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第11話 相合傘に秘めた気持ちは

 ポツリッと顔に水滴が当たる。スッと空を見上げてみれば、いよいよ曇り空には雨模様が。なんて思っていたつかの間。雨が一気に降り注いできた。まるでバケツの水をひっくり返したかのような豪雨。


「降りすぎー!」


 そう言ってみたけど当然ながらそんな言葉は届くはずもなく、2人で急いで近くのコンビニの軒先に避難。しかし、ものの数秒で結構濡れてしまった。


 美夢ちゃんを見れば、眉間にしわを寄せて空を睨みつけている。


 この角度で彼女を見ることはほとんどないのだけれど、その横顔は凛としていて、長く綺麗なまつげと、整えられた眉毛の美しさが一層際立つ。さらにはベリショの髪の間から水がしたたり落ちていて、カッコいいし色っぽい。ブレザーも濡れてしまっていてバックで前を隠しているけど、チラッと見えたシャツは肌に張り付いているほどに濡れている。その姿が新鮮で、当然ながら少しドキッとした。がっつり見えていないからこそ…まずい、考えるな俺。


「雨ですか……」


 空を睨みながら呟き、タオルで軽く頭を拭いているけど、その仕草があまりにもカッコよくて胸に突き刺さってしまう。濡れてしまっている美夢ちゃんをこのままにしては風邪を引いてしまうかもしれない。気が引けるけど、いい物を持ち合わせている。


「こ、これをどうぞ!」


 差し出したのは、俺の長袖の運動着である。

 今日は体育がないのだが間違って持ってきていた。なので、今日は使っていない。未使用である。流石に俺の汗がしみ込んだものを使わせるわけにはいかなかったし、ちょうどよかった。


 一方差し出された美夢ちゃんはというと、何を渡されたのか理解できずに首をかしげた後、それが体操着だとわかると嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます。昴君はいいんですか?」


「俺よりも美夢ちゃんが使って! さぁさぁ風邪を引いちゃうよ!」


 これ以上その姿にさせておくのは俺も美夢ちゃんも何かと危ない。しかも本人は気づいていない感じだったし。急かすようにその場から離れた。


 数分後。俺の体操着を着た美夢ちゃんが戻ってきた。動きが軽やかで表情も明るい。遠くからでも上機嫌なのがわかる。なんかいいことがあったのかな?


「フフン! どうですか、似合ってますか!」


「うん、似合ってるよ。意外とサイズも少し緩いくらいでいい感じだし」


 同じ学校なので体操着も同じ。男女でデザインの違いもない。嬉しそうに見せてきてくれているけども、体育の授業になればこの姿の美夢ちゃんは見ることになる。まぁでも嬉しそうなので良しとしよう。なんで嬉しそうなのかは謎だ。


「これが昴君のジャージですか……いい着心地です」


「たぶん変わらないと思うけど……」


「いえ変わります!歴然の差です!」


 これほどまでに熱弁するという事は、男女で少し素材的なものが違うのかもしれない。確かに俺は女子の体操着を着たことはないから、その違いは分からないのだけれど……その違いを一生知ってはいけない気がする。倫理的に。


 そういうわけでさっさと帰ろう。美夢ちゃんは俺の体操着の隅々まで見ては嬉しそうに笑っているけども、雨で冷えた体は馬鹿にできない。温まらなくては。



「じゃあ美夢さん、そろそろ行きますか。傘ある?」


「ないです。昴君は?」


「任せてください! あります!」



 そう言って持ってきておいた折り畳み傘を広げる。小さめの傘だけど2人で肩を寄せ合えば行ける。これで安心だ。しかし傘は1つ。すなわち─。


「久しぶりに相合傘とかどう?」


「ふぇ……! あ、相合傘……!! その、あの……」


 凛とした顔は一瞬にして赤面。恥ずかしそうにうろたえだしてしまった。わかる。相合傘って結構恥ずかしいよね。俺も提案する時に声が震えそうになった。


「うぅ……べ、別に恥ずかしくなんてありませんから!」


 この頃よく聞く少し強がりなセリフを吐きながら、傘の中に収まった。肩と肩が触れ合う。


「んっ」


 美夢さん、触れた瞬間に声を出すのは反則だよ……。


 直接触れているわけではないけども、それと同じくに密着している気がする。自分から提案してみたけど、思っていた以上に…思っていた以上に、だ!がんばれ俺。

 

