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第18話 出会った日の追憶

「じゃあ、お昼ご飯の準備をしてくるからゆっくり寝て──」


「待って」


 立ち上がろうとした時に袖を掴まれた。弱弱しい力だけど、それでもしっかりと掴んでいた。視線を向ければ、少し恥ずかしそうにした視線と重なる。


「ラブコメ定番の『あれ』がしたいです」


「『あれ』……?」


「眠るまでの間、手を繋いでる……です」 


 袖を離して、手をパッと広げる。頬っぺたと同じようにほんのりと赤くなった艶やかで白雪のような綺麗な指が、期待する感触を待ち望んで少し忙しなく可愛らしく動いている。


 体調が悪いと寂しくなるというが、どうやらそれは彼女も例外ではないらしい。

 その愛くるしい様子に胸の中が温かくなる。来てよかった。


 そっと手を握る。


「ひゃぅ……」


 少しびっくりしたように声を上げつつも、すぐに指は絡み合う。まるで恋び…これ以上考えるのはやめておこう。俺の心臓が持たない。ただでさえドキドキしてるんだ!


 でも手を繋いだ事で、彼女の鼓動が伝わってくる。


 手のぬくもりと共に、ドクンッ─ドクンッ─と、確かな鼓動が。


 逆もまたしかりで、俺のドキドキとした鼓動も伝わっている。俺のドキドキがバレる!いや、これは手を繋いでいなくてもバレているだろうけど。



 手を繋いだことで、少し苦しそうだった表情は一気に穏やかになってくれた。良かった。


「あの時と……同じ」


「……」


「温かくて……心地よくて…落ち着く」


 嬉しそうに笑いながらゆっくりと目を閉じていく。


 『あの時』──美夢ちゃんとは何度も手を握ったことがあるけども、こういう場面で思い出してくれる瞬間といえば──【俺達が初め会った時】……かな?


 そうなのかはわからないけど、もしそうだったら嬉しいな。


 幼少期の記憶なんてほとんどないけども、彼女との思い出は全部覚えている。もちろん出会った時の瞬間の記憶は、鮮明に覚えている。忘れた事なんてない。ずっと心に刻まれているのだから。


「おやすみ……昴、君……」


 少し名残惜しそうにしつつも、そう微笑みながら目を閉じた数秒後。スゥ─スゥ─という可愛らしく規則正しい寝息が聞こえ始めた。


 想像以上に寝るのが早かった。それだけ体調が悪いのだろう。むしろ限界寸前に頑張ってまで、手を繋いでほしい事をお願いしてくるなんて、本当に……。


 少し苦しそうな表情で、荒れている呼吸だけど、時折その表情はどこか嬉しそうに笑っているように見える。少しは彼女の心の支えになれている。そう実感できて、嬉しくて胸にジーンと来るものがある。


「おやすみ、美夢ちゃん。早く良くなってね」


 そんな寝顔に向けて囁けば少しだけ笑ってくれたように見えた。そうなると離れるのが嫌になってしまって、眠るまでの間は握っていてほしいと言われた手は離せず。当分の間は寝顔を見て癒されて、昼食を作りに行けなかった。




 夢を見た。


 彼と初めて会った時の記憶。


 私は公園で1人きり。


 友達なんていなくて、金髪の見た目とその鮮やかさに反した異様に暗い雰囲気の私に、子供大人問わず近づいてくる人はいない。遠巻きに見て、ただただひそひそと話すだけ。自分からも近づこうとは思えなかった。


 家にいれなくて迎えが来るまで、公園の端のベンチに座っていた。流れる雲を眺めて、行きかう人達を観察するだけの時間。虚無で何も心が満たされない孤独な時間。


 でもそれは──突如終わりを告げた。


『ねぇねぇ』


 孤独の世界に、明確に私に向けられた無垢な声が響く。


 視線を向ければ、同い年くらいの1人の男の子が立っていました。その瞳はキラキラという擬音が付きそうなほどに輝いていて、真っすぐ私を見ていました。視線が重なれば、嬉しそうにパッと弾けんばかりの眩しい笑顔に変わる。


 その時の純真無垢な笑顔は今も私の心に刻み込まれていて、全てを救ってくれた。世界で1番輝いて、眩しくて、そして暖かい笑顔。


『ぼく、すばる! いっしょにあそぼーよ!』


「……え?」


 これが私と彼の─【小鳥遊 昴】との出会いでした。


 私の運命が変わった……いや、もし運命というものがあるのなら、これが『運命の出会い』というものだったのかもしれません。


 誰しもが私を不気味がって避けて、関わろうともしなかったのに彼だけは違った。同情や哀れみ、気味悪がるなんてマイナスな感情など一切ない。表裏なく先入観もなく近づいて、ただ純粋に遊びに誘ってくれた。


『わーい!』


『あ……!』


 そんな純粋な気持ちを当てられた経験のない私はつい驚いて固まってしまいましたが、昴君はそんな私の返事など聞かずに、眠る直前のように優しく包み込まれるように手を握られて遊び場に連れていかれました。


 その手は暖かくて、心地よくて。だからこそ連れていかれる時もなぜか抵抗感はなく、むしろ進んでついていきたいと思えた。


『おなまえは、なんていうの?』


『……みゆ。あめみや、みゆ』


『みゆ……みゆちゃん! えへへ、これからよろしくね!』


『っ……はい! すばるくん!』


 特別な呼び方『昴君』、『美夢ちゃん』もこれが初めてでした。当時はまだ舌足らずな言い方でしたけど、そこもまたいい思い出です。


 それから時間の限り遊びつくしました。あれほどまでに楽しくて、幸せに思えた時間は初めての事でした。


 あの日からもう10年以上は経ちますが、あの時に私を救ってくれた笑顔は今も変わらず。一度離れ離れになりましたが今は私の側にいて、全てを照らしてくれている。温もりは、寝ている私を包み込んでくれている。


 人生の全ての苦悩は、彼と出会うためにあった試練─そう思えています。

 

 そしてこれが、彼に『特別な感情』を抱くきっかけとなった日でもありました。



「ご飯できたよー」


「……ん、んー」


 声をかけられ目を覚ませば、あの時と変わらぬ笑顔で私を見ている昴君がいました。


 持っているおぼんの上には鍋が置かれて、湯気と共に美味しそうな匂いが立ち込める。昼食を作ってきてくれたようです。


 寝る前に繋がれていた手は……またちゃんと繋がれている。

 料理を作る時に離したでしょうにまた繋ぎ直しているなんて、律儀な性格です。本当にこういう所が─。


 そして向けてくれるその笑顔。その眩い笑顔に何度救われたことか。今だってそうです。体調は悪いけど、その笑顔を見ているだけで気力が湧いてきて自然と笑顔になれる。どんなに世界が辛くとも、彼と一緒なら──。


「おはようございます──昴君」


 絶対に乗り越えられる。


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