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第13話 大切な人の居場所と宝物

 そんなカオスな空間での挨拶を済ませ、いよいよ一大イベントである部屋へと向かう。少し緊張気味の俺とは対照的に前を歩く彼女は、背中越しでも高揚しているのがわかるくらいに軽やかだ。子供が自分の宝物を親に見せる前のように、心を弾ませている様子。心なしかその気持ちに比例するように、金色のベリショが元気そうに揺れている気がする。さっきの傘と同じだ。


「ここです」


 ついた先は、襖が戸になっている部屋だった。

 これまた今どきはあまり見ないタイプの和風な作り。


 この先が、大切な幼馴染──『雨宮 美夢』の部屋。

 いまだかつて存在すらも知ることのできなかった場所……なんて少々大げさに人類未踏の地のように思ってしまうけど、俺のとってはそれら以上に思いが深い場所だ。この先にいったい何が待ち受けているか、気分はまるで冒険家にでもなったようにワクワクしていて──。


「はい、開けますね」


「はっ!」


 俺の緊張などなんのその。1秒たりとも待ちきれなかった美夢ちゃんによって、心の準備をする暇もなく襖は開かれ、心の中の茶番は幕を閉じた。


 襖独特の木が擦れ合う開閉音が一瞬したのち、中の光景が目の前に広がったと同時に畳の心地の良い匂いが全身を包み込んだ。畳が敷かれた和室。勉強机と本棚、タンスが置かれているという実にシンプルな部屋だ。しかもどれも今どきでは珍しいレトロ調。


 でもその部屋はどんな場所よりも素敵で、シャンデリアが照らしているかの如く宝石にようにキラキラと輝いて見えた。


 ずっと訪れたかった場所についに──たどり着いた。


「どうですか、特に何もない部屋ですが自慢の私の部屋です」


「うん、凄く素敵だよ! ここに来れて……よかった」


 大切な人が目の前から消えた5年間、考えない日はなかった──『彼女の居場所』。


 ずっと知りたかった答えが今、目の前に現実として存在している。嬉しいし、凄く安心できる。この目でその存在を見れているんだから。胸の中が熱い。緊張とは違う気持ちなのに、全身が震えている。息をするのも絶え絶えだ。


 心が震えている。


「……あっ! あれは……!」


 つい部屋を凝視している時、勉強机に置いてある2つ物が目に入った。


 1つは写真立て。

 俺の部屋にも飾ってあった、あのツーショット写真が飾られていた。


 俺だけではなく、彼女もまた同じだった。特別な思い出として部屋に飾ってくれていたのだ。心の奥底では飾っていてくれているとどこか漠然とした期待を込めて感じていたけど、いざこうして実際に飾られているのを見ると、無性に嬉しくて仕方がない。


 だからあの写真を見て、彼女があんなにも嬉しそうにしていたんだ。


「考えることは同じだった……ってわけですね」


「そうだね。エヘッ……なんだか照れくさいね!」


 それは彼女も同じようで、たまに言う強がりは言わずに少し頬を赤く染めながら無言で頷いてくれた。


「昴君の部屋で写真を見つけた時には、心臓が止まってしまうのではないか思いましたよ。でも……昴君なら飾っていてくれていると期待もしていましたがね」


「俺も。美夢ちゃんなら飾ってくれているって確信してたよ。しかも隣には、『この子』を置いててくれたんだね」


 もう1つ。嬉しくて仕方なかった物がある。

 

 写真の隣に鎮座している─『カピバラのぬいぐるみ』だ。


「フフン! 昴君がプレゼントしてくれた、私の宝物ですから」


 そう言った彼女の笑顔は、あの時と何も変わらない最高に可愛くて輝いていた。



 あれは俺がまだ、この世に絶望する前の小学生時代。


 いつものように彼女と一緒に遊んでいた時に偶然通りかかった店に、このカピバラのぬいぐるみは置かれていた。ガラス越しに映るその愛くるしい姿に、2人して足を止めた。


 動物園は遠かったからカピバラを生で見たことはなかったけど、テレビとかで温泉に浸かっている姿を放送されているのを見て、カピバラに対して好感度は高かった。


 そんなぼんやりとした好感度を持っていた俺は一目見て、『あぁ可愛いなぁー』なんて呑気に思っていた。しかし、隣で一緒に見ていた美夢ちゃんは─。


「ぁっ……! ぁぁ……!」


 宝石にように目を輝かせながら、食い入るようにそのカピバラのぬいぐるみを見ていた。それはそれは、もう穴でも開いてしまうのではないかと思うほどに、じぃーっと見ていたのだ。誰の目から見てもわかるほどに、愛くるしいぬいぐるみに心を撃ち抜かれている様子。


