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第12話 その距離はゼロになる

 数分で彼女はあがり、俺もパッとシャワーを浴びて体を温めた。


 着替えとして渡したのは、俺のTシャツとジャージである。恥ずかしいけども他に適したものがなかったので苦肉の策だ。まぁ、もうすでに体操着を着てもらっていたのだけど。


 シャワーを浴びている間も頭の中は、『部屋に彼女を招く』という事でいっぱいだった。正直その時の記憶はほとんどない。


 そして今─俺の部屋の前にいる。隣に立っている美夢ちゃんは、キラキラとした瞳でじっと扉を見つめ、体をうずうずさせているのだ。完全なる期待の眼差し。彼女をそこまで駆り立てるものは何かわからないけど、俺の緊張は高まるばかりだ。


「ここが昴君の部屋ですね。失礼します」


「えっ、あっ……どうぞ!」


 もう待ちきれなかったようで、言葉を発する間もなく扉は開かれた。


「おぉー!」


 入った瞬間、感嘆の声が漏れてきたけど、俺の部屋はいたって普通の部屋だ。


 ベッドと漫画やラノベが並んだ本棚、テレビの隣に置かれた勉強机には写真立てとゲームとノートパソコンが置いてあるという、普通の部屋。


 そんな部屋をキラキラした目で、隈なく見る美夢ちゃん。


「あぁこれは!」


 真っ先に駆け寄っていったのは、この間撮った『ツーショット写真』だ。

 プリントアウトして写真立てに飾っている。顔を寄せ合い、少し照れつつも、あの頃と変わらない嬉しそうな微笑を浮かべている俺たちの姿。この瞬間の幸福感は一生忘れないと思う。


「記念に飾ってあるんだ。新たな思い出として」


「フフフ……ありがとうございます。やっぱり昴君の顔は赤くなっていますね」


「そういう美夢ちゃんだってやっぱり赤い──」


「気のせいです! 目の錯覚でそう見えるだけです。そんなことはさておき……」


 相変わらず食い気味に頑なに認めようとしないけど、そこがなんとも彼女らしい。


 そして話を打ち切ったかと思えば、おもむろにスマホを取り出し、部屋に向けた。


「えい」


 可愛らしい声と共に『パシャッ─』というシャッター音が響いた。え?部屋の写真を撮られた?



「フフン、記念写真ゲットです」


「記念写真?! そんな記念にすることなんかあったかな?」


「私にとっては特別な事があったんです! 安心してください。私の思い出フォルダーの中にしまいこんでおきますので、外に漏れることはありません。誰にも見せません!」


「まぁ別に撮られたらまずい物はないからいいけども……俺の部屋は、そんな撮るほどの特別なものはなにもないよぉ!」



 でも──そうは言うけど、嬉しそうに撮った写真を眺めている彼女を見ていたら、そんな些細な疑問もどうでもよくなったのである。俺の部屋くらいでこんな表情をしてくれるのなら、いくらでも撮らせてあげたい。


 その後も自撮りしたり、部屋を物色したりしてご満悦な様子。


「これなら……」


 なぜかベッドを見て、微笑みながらそう呟いたがこれまた真意は不明。


「え? ベッドがどうかした?」


「いえいえ気になさらずに! ……フフフ」


 ものすごく楽しそうに笑っている。いったい何にそんなに心を躍らせているのかの……謎だ。


 俺のベッドはいたって普通のものである。部屋と同じで、特別なものは何もない。

 ただ1つ、少しだけ違うけど─。




「天気は土砂降りですが、今日は晴れ晴れとした日ですね!」


 俺の家を出て、今度は彼女の家に向かう道中。時間は日暮れ。空には雨雲が覆いつくしているから、春茜なんてものはなく、どんよりとした暗さが広がっている。


 けどそんな暗さの中で、彼女の笑顔は太陽のように眩しく輝いている。


 そして上機嫌なセリフ。まるで楽しみ前の子供のよう。相変わらずスキップの一歩手前のような軽やかな歩み。手に持っている傘も、それにともない元気に揺れている。


 そんな彼女を見ていると俺も心が躍って、自然と笑顔になっている。この時間、どこか懐かしくて、心地よくて好きだ。


「そうだね。今日はある意味では特別な日かもしれないから」


「特別な日ですよ。私は昴君の家に行って部屋を見れましたし、今からは私の家と部屋に行くわけですからね。あの時できなかった……本当に特別な日です」


 5年前までには叶う事のなかった願いが、もう少しで叶おうとしている。彼女との心の距離は限りなく近かったのに、物理的には時として無限と言えるほどに遠かった。それがなくなろうとしている──今日は間違いなく特別な日だ。


