第1話 再会は唐突に
10歳の時、幼馴染と交わした特別な約束がある。
子供の約束なんて世間的に見れば全く重要な事ではなく、その場限りの遊びのようなものだ。
でも俺にとってその約束は、人生を色づけてくれたかけがえのないものだ。
『ねぇ、これからも私と一緒にいてくれますか? そっその、具体的には……家族になってくれますか?』
『もちろんなるよー! 今日でも明日でも家族になろうよぉー!』
『こ、子供ですから! 今すぐには無理ですけど……将来的には、約束してくれますか?』
『うん! 約束するよ! ボクが守るから! だからこれからもずっと一緒だよ!』
頭を撫でながらそう言うと、恥かしそうにしながらも嬉しそうな笑顔を向けてくれて─。
『フフフ、約束ですからね!』
子供の俺には愛とか恋とか結婚とか全然わからなくて、『家族になる』という意味は『ずっと仲良し』くらいの意味合いだと考えていた。
もしかしたら彼女にとってはその言葉は本当にそれに準ずる、子供ながらに言える精いっぱいの言葉だったのかもしれない。同い年だけど、俺なんかよりも大人びていたから。まだ子供なのに、将来を、未来をそれだけ真剣に考えていたのかもしれない。
でもどういう意味合いであれ、ずっと一緒にいると思っていた。側にいれると、隣にいられると信じて疑わなかった。
次の日、あの手紙を貰うまでは。
数年後。
今日は俺─【小鳥遊 昴】の高校の入学式だ。
「いってきまーす! あとでゆっくり来てねー」
「昴」
朝支度を終えて玄関から出ていこうとする俺を、母が呼び止めた。振り返れば母だけではなく兄・康太もいた。どっちも少し神妙な表情で、俺をまっすぐ見ている。
「どうしたの、そんな神妙な顔しちゃってさ。入学式には合ってないよ」
「お前も似たようなもんだよ」
さっき鏡で見たけど、楽しそうに心を躍らせている感じはゼロだったね。実際、今の俺はそういう感情が湧きたっていないから、当然ではあるのだけど。
「高校……楽しんできてね」
「…うん、大丈夫。そんなに心配しなくても楽しめることには全力楽しんでくるよ! いってきます」
「いってらっしゃい」
2人に見送られながら俺は初めての学校への往路についた。心配しているほどに、高校生活に期待していないわけじゃない。親の仕事の都合で地元から引っ越して、この新天地で友人も知り合いもいない学校に進学することになった。
その学校は元々名門の女子校─いわゆるお嬢様学校だったのが、ある大企業に買収された事で方針転換し他校と組み合わさり新設された。その影響で令嬢や御曹司も通うマンモス校となった。まるで漫画みたいだね。
なお俺はそちら側の人間ではないし、何かしらの縁やゆかりがあるわけでもないただの一般市民だ。
不安が無いわけではないけど、ワクワクしている気持ちも多々ある。この街の事も全然知らない事ばかりでそう言う点でも楽しみだし、学校でもどんな人がいて、どんな学校生活を送るのか想像が止まらない。この気持ちに嘘偽りはない。
でも考えれば、考えるほどに過去を…『あの子』がいなくなった現実をまざまざと見せつけられるんだ。
約束を交わした次の日、彼女は忽然と姿を消した。一通の手紙を残して。
「ここが今日から通う学校かぁー」
学校の到着。
桜並木と入学式を告げる看板が色鮮やかに彩る門をくぐり、学校を見上げた。綺麗に手入れされた校舎を、どこかくすんでいるように感じる陽の光が優しく照らす。その奥には入学式に相応しい蒼穹が、どこまでも広がっていた。なんとも雄大な景色だ。
門の前には、リムジンで送り迎えされる令嬢や御曹司がちらほらと見える。同じ制服姿だけどその所作一つ一つが凛としていて、綺麗できらびやか。これが今ラノベで流行っている令嬢や御曹司という存在か…なんて感心してしまった。
マンモス校の入学式とあって、門はこの段階でも俺以外の新入生の数は半端じゃなく多い。人の波のようにあふれかえっている。
噂ではこの学校の理事長の孫さんが同学年になるらしい。
あまり俺には関係ないだろう。早速、クラス分けでも見に行きますか。一般的には玄関に張られていることが多いし、ここも他とは変わらず玄関にあるだろう。
「知ってるか? 理事長の孫が俺達と同期になるらしいぜ」
一歩進めば、早速そんなうわさ話が耳に入ってくる。
「しかも父親は会社社長らしいぜ。調べてみたらかなりデカい会社でさ、数年前にこの学校を買収した大企業ってそこだったんだぜ! スゲェよな!」
「まじで!? じゃあ世に言うご令嬢ってやつ? そんな漫画みたいなことがあるのか! やべぇ、緊張して震えてきた!」
「令嬢や御曹司がいるのは前からわかってただろ……。それに大丈夫だ、安心しろ。お前が想像するような緊張する場面なんて一生来ないから。現実を見ろ。それにその令嬢は、容赦ない性格らしくて令嬢っていうよりも女帝みたいな感じだって噂だ。敵として一度目を付けられたら最後……これ以上言う事は憚られるような末路を迎えるらしい」
「それに噂では従者? 側近? 的なのがまためっちゃ怖いらしいぜ。同い年の女の子らしいんだけどさ、何でも血も涙もないほどに冷徹で鬼みたいな存在らしい」
「らしいばっかりじゃねぇか! むしろそれしか言ってない。てか、噂話怖すぎるだろ!」
「あくまでも噂だからな。でも気を付けろよ。噂の真偽はわからないけど相手はご令嬢とその付き人だ。変な事でもしてみろ……次の日にはこの学園どころ日本からも消える事になるかもしれないぜ。まぁそれは他の令嬢や御曹司相手にも言える事だけど!」
待って、その話、怖すぎないか?