 それを見ていた俺は、そんな可愛らしい様子の彼女をのほほんとしながら見ていた。

 当時の俺は少しおっとりしていた。


『みゆちゃん、このぬいぐるみカワイイね!』


『っ! カワイイです……で、でも! 決してほしいとかそういうわけではなくて……だたその! 興味があったから見ていただけで……! ほしいわけではないんですーっ!!』


『あ~れぇ~~』


 恥ずかしそうに赤面しながら早口でまくし立てると同時に、俺の手を引いてその場から足早に去った。いつ思い返しても完全なる天邪鬼なセリフだ。そんな今も変わらないところには、少しおっとりしていた当時の俺でも一瞬で理解できた。


 そう思うっていても、あまりの力強さに簡単に引っ張られていってしまったけど。


 今振り返っても、小学生時代の彼女は自分の好きなものは隠そうとしていた。バレバレだったけど。『ほしいものはない』、『好きなものはない』など、自分の物欲はすべて我儘だと言わんばかりに切り捨て、自分の欲を表に出さないようにしていた。バレバレだったけど。今だって甘いものに目がないし。あの約束以外で『お願い』みたいな事をされたのもほとんどないし、我儘なんて一切言わなかった。


 でも当時の特に何も考えていない俺は、そんな言葉や態度をあまり気にすることなく──。


 後日。


『みゆちゃん! お誕生日おめでとう~! プレゼントだよおぉっー!!』


「……はぅ……っ!」


 お年玉やお小遣いを使い、そのカピバラのぬいぐるみを誕生日にプレゼントした。


 スッと差し出した瞬間、彼女は瞳をまん丸にさせて驚いたか。数秒固まった後におもむろにぬいぐるみを受け取ると、目を潤ませながら優しくぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて、満面の笑みを浮かべてくれた。


『ありがとうございますっ……昴くん! 一生の宝物にします!』


 笑顔のまま泣き出しそうな彼女は、世界中のどんなものよりも尊かった。そんな彼女の頭を撫でながら、嬉しくて笑顔になったのを今でも鮮明に覚えている。忘れられない特別な思い出になった。あの笑顔は心にずっと刻まれている。


 というか、何も考えると事なくこういうことができていた当時の俺、偉すぎるだろ。純真無垢な子供の行動力ってすごい。


 そんな特別な思い出の詰まったぬいぐるみが、こちら。


 今は、新しくできた思い出の隣に大切に飾られている。だからこそ『宝物』という言葉は俺にとって生涯最高の賛辞だ。


 『あの頃の思い出』と『今の思い出』。

 思い出はこうして増えていくのだ。


 このぬいぐるみを最後に見たのは、誕生日プレゼントとして渡した日。あの日以来見ていなかったけど、10年近く経つにもかかわらず汚れ1つなく綺麗で、艶感も当時のまま。真面目な彼女らしく、こまめにケアをしてくれているのがよくわかる。むしろ、あの頃よりもピカピカに光っているような気さえする。表情も可愛らしい。


「宝物にしてくれて、大切にしてくれて、ありがとう!」


「こちらこそ、改めて…最高のプレゼントをありがとうございました!部屋に飾っているこの子を見せることができて、本当に良かったです」


 ぬいぐるみを抱きかかえ、撫でながら微笑んでくれた。心なしかぬいぐるみも気持ちよさそうにしているように見える。


 チラッと視線が重なったときにプイっと顔を逸らし、すぐに目元を拭いた。けど、その綺麗な瞳が潤んでいるのばっちり見てしまった。決して気のせいではない。俺も涙腺は少し崩壊寸前だ。彼女が、早く部屋を見せたがっていた理由が完全にわかった。


「俺もよかったよ~。めちゃくちゃ感動してるよ!部屋に連れてきてくれてありがとう」


「いえいえ。見てほしかったんですよ──今の私の居場所を」


 俺、『小鳥遊 昴』は、今日ようやく大切な人の居場所を知れた。


 他の人にとって今日はなんて事のない平凡な日だけど、俺たちにとって今日は特別な日となった。


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