 そう思えばかなり緊張してきた。


「なんか感慨深いね。前にはできなかったことが、5年ぶりに再会したら新たにできるようになっているのがね。時間が解決するってこういう事なのかもね」


「そうかもしれませんね。それに2人とも変わらなかったからこそ、できるようになったのかもしれませんね」


 変わらなかったからこそ、か。確かにそうかもしれない。見た目や距離感、胸の高鳴りは前から変わったかもしれないけど、それ以外のところはあの頃と何も変わらない。だからこそ俺たちは、再会してから前に進めているのかもね。


 チラッと彼女を見れば、少しだけ目が潤んでいるような気がする。俺の視線に気づいてか、急いでプイっと顔を逸らした。頬っぺたが少し赤くなったのは、気のせいだと思おう。


「さぁ昴君、見えてきましたよ。私の家が!」


 スッと指をさしたその先には、この大都会では少し珍しい昭和レトロな雰囲気が醸し出された一軒家が建っていた。


 木造部分が多め。この木の茶色い感じは、前まで住んでいた田舎町ではよく目にした色合い。少しノスタルジックな気持ちになりかけたけど、それを軽く凌駕するほどの感動が沸き上がってきた。


 いま俺は、雨宮美夢の家に初めて訪れようとしている。


「おぉ~これが美夢ちゃんの家なんだね!」


 彼女の大体のことは知っていたけど、家に関して一切の謎だった。小さい時には叶わなかったことが、現実として目と鼻の先に出現している。感動しない方がおかしい。涙腺が刺激されるけど、一秒たりとも目を閉じたくない。


 今になって、さっき俺の家に来てテンションを上げていた彼女の気持ちが完全にわかった気がする。雨音をかき消すくらいに、自分の鼓動が鳴り響いている。


 チラッと彼女を見れば、またもやうっすらと目が潤んでいるし、今度はがっつりと目を拭く瞬間を見てしまった。


「な、泣いてません! そう言う昴君だって涙ぐんいでるじゃないですか」


「エヘッ、まだ何も言ってないよぉー」


 目の奥がツーンとして、胸が高鳴っているから。でもそれくらい彼女にとっても、俺にとっても特別という事だ。


 カーテンが見えるガラス窓からは、春の夕暮れのような優しい光が漏れて、うっすらと俺たちを照らしている。そして微かに美味しそうな匂いが漂ってきた。どうやら家族が中にいるみたいだ。


「この時間なら、ちょうど両親も家にいますね。私の自慢の家族を紹介します! 昴君は覚えているかはわかりませんが、何度かあったことがありますよ」


「この間の入学式に来てくれて人たち? なら覚えているよー! 小さい頃にも何回かあったことがあるからね!」


「フフフ、覚えていてくれて嬉しいです。さぁさぁ中に入りましょう」


 意気揚々と玄関を開けて中に入ると、2人に呼びかけてくれた。

 入学式の時にはご挨拶ができなかったから、この機会はちょうどよかった。しっかり会うのはこれまた5年ぶりくらい。若干緊張してきた。


「こんばんは! お邪魔します」


 彼女に続き、おもむろに玄関に入ると入学式で見かけたお二人がにこやかに迎え入れてくれた。


「お久しぶりです! 小鳥遊昴です!」


「おやおや、こんばんは小鳥遊君。もちろん覚えているよ。あの頃と同じで、いい表情をしているね」


「あらあら~こんばんは。大きくなったわねー」


 俺のこともしっかりと覚えてくれいたみたいで、顔を見た途端に少し涙ぐんでくれた。そんな姿を見させられたら俺まで泣きそうだよ……何とか耐えれている。たぶん。



「昴君、紹介しますね。こちらが私のお父さんです」


「『雨宮 誠一郎』といいますね。よろしく。そういえば名前は初めて伝えるね」


「そして、こちらが私のお母さんです」


「『雨宮 百合子』です。フフ、改めて自己紹介するなんて少ししみじみとするわね。美夢が小さい頃からお世話になって」


「常々、一度しっかりとお礼をしたいと思っていったんだ。ありがとう」



 そう言うと深々と頭を下げてくれた。その所作は、彼女と同じで凄く綺麗だ。


「そ、そんなお礼を言われるようなことは何も! 僕はただ美夢さんと仲良くさせてもらっているだけで、お世話だなんて……俺の方がしてもらってますよ」


 あまりの深いお辞儀に恐縮しっぱなしだ。こういう時にはどう返せばいいのかわからず、少しごにょごにょしてしまった。


「まったく何を謙遜してるんですか! 昴君は色々してくれたじゃないですか。もっと胸を張ってください」


「あらあら無自覚だなんて……本当にいい子ね」


「これなら心配することなんてないな。美夢のことを頼んだよ」



 美夢ちゃんはムスッとしているし、2人は満足げに頷いて俺になぜか彼女を託した感じになっているし、なんかカオスな空間になってきたんだけど。でもそうは言われても、本当に何かをした記憶と言うのはない。ただ仲良く一緒にいただけで…。


 これが、ラノベとかで見る無自覚系、鈍感系主人公状態ですか?


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