第15話 グイグイ来る幼馴染を看病
そんな決意を固めてから、数日。
あれから特に変化はない。
相変わらず彼女はグイグイ来るし、俺はそれに押されっぱなし。子供の頃はどちらかと言えば俺の方がグイグイ距離を詰めていて、今とは逆の立場だった。まぁ……あの頃の俺は特に何も考えていなかったし、『特別な感情』というものを意識したことがない子供だったからね。この気持ちと向き合うのには、難儀している。
(頑張るって言っても……これからどうするべきか)
今日のように、彼女と会えない日はずっとそればかり考えてしまう。
お風呂から上がってぼんやりとテレビを見ながら思考を巡らせていると、スマホから着信音が響いた。画面に表示された名前は『雨宮 百合子』──美夢ちゃんのお母さんだ。家に行った日に彼女のご両親とは連絡先を交換していた。
「もしもし昴です! こんばんは!」
『あらあら小鳥遊君、元気なご挨拶ね~。百合子です。ごめんね、急に電話をかけて』
「いえいえ全然大丈夫ですよ。何かありましたか?」
『それがね、美夢がちょっと風邪を引いちゃったみたいでね」
「風邪!? 美夢さんは大丈夫ですか!?」
風邪……昨日今日とメッセージが少なかったわけだ。それでも1日1回はメッセージをくれるのはなんとも彼女らしい。でも風邪なら俺にも教えてほしかったね。相変わらず、人に心配をかけないようにしたい気持ちが強すぎる子だ。そこも彼女らしいけど。
『高熱ってほどでもないけど熱が出ていて、今はゆっくり休んでいるわ。それでね、明日は私も誠一郎さんもお仕事が休めなくて看病できないのよ。高校生になったとはいえ、1人にしておくのは心配だから、小鳥遊君に明日1日、家で美夢の看病をしてもらえないかなってお願いしたくて』
「はい! 任せてください! たとえ雨が降ろうと雪が降ろうと槍が降ろうと看病します!」
風邪だと動くのは辛いはず。彼女は心配をかけまいと無理をしちゃうタイプだから、何かあるかもと考えたら、心配で仕方がない。できることはあまりないかもしれないけど、側にいてあげたい。それに体調が悪い時に1人でいると寂しいだろうから。
『フフフ、ありがとうね。でも小鳥遊君にも風邪が移らないように気を付けてね』
「大丈夫です! ほら、風邪って人に移せば早く良くなるって言いますし、かかったらかかったでその分だけ美夢さんの風邪が早く良くなったと思えばなんてことないですよ」
『あらあら、そこまで言ってくれるなんて美夢が言っていた通りの人ね。もしかしたらそれ以上かも』
「ふぇ? 美夢さんは僕の事をなんて?」
『あぁそれは気にしないで。そういうわけだから明日は─』
すぐに話題を逸らされて、明日の詳しい話へと変わった。
美夢ちゃんがいろんな人に俺の話をしてくれているのは嬉しい事だし、どれも高評価そうなのでほっと安心できるんだけど。それはそれとして、詳しく聞こうとすればみんな口を噤むのはなぜなのか。本人も言いたがらないし。
次の日。
「それじゃあ、よろしくお願いね」
「はい! 任せてください!」
深々とお辞儀をしたあとに扉は閉められ、百合子さんは出社していった。
出社する時間に合わせて家に到着。入れ替わる形で俺が家に残ることに。ついこの間に来たばかりだけど、雰囲気のある和風の一軒家に懐かしさを覚えて少し感動してしまう。
家の中は美夢ちゃんと俺のみ。二人きり。それだけでも妙に緊張してしまうというのに、静寂が空間を包み込んでいる事でその緊張感に拍車がかかっている気がする。
話によると、一度起きてからまた眠りについたようだ。当分は起きてこないはず。
しかし彼女が風邪とは、幼いころの記憶を思い返してみても初めてのことだ。体調不良はほとんどなくて、その少しの機会でも数回保健室で休んだことがあるくらい。学校にも無遅刻無欠席。前から多少無理しすぎてしまうところがあるから、何かしらの疲労が重なってしまったのかもしれない。
時刻はまだ、昼ご飯を作りには少し早い時間帯。じっとしているしかないのだが、その時間がもどかしい。気になる。
(1回……起こさないように慎重に確認してみようかな)
なんて思っていると『ピロリン─』という通知音がスマホから鳴った。
「ふぇ……! み、美夢ちゃん!」
表示された名前は『美夢ちゃん』。寝ていると思っていたのに起きていたとは。