というかそんな情報は初めて聞いたんだけど。そんな怖い令嬢が同学年に、クラスメイトになる可能性も?噂が本当ならそれはライトノベルとかで流行りの悪役令嬢なのでは?まずい、もう完全に怖くなってきた。
(とにかく目を付けられないようにしよう……俺はひっそりと学園生活を送ろう……)
心の中でそう誓いながら玄関に向かうとすると、急に門の方から騒ぎ声が聞こえた。振り返って見れば、門の近くに一台のリムジンが止まっていた。今までも色んなリムジンが来ていたが今回のものには、この学校の校章が刻まれている。
「あれはこの学校の校章……って事は『西園寺家』! 理事長の孫じゃん!」
どうやら例の理事長の孫というご令嬢さんが到着したらしい。そして苗字を『西園寺』っていうようだ。まずは名前を把握。何かの間違いで目を付けられないように、とりあえず視界に入らないに端に寄っておこう。顔だけが覚えておきたいし。
スッとは端っこに移動して視線を向けていれば、少し人だかりができていて俺の方からでは、少し状況が見づらい。けどこれで良い。
数秒後には車のドアが開き中から人が出てきた。雰囲気的に2人か3人くらいが出てきたようには見えるけど顔までは見えない。
「入学式とあって皆さん、ご機嫌ね。桜と蒼穹が彩る校舎も相まって、入学式にはうってつけの日」
人影からまず見えたのは、鮮やかなブロンド色をしたロングヘアー。その持ち主は、凛としつつも穏やかな表情を浮かべている年相応の少女だ。どうやらあの人が西園寺さんらしい。あの感じだと、噂程はきつい性格ではないようだ。噂なんて誇張されるものだ。
少し後ろにいる付き人さんに話しかけているようだけど、ここからではまだ見えない。
(多少は目を付けられても大丈夫そうだ! さて……顔も見れたし行くか)
当初の目的は果たした。もうここにいる理由はない。
一歩踏み出そうとした時、視界の端にフッととある人が掠めた。
その瞬間──俺の世界は時が止まる。
自然と目が奪われ、視線をしっかり向ける。
「そうですね、お嬢様。何か素晴らしい事が起きる前触れかもしれませんね」
西園寺さんの後ろに見えた人は、全てを照らしてくれるような金色の髪をしていた。ベリーショートの金髪がそよ風に揺れて、煌々と照らす陽の光で煌めきを増している。
刹那、『あの子』との思い出が、記憶が溢れ出した。
身長は俺よりも少し高めで、高身長。少し大人びた顔つきになって、髪も短くなっている、けども。
それは些細な変化で─【俺があの子を見間違えるはずがない】。
全身に雷が駆け巡るような衝撃が走り、周りから彼女以外の光景が消えた。燦然と太陽が輝く蒼穹も、新入生を祝福するように咲いていた桜も、賑わっていた人達も、景色が視界に入らなくなった。喧騒な音も、周囲の人の声も何も聞こえない。
スポットライトに照らされたかのように『あの子』だけが、光輝いて見えた。西園寺さんに微笑み返す姿はあの日と変わらず、世界で1番綺麗に輝いていた。
「美夢……ちゃん……」
少し大人びたけどあの頃と変わらない幼馴染であり、俺の探し求めていた人─【雨宮 美夢】こと美夢ちゃんがいた。
忽然と姿を消した幼馴染が、たしかにそこに存在している。
「ん?…ぇっ」
俺の声が届いたのか、それとも偶然か。視線が交錯して固まった。息をするのも忘れて、ただただ見つめ合う。太陽に輝く綺麗な瞳は、あの頃と全く変わらない。
「昴、君…?」
「っぁ…!!」
彼女だ。
止まっていた時が、再び動きだす。
初めてラブコメに挑戦しました!温かい目で読んでいただければ幸いです!




