第2話 5年前の別れ
仲のよかった幼馴染の女の子がいた。友情以上と呼べる特別な感情を抱いた子が。
名前を【雨宮 美夢】。
日の光すらも霞んでしまうくらい綺麗な金髪と瞳をして、子供ながらに少し大人びた雰囲気をまとった少女。
初めて会ったのは幼少期の公園。1人でいる所を俺から声をかけたのが、初めての出会いだった。
家が近かったわけではない。むしろ家がどこなのかは『あの日』まで知らなかった。頑なに家には連れて行ってくれなかったし、いつも時間になれば彼女の親類のような人が迎えに来て、お別れしていた。今にして思えば、家でなにかがあったのだと思う。でもそれから毎日待ち合わせをして会えたから、彼女の迎えが来るまではずっと一緒に遊んだ。小学校では同じクラスになって、ほとんど毎日一緒に遊んで、勉強して、それから10歳までずっと一緒だった。
でも─ずっと続くと思っていた平穏で幸せな時間は、何の前触れもなく崩れ去った。
忘れられない約束を交わした次の日。公園にいても彼女は来なかった。家にも来なかった。妙な胸騒ぎがする中で夜になり、スーツ姿の初老の男性が家を訪ねてきた。たまに彼女をお迎えしてくれた人だった。
両親が軽く話を聞いた後、呼ばれた俺に1通の手紙を渡してくれた。
彼女からだった。
『昴君に会えて、毎日が楽しくて幸せでした』という嬉しい言葉で始まり、『引っ越した。もう会えない。』という唐突な話が綴られていた。
現実が受け止め切れないままに読み進めていけども、引っ越し先も、理由も書いてない。最後に『私から言ったのに約束を守れなくてごめんなさい。忘れてください。だからどうか幸せになって。今までありがとうございました。』と締めくくられていた。
彼女らしく綺麗でしっかりとした文字だったけど、所々が滲んでいて、泣きながら書いてくれたのだけはわかってしまった。
初老の男の人は彼女の親族の知り合いらしいのだが詳しくは教えてくれず、引っ越し先を聞いても申し訳なさそうに『ごめんね。わからないんだ』と返された。泣きじゃくりながら頼んだら、彼女が住んでいたという家の前に連れて行ってもらった。
立派な一軒家で、明らかに普通の家よりも大きくて豪勢な作りだった。しかし『売り物件』の表記があり、妙な静けさと寂しさが漂う歪な空間になっていた。誰もいない。電気もついていない暗い家だけが、ただ寂しく佇んでいた。
あの時感じた、もう彼女の会えないという絶望感は、今もこの胸の中に突き刺さっている。家の前で泣き崩れて動けない俺を、家族みんなで優しく抱きしめてくれた。
忽然と幼馴染は姿を消した。
あの日に公園で別れて以来、手紙を残して消息不明。何の手掛かりもない。親も、同級生も、近所の人も、先生も、彼女の行方を知らなかった。
あの手紙を見たその瞬間から、俺の世界は色を失った─。
と、いうのが5年前。
そして今、そんな彼女が目の前に現れたのだ。
その瞬間、灰色だった俺の世界に色が戻り、止まっていた時が急速に動きだす。経験したことの無い圧迫感が胸に生まれる中で、一気に全身が熱くなって鼓動が激しく脈を打つ。
緊張でほつれそうになりながらも一歩ずつ近づいていく。美夢ちゃんもゆっくりと近づいてきてくれて、あと一歩で触れ合うという距離まで来た。
「美夢ちゃん……本当に美夢ちゃ─はわぁっ?!」
「昴君……! 昴君っ!!!」
言葉を発そうとした瞬間、思いっきり抱きつかれた。目にも止まらぬ速さだったけど、その衝撃は包み込まれるように優しいもの。徐々に力強くなっていく腕は少しだけ震えていて、俺も優しく力強く抱き返した。制服越しにも伝わる全身を包み込むような彼女の温かさや感触、そしてほのかに甘い匂い。鼓動まで伝わってきている。懐かしくて心地よくて。
幻じゃない。美夢ちゃんは生きてる。生きて目の前に確かに存在している。
「会いたかったよ……会いたかったよ、美夢ちゃん!! 元気でいてくれたんだね!! よかった、よかったよぉ……!!」
これが現実なのだと受け入れられた瞬間、視界は一気に歪むボロボロと涙がこぼれて止まらなくなってしまった。でも本当に良かった。生きていてくれた。それがとにかく嬉しくて仕方がない。それに西園寺さんと歩いている時の彼女は、あんなにも幸せそうで、ずっと心配していた不安は一気に晴れた。
今日という日は、人生で最高の日だ。この日の迎えるために、俺の人生は続いていた。
なんやかんやありつつの入学式を終えて、初めてのホームルーム。
「こんにちは! みなさんの担任を務める柏木 千春です! 今日からよろしく……って、小鳥遊さんと雨宮さん?! 卒業式ばりに泣いてますけど何かあったんですか!?」
「だ、大丈夫ですぅ~! ううぅ……」
感動の再会とは良いもので、感情が高ぶり心の全てをさらけ出す事ができる。
しかしその反面、衝撃が強すぎると感情のストッパーが完全に制御不能となる。そう、今の美夢ちゃんと俺のように。
奇跡的な再会。クラス分けを見れば同じクラス。しかも席が隣同士。
これだけ重なった結果──号泣。
人生でここまで泣いたのは5年前以来だ。正直入学式の内容はほぼ覚えていない。校長や来賓の方の挨拶があったような気がするし、理事長の話もあった気がする。事情を察した親と兄がグッドサインを送ってくれたのは覚えている。
そして彼女の送り迎えをしてくれていた人の姿もあった。俺も何度か話をしたことがある、白髪のシルバー世代に見える男女1人ずつ。仲良く手を繋ぎながら見ているし、おそらく夫婦。彼女の姿を見て涙ぐみ、俺と視線が重なれば会釈をして優しいまなざしを向けてくれて、涙が溢れてきた。
まるで夢のようだ。ここに出席しているという事は、彼女のご両親なのかな?当時そんなことは聞いたことがなかったけど……まぁこの疑問は後で聞こう。
「ほ、本当に大丈夫?」
「柏木先生、この2人なら大丈夫です。青春の真っ只中にいるだけですの」
「青春!! ……ならば先生が邪魔をするわけにはいかない! 誰にも邪魔などさせません!!」
西園寺さんのフォローで柏木先生はなぜか燃え上がっている。青春ガチ勢とでもいうのか、その気合の入りっぷりは尋常ではない。なんだか凄い人が担任になったもんだね。




