入ったばかりだし。なんなら小学生の頃は、今よりも頻繁に招き入れていた。しかし、毎度のことながら相変わらず少しばかり緊張する。
何も不手際はないはず…たぶん。ルンルン気分で階段を昇る美夢ちゃんの背中を見ながらそう思った。
こうして俺と幼馴染の2人きりの空間が始まった。




