第19話 このグイグイ来るのは風邪のせい
お昼ご飯のメニューは栄養価たっぷりの『玉子がゆ』にした。決して俺が卵好きだから選んだというわけではない。
卵というのは完全栄養食の1つであり、栄養価がたっぷり含まれている。タンパク質、脂質、ミネラル、ビタミンと人間の体に必要な栄養がバランスよく揃っているんだ。ビタミンCと食物繊維はないけどそれ以外はほぼ摂取できるという万能な食べ物。すなわち、栄養がたっぷりあるから風邪を引いた時に食べると良いらしい。
おかゆは、胃腸の負担もかけずに水分と栄養を吸収できるし、良い感じの温度だから体を温める効果もある。卵とおかゆ、それを合わせる事で風邪を引いた時には最適なご飯となるわけだ。
要約すると…卵は最強。
「美味しそうですね。こういう時の卵って体に染みますよね」
「エヘヘ……そう言ってもらえてよかったよ」
料理は人並み程度にしかできないけど、とりあえず見た目はいい感じにできてホッとしている。それにしても、自分で作った料理を『美味しそう』と言ってもらえただけでも凄く嬉しい。まだ食べてもらっていないからその緊張はあるけども、とりあえず第一関門突破だ。もうすでに胸の中がポカポカしている。
少しだけ顔色が良くなった気がする彼女を起こし、おぼんを近くの机に置く。これならベッドに座ったままでも食べられる。
「昴君」
「はい?」
「ラブコメ定番の『あれ』がやりたいです」
「『あれ』とは?」
さっきも同じような会話をしたね。あの時は『手を繋ぐ』だったけど、この場合の定番は……もしや?
「あーん……です!」
「……あーん、ですか!?」
緊張で声が裏返ったけど許してほしい。
だって『あーん』とは、ラブコメ的展開でもラブラブな恋人達がやる事が多いと言われている、糖度高め行為。待ち構えている相手の口に食べ物を入れてあげるといういたってシンプルながら、実際の難易度の高さを考えたら人前ですることは憚られるもの。
しかもこれをよく見るシチュといえば『風邪を引いた相手にやる』というもの。まさに今、俺が目の前にしているケースだ。それを俺が彼女にする…まずい、考えただけで心臓が跳ね上がった。もしかしたら風邪を引いている美夢ちゃんよりも、俺の方が顔が赤くなっているかもしれない。なんだったら妙に汗を掻いている気もするし、全身が熱い。
「です。昴君なら、やってくれますよね?前もやってくれましたし」
「前って言っても小学校低学年の時で……」
「やっぱり……だ、ダメで──」
「はい、やります勿論です!」
少し上目遣いをされたら、もう考えるよりも前に返事をしていた。だってこんなの断れるわけがない。その破壊力はずるいよ。
話が俺は何度か彼女に『あーん』でご飯を食べてもらったことがある。これもまた小学校低学年の時だ。しかも、頼まれてもいないのに何も考えずに自分からやった。
何回も思うけど幼少期の俺、積極的すぎるだろ。もうある意味では無敵だったかもしない。今とは本当に立場が逆転したなぁー。何も考えずに行動できていた子供の頃が懐かしいよ。
「で、では……お願いします」
俺の返事を聞いて少し恥ずかしそうにしながらも、待ちきれない様子で口を開いて待ち構える。恥かしくはあるようだ。自分から言ったのに。でもそれだけ甘えてくれているということ。その事実だけでも嬉しい。
あーんは経験したことがあるとはいえ、緊張で手が震えそう。久々どころではない。何とか制御して、おかゆをスプーンですくって口元に持っていく。温度は、やけどしないように少し冷ましているから大丈夫なはず。
「あ、あーん…」
スッと近づけると、そのまま口に入れて食べた。めっちゃ色っぽい。一切目が離せず、ついまじまじと見てしまった。
「そんなに見られると流石に恥ずかしいです」
「あ、ご、ごめん! つい」
「でもそれを抜きにしてもやっぱり……少し恥ずかしいですね。味は見た目通り、美味しいです。色々な意味で……ありがとうございます」
可愛い!照れ笑いをしながらもそう言ってくれた姿にドキッと心臓が跳ね上がった。この笑顔を見れただけでもやってよかったと思えた。あーんも、卵がゆの味も上手くいった。
「いえいえ。こちらこそありがとう。そう言ってもらえてよかったよ。さぁ……もっと食べて、早く良くなってね」
「はい! じゃあまた別の機会には、私から昴君にやってあげますね」
「えっと、それは…」
「フフフ……あーん、楽しみですね」
どうやら『あーん』からは逃してくれないらしい。恥かしいけど気にいってくれたようだ。この笑顔の感じでは、この場のノリとかではなく絶対にやるだろう。間違いなく。果たして俺があーんされるのはいつになのかわからないけど、その時が来るのをドキドキしながら待つとしよう。
結局その後も玉子がゆは全て、あーんして食べてもらった。
昼食を食べ終わって、食器を片付けるために一度部屋から出て帰ってくれば、横になっている彼女は少し申し訳なさそうに眉尻を下げていた。顔半分を布団で隠しながらチラッと俺を見つめて、すぐ伏目になる。
「どうしたの? 何かあった?」
「その……昴君の休日を私の看病に当ててしまって……それで……」
どうやら俺の休日が、自分の看病でつぶしてしまった事に急に罪悪感を覚えてしまっているようだ。そんな事は思わなくてもいいのに。こういう所は、少し鈍感なんだよね。
いつも彼女から行動してもらっているから、たまに俺から一歩踏み出す番だ。
横になっている美夢ちゃんの頭をそっと撫でた。
「はぅっ……昴君……?」
少し驚いたように目をまん丸にして俺を見る。少しだけ頬っぺたを赤く染めて、首をかしげた。ドキッと心臓が跳ね上がるけどなんとか耐えた。でも彼女の頭を撫でていることにかなりドキドキしてしまう。こんな時に思って申し訳ないけど、めっちゃ撫で心地がいい。自分からやっておいて緊張しているけども、本心を彼女に伝える。
俺のまごう事無き本心を。
「エヘヘ……申し訳ないなんて思わないで。美夢ちゃんと一緒にいられるのは、どんな日よりも最高に楽しいよ! それはずっと前から変わってない。一緒に入れるだけでも、その時間が凄く好きなんだ。あの時からずっと、ね」
一緒の空間にいられる。ただそれだけで俺は幸せだ。離れ離れになる前から、出会った時からこの気持ちは不変である。
一度離れて、その思いが強くなってしまったのは間違いない。こんな短い言葉を伝えるだけでも声が震えそうになったけど、耐えた。
本音を包み隠さず伝えるのって勇気がいる。子供の頃には平然とできたのに、成長とは難儀なものだ。
「っ~!ず……ズルいです! 別に……別に照れてなんかないですから!」
頬っぺたをさらに赤く染めて、ふいっと顔を背けて枕に顔をうずめる。隠しているつもりだろうけど、見えている耳はさっきよりも赤みを帯びていた。
(いやいや……その照れ隠し行動こそズルいよ~!)
何がずるいのかはわからないけど、そんな仕草をされて、そんな言葉を言われたら心臓がうるさくなるに決まってる。自分からはグイグイ来るのに、俺の方から行くとこんなにもわかりやすく照れ隠しを連発してくれる。いや…自分からグイグイ来た時でも照れ隠しはしていたけど。もうそれだけでも、胸の高鳴りは最高潮になるというのに。
一歩踏み込んでみた結果は、『どっちもダメージで鼓動が加速する』だった。