 完全に密着しないように端によると。


「ダメです! そんなにそっちに行ったら昴君が濡れちゃうじゃないですか! もっとこっちに……寄ってください」


 寄るよりも先に引っ張られて距離はゼロに。少しだけ触れていたのがかなり密着する形になった。触れている場所が心地よく温かい。フッと子供の頃を思い出が頭をかすめた。


「小学生の頃にさ、雨の日に俺が傘を忘れてたら、美夢ちゃんが今みたいに入れてくれたよね。なんだか思い出しちゃったよ。あの時、すごく嬉しかったよ」


 一見すれば何の変哲もない光景だけど、俺にとってはなぜかその出来事と当時の感情が色濃く、鮮明に残っていた。美夢ちゃんとの思い出は大抵が鮮明に覚えているけども。


「私も覚えてますよ。『入っていいの?濡れちゃわない?』ってなぜか自分よりも私を心配してくれました。人のことばかり心配する人だなって思った記憶があります」


「言ってたねー! やっぱりこういうのって記憶に残るよね。何回か相合傘はしてるのに」


「そりゃだって……」


「だって?」


「えっと……な、何でもないです!」


 プイっと顔を逸らした。近くだから、耳が赤くなっているのがよりはっきりとわかってしまう。完全に照れ顔である。でも俺と同じように、あの日の出来事が特別な思い出になっていてくれているのは嬉しい。そしてなんで鮮明に覚えているか、その理由に1つ。


(美夢ちゃんと俺が初めて相合傘をした日だからね。やっぱり特別だよ)


 最初というのは、なんでも特別だ。それが多分、ずっと記憶に残っている理由かな。美夢ちゃんはどういう理由かはわからないけど、もし同じ理由だったら─。


「さぁ私を部屋に連れ込んでください!」


「それは語弊があるよー!街中でそんなことを高らかに言わないで!」


 最高に嬉しいな




「ここが昴君の家の中ですか……ふむふむ」


「そんなにまじまじと見なくても……」


 数分後、家に到着。


 とある準備を整えている間、美夢ちゃんは部屋の至る所を見ていた。掃除は行き届いてるし、何かまずいものがあるわけではないけども、結構緊張してしまう。


「しっかり見ておかなくてはいけません。この家には将来的に同棲を……」


「同棲?! い、一緒に暮らすの?!」


「っ! コホンッ! 聞き間違いです!! えっと……同姓! 同じ苗字になるという意味で……」


「ふぇ!! えっと……それはつまり……」


 俺と彼女の名字が同じになるという事は─今の状況では1つ考えられない。


「ぁっ……! い、いまのはその! あ、あの……」


 自分で言ってしまった意味に気付いてしまった途端、一瞬にして顔が赤面した。目は潤み、口をわなわな震わせてしまった。苦しい言い直しをしてしまったがために、それ以上の墓穴を掘ってしまったのだ。


 同性にしても、同棲にしてもどちらの意味でもかなり攻めた発言になってしまっている。


 まだ家に入って1分。なんとかせねば!


「それよりも! シャワーで温まってきたらどうかな? 体も冷えてるだろうし」


 こういう時は無理やりにでも空気を変える方がダメージが少なくて済む。俺はここ数日でそれを学んだ。


 着替えたとはいえ、今の時期の冷たい雨に当たったから少し体は冷えているはず。家に帰ってきた真っ先にしたのは、給湯器のスイッチをいれる、だった。本当ならお風呂に入れたいところだけど、時間がかかりすぎるのでシャワーだけだ。


「そ、そうですね! 体を温めてくる……ハッ! ま、まさか……!」


「深い意味はないから大丈夫だよー!」


 より頬を赤らめて恥ずかしそうな表情を浮かべた後に、俺があまりにもアワアワしてしまったせいか、緊張が解けていたずらっぽく笑ってくれた。いつもの調子に戻ってくれたようだ。よかったけども結局は、惑わされてしまっているのは俺の方だ。


 家に来たことで気持ちが高揚しているのは俺だけではないようで、ここにきて明らかにグイグイ度合いが増してきている。


 なんとかしないと…!でもなんともできそうにない。


「知ってますよ。昴君を信用してますので」


「美夢ちゃん……!」


 面と向かって信用していると言われると、恥ずかしいけどもめちゃくちゃ嬉しい。態度で一目瞭然ではあるのだけど、こうして言葉にしてくれるとやはり格別な思いが溢れてくる。しかも恥ずかしがりもなく言ってのけるなんて、胸キュンしてしまった。


「で、でも……昴君の出来心は許しちゃいま──」


「わぁー!! 一式用意しておいたのでどうぞぉー!」


 用意していた一式を押し付け、心臓がドキッとしてしまったので素早くお風呂場に案内。グイグイ来るのをキャンセルさせた。油断も隙もありはしない。


「お風呂あがったら昴君の部屋に案内してくださいね。フフッ…楽しみにしてますから」


 期待で輝いた目で、嬉しそうに笑いながらその言葉を残して扉は閉められた。


 その後、急いで部屋に行って部屋の隅々まで事細かくチェックしたのは言うまでもない。



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