第22話 彼女に向けた揺るがぬ決意
思い出に浸りドキドキしながら、眠っている彼女を見守ること数時間。
家の玄関付近から音と、『ただいま帰りました』という百合子さんの優しい声が微かに聞こえてきた。時間を見ればもう夕方付近に。
時が過ぎるのは早いもので、半日看病すると気合を入れていったらもう終わりの時間になってしまった。
なんだか寂しい。
看病といっても特にやったことは少なくて、眠っている美夢ちゃんを見ているという時間がほとんどではあったのだが。
(じゃあ俺はそろそろお役御免という事で……あ、あれ?)
百合子さんには俺たちが特別仲が良い事は知られているのだけど、流石にこの体勢を見られるのは恥ずかしい。だから離れようと動こうとしたんだけど、風邪で寝ているとは思えないほどの力でがっちり抱きつかれていて動けない。もしかして俺、フィジカルで負けてる?もう起きているんじゃないかと思うほどに強い。でも目は閉じられているし、スヤスヤと少し楽になった寝息を立てているし。
起こしたり無理やり解くのも気が引けるし…ならば選択肢は1つ。
(アワアワしても仕方がない……このままでいよ)
こういう場合の諦めならすぐに受け入れられる。
そう思った時に部屋の襖が開いて、百合子さんが顔をのぞかせた。
「ど、どうも……おかえりなさいませ~」
「あらあら~」
俺たちの様子を一目見ると、手で口元を隠しながら上品に嬉しそうに顔を綻ばせた。
この温かく見守られている感じ、あぁ…普通に恥ずかしい。
「お恥ずかしい所を……本当にすみません。寝ているのに凄い力で……」
「ウフフ、いいのよ。この子がこんな幸せな顔をしているんだもの。ありがとうね」
そう言いながら美夢ちゃんの頭を優しく撫でる。その顔はこの上なく穏やかで、慈愛に満ちていた。そして美夢ちゃんの表情はというと、百合子さんの言う通りにめっちゃ幸せそうだ。顔色も前に比べて良くなっているし、苦しそうだった呼吸も大分落ち着いている。よかった。少し元気になってくれたみたいだ。頭を撫でられながら、近くで人が話しても全く起きる気配がないほどに安らかにスヤスヤと眠っている。
「僕はたいしたことはできてませんよ。ただ側にいる事しか……」
「いいのよ、それで。むしろそれが一番なんだから。この子ね、小鳥遊君が看病しに来るって言った時に反対したのよ。『風邪をうつさせたくない。辛い思いをするのは自分だけでいい』って。でもね、見ちゃったの。あなたが来るって言った時の、ぱああっと嬉しそうに笑った顔を。言葉と表情が真逆なのがかわいくてね~」
嬉しすぎる。つい本心が顔に出るところは前から変わらないね。でもそれくらい嬉しく思ってくれたんだ。
会いたいけど、迷惑をかけたくなくて会いたくない…そう思ってくれるなんて本当に彼女らしい。側にいる事で彼女から喜んでもらえるなら、いくらでも側にいたい。どんなことがあっても。
「美夢さんが喜んでくれたのなら来たかいがあるというものです。呼んでいただきありがとうございました」
「こちらこそよ。ねぇ、小鳥遊君」
優しい百合子さんの表情が、真剣なものとなった。
「もしこの子がこれから先、辛い思いをする事があったら……一緒に背負ってもらえないかしら。美夢はいつも、ギリギリまで1人で背負い込んじゃうから」
言葉の端々からは美夢ちゃんを心配する気持ちが、はっきりと色濃く出ていた。子供を心配する親の気持ち。きっとこういうのを『愛』というのだろう。俺もいつも、両親と兄からそれを感じているからわかる。
そして俺にそれを頼んでくれるということはそれだけ信頼してもらっている証で、恐縮してしまう程に凄く嬉しい。百合子さんが、その思いを隠すことなく真剣に伝えてきてくれたのだ。俺もそれに応えたい。
「任せてください……! たとえ世界の全てが敵に回るくらいに険しい未来が待っていても、美夢さん本人が拒絶しても、一緒に最後まで背負います。もう……離れるなんて考えられません。これから僕が一生、美夢さんを守ります! 約束します」
覚悟は決まっている。彼女だけに、苦しみを背負わせるようなことは絶対にさせない。
俺はまだ高校生で子供だ。
大人のように、世界を変える事ができる力は持っていない。
反吐が出そうな悪意に対抗できるほど、強くもない。漫画のヒーローみたいに無傷で守れるほど、できた人じゃない。そしてきっと、彼女が悪意を向けられた時に俺が死に物狂いで全て守って傷つくことを彼女は望んではない。余計に傷つけてしまう。
そんな俺ができる事は、側にいて一緒に背負っていくことだ。
それが、俺が今できる最高の行動。どんなに辛くとも、彼女だけが泣いている世界に比べたら軽いものだ。
「……フフフ、目は口程に物を言うっていうけど、本当のようね。じゃあ……美夢の事を、娘の事をよろしくお願いします」
想いが伝わってくれたようで、穏やかな表情に戻り、深々と頭を下げてくれた。
固まっていた決意がより一層強くなる。頑張らなきゃ!
「はい……! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「でも、一生だなんて……将来が楽しみだわ。それまでは私も、背中をしゃんとしておかないといけないわね。誠一郎さんも一緒に歩いてもらわないといけないし……考えただけで楽しみだわ」
「えっと……それは?」
急に百合子さんは何を言っているのだろうか。ん?待てよ。
『一生、美夢さんを守ります!』
自分で言ったこととはいえこれではまるで『プロポーズ』……みたいだね。
「あっ……えっとその、これはその……」
あぁ~これは完全に言ってしまった!いや言われた本人は胸の中ですやすや寝ていて、聞いていないのがせめてもの救いだけど。それより先に親御さんの方に決意表明をしてしまった形なのだが。思ったことが口から零れ落ちてしまった。
紛れもなく俺の本心ではあるものの、過去一全身が熱い。火が出るくらいに顔も熱い。言い訳?しようがないね。
「ウフフフ、ではあとは若い人に任せましょう」
百合子さんは心底楽しそうな満面の笑みを浮かべて、ルンルン気分で部屋を後にした。
本心ではあるんだけど…あるんだけど!
「あぁ……俺も、もうぉ~恥ずかしすぎる~……!!」
それからは自分のセリフが何度も思い出されては、すやすや寝ている彼女を起こさないようにベッドの中で1人悶えた。
夕方になり美夢ちゃんは目を覚まし、ドキドキが連続した看病は終わりを告げた。長かったような短かったような、でも1つだけ言える事は、俺にとってはとんでもなく濃密な時間であったという事だ。
そして後日。ラブコメのべたな展開である、俺が風邪を引いて看病されるという展開は─起きなかった。くっ…立派な健康体だ。もちろん良い事なのだけど少し期待してしまった自分がいたのは事実。まぁ現実は甘くないということだ。
そして看病した日の感想を聞けば─。
『……~っ! あ、あんまり覚えていません! 特に最後に一緒に寝たところとかほとんど記憶にないですから!』
と、凄く焦りながらわかりやすく言われた。彼女がそういうのだ。『いやばっちり覚えてるじゃん』、なんてことは思わず今はまだ、そういう事にしておこうと思う。
でもこの日から、俺の決意は一段と固くなった。
彼女と一緒にいるために。
一緒に重荷を背負っていけるように。