『(美夢)部屋に来てください』
シンプルな文章。でもそれでいて、伝わってくる強い意思。
まずいまずいまずい! 緊張してきた! 一気に緊張してきた! 一度入った事があるとはいえ異性の部屋、それも美夢ちゃんの部屋に入るなんて緊張しない方がおかしい。
でもこんなメッセージが来たからには、悩んでいる暇などなく迅速に部屋に行かなくてはいけない。もしかしたら何か緊急事態が起きているかもしれないし。
「し、失礼します~……」
部屋の前にいきそう声をかけてから襖をゆっくり開けると、ベッドで横になりながらもこちらに視線を向けている彼女とばっちり目が合った。この間までは勉強机に飾られていたツーショット写真が納められた写真立てと、思い出のカピバラのぬいぐるみは枕元に鎮座している。
「いらっしゃい……昴君」
少し汗をかいていて、顔全体をほんのり赤い。少しぐったりした様子だけど、それでも俺と目が合った瞬間には嬉しそうに微笑んでくれた。ホッと安心したけど、それはそれとしていつもと雰囲気が違うから少しドキッとして心臓が揺れる。
汗をかいて頬っぺたが赤い。ただそれだけなのに妖艶な雰囲気が醸し出されているような気がする。
(ダメだ! ダメだ! 病人にそんな感情を抱いちゃいけない!! 頑張れ俺!)
頭をぶんぶん振り思考をリセット。こんな状況だしいつもみたいにグイグイと距離を詰めて来ないはず。ならばここさえ耐えれば、今日は乗り切れるような気がする。
「こんにちは、美夢ちゃん。具合はどう? 寝てなくても大丈夫なの?」
「睡眠は十分すぎるくらいにとったので全然眠くありません。具合はまぁ……見ての通りです。熱があって、全身が熱いですね。来てくれて、ありがとうございます。お母さんから聞きましたけど、風邪をうつしてもいいなんて……本当にお人よしが過ぎますよ?」
「えへへ、そうかもしれないね。でもそうすれば早く治るっていうから。それに、心配かけまいと一言も風邪って言わない方がお人よしだよ。辛い事は俺も背負うよ」
「……っぅ。そんな事を言うなんて相変わらず、ズルいです」
布団に顔をうずめて顔を逸らす。何がズルいのかよくわからないけど、なんかこの反応が可愛らしくて良い。
少しいつもよりも声に張りがないけども、それでも元気そうでよかった。いつも通りのやり取りをしているだけなんだけど、なんだか安心感が出てくる。
「も、もしうつしたら……今度は私が看病します。泊ってでも看病します」
「そこまでしてもらわなくても……」
「だから……沢山移しちゃっても、いいですか?」
「うん! もちろんだよ!」
少し上目遣いで甘えたように言ってきたので、考える間もなくオッケーが口から漏れた。このシチュエーションと人間関係で断れる人間がこの世にいるか?否!いるはずがない。
その返事を聞いてなぜか得意顔になっているし、これは完全に狙ってやっているな。これが世に言う『あざと可愛い』というやつか。破壊力満点だ。
さて、そう宣言したという事は何かしら行動に移すということだろう。果たして何をしてくるのか…。
「病人であることを盾に、ここぞとばかりにわがまま言って甘えますけど……許してくれます?」
「もちろん! いつも全然わがままを言わないから、もっと好きにわがまま言ってもいいんだよ! 風邪の今、ドンッ!とそれをぶつけてきてください!」
「じゃあ、まず……熱を測ってほしいです」
「熱を測る? お安い御用だよ!」
どんな事をされるかと思いきや、体温計で熱を測るくらいわけない。お母さんが子供にするみたいな要領ですればいいわけだ。
「えっと……体温計は?」
「体温計じゃなく直接肌に触れて測ってください」
「直接、肌に触れる……!? えっと……おでこに手を」
「手じゃダメです。その……おでこ同士をくっつけて、です」
「お、おでこ同士……ふぇぇ……」
情けない声が漏れたけど許してほしい。ここぞとばかりに甘えると言ってたけど、有言実行とばかりに思いのほか、強力なカードを持って来たね。風邪を引いても、いつもと変わらずグイグイ来るということか。
風邪を引いても雨宮美夢は止まらない。
ある意味では安心してしまっている自分がいる。けども、心臓の高鳴りだけが響いていくのであった。